翌日、買い忘れた食料品と生活用品があったため、再度町へやってきた少女は、手提げ籠に入っている連れに、話しかけた。
「屋敷に来いだなんて、なんだと思う?」
昨夜から数えること八回目。繰り返されたその質問に、リフレナスは辟易していた。一方の少女は、珍しくリフレナスの返答を期待していなかった。自身で何やら答えらしきものを口にしてみては、いや、そんなことはないよね、と呟いていた。
「それとね、リプ。昨日ここで王子が女の人と歩いてたんだよ」
「へえ? 見合い相手かなんかか?」
「と思ったんだけど、どうなんだろ」
小麦粉と茶葉、ガラス容器を購入した後、衣服屋の前で足をとめた。
シグは、たとえ居たとしても、出てはこないだろう。でもやっぱり、店には入りづらい。
窓ガラスに映る自分を見つめ、少女は落胆したようなため息をついた。
紺一色のかざりっけのない着衣、鬱陶しく垂れ下がる黒髪、背の低さも手伝って、子供っぽいことこのうえない。
昨日王子と歩いていた女性とは、天と地ほどの差がある。
「王子の屋敷に行くのが、そんなにイヤか?」
繰り返される質問とため息から導かれる主の心中を、主よりは把握しての、リフレナスの少し意地悪な問いだった。
「イヤってわけじゃないよ。ただ、なんかなーって」
「なんか、というのは?」
「だから、なんかは、なんかよ」
本当にわかっていないようだ。リフレナスは主の鈍感さに呆れ、尻尾を下げた。
「でも行かないわけにもいかないしね」
「そうだな。行かなければおそらく迎えをよこすだろうな」
「やだな、それ。なんか悪いことした気分」
「ある意味、な」
「ちょっと、リプ? 何、どういう意味、それ?」
「さあな」
訳知り顔の眷属は籠の奥にもぐってしまった。こういうときのリフレナスは、どうつついても口を割らない。
「……まあ、いいや。行ってみればわかるよね? 手土産に、パンでも作っていこうかな。惚れ薬の代わりにでも」
「惚れ薬は、もう必要ないと思うがな」
「え、何?」
リフレナスの呟きは、少女の耳には届かなかったようだ。聞き返しても、リフレナスは面倒くさげに応じるだけで、二度は口にしなかった。
* * *
風が、少し冷たい。
梢の隙間に見える薄藍色の空を仰ぎ、嘆息した。
陽光が、風にそよぐ緑の葉に反射して、きらきらと光り、目にまぶしいくらいだ。
「そういえば、久しぶりだよね、王子の屋敷へ行くのは」
「そうだな。俺達だけで行くのはこれが初めてなんじゃないか?」
「そっか、そういえばそうかも。緊張するな、そう言われてみると」
徒歩ではなく、少女は馬の手綱を引いている。王子の屋敷は、馬の並足で一時間近くはかかる。師匠が存命だった頃は荷馬車をひいて通った道を、今は眷属のリフレナスだけを供に単騎、ゆるりと向かっている。
「屋敷へ行くっていうのに、その格好でいいのか?」
出掛けに、リフレナスがそう言った。「もっと小奇麗な格好をすべきではないか」という意味だ。
たしかに、普段着での来訪は、いくら幼馴染みだとしても、無遠慮すぎるだろう。なんといっても王子は、「王子」のみならず「領主」という高位の身分だ。
とはいえ、少女はしゃれたドレスなど持っていなかったし、突然着飾っていっても、かえって王子を戸惑わせる気がする。結局、普段着よりは少しマシな服を選んで、身支度を整えた。ヤマモモの樹皮で染めた黒茶色の衣服は、いささか地味すぎたかもしれない。
手提げ籠には、手作りパンと、摘みたてのハーブが入っている。薬草は、常に何種類か持ち歩いているが、王子の依頼品の惚れ薬は、むろん入っていない。
道中、少女のため息の数は、二十を軽く突破した。それを数えているリフナレスもリフレナスで、つい「いいかげんにしろ」と言いたくなる。主にも、自分にも。
ひときわ大きなため息をついた直後、手綱を引き、馬の脚を止めた。屋敷の門前に到着し、少女は馬上から降りた。
そこへ、まるで少女の到着を計っていたかのように、ハディスが姿を現した。
「ようこそおいでくださいました。お弟子殿。ああ、いや、もうお弟子殿と呼ぶのは失礼にあたりますな。魔女殿」
「ど、どうも、こんにちは」
ハディスの慇懃な対応に、少女は戸惑いながらも、軽く会釈をして挨拶を返した。
先日会った時とはうってかわって好意的といっていい。けれど、やはりどこか探るような視線を感じる。
「主は中庭でお待ちです。ご案内いたします」
「ありがとうございます」
門をくぐり、ハディスの後について歩いた。
そんなに広大な建物ではない。領主の住まう屋敷にしては狭すぎるのではないかと、少女は思っていた。むろん、幼少時は逆に、なんて広いお屋敷だろうと感嘆していたものだが。
屋敷は前代の領主の普請で建てられたものだ。
国王の血統に連なる人物ということと、不必要な装飾を嫌うということが、前代領主と当代領主の共通点といえよう。前代領主と当代領主である王子は姻戚ではない。例外的な措置で王子はこの地の領主となった。前代領主はここから僅かに離れた土地で静かな隠遁生活を送っている。
少女は改めて屋敷内を見回した。懐かしいという気持ちが湧いてくる。
屋敷は相変わらずこざっぱりとしていて、ある程度の装飾は施されているが、無駄な調度品や贅沢な宝飾品は排されている。屋敷と庭園との調和を第一に考え、全体的な配色も抑えたものに整えてある。
王子の母は五年前に亡くなっていて、同母の兄弟はいなかったから、現在この屋敷には、領主である王子の他には、使用人がいるだけだ。つまり、王子も「気楽なわび住まい」という、少女と似た境遇の中で暮らしている。
「あ、あの、ハディスさん?」
「なんでございましょう?」
「あの……王子のご用件って、何なんでしょうか。伺わずに来てしまったんですけど」
「昼食をご一緒に、とだけ伺っておりますが」
そうですか、と相槌をうった少女の肩を、誰かが軽く叩いた。反射的に振り返った少女は、思わず目をみはった。
褐色の髪の女性が、そこにいたのである。
男性と見まごう衣服を着用しているその女性は、たしかに一昨日町で見かけた女性だった。ほんの数秒間しか見なかったとはいえ、王子と歩いていた女性だったから、顔はしっかり憶えていた。
「ハディス、彼女はわたしが案内するわ」
「左様でございますか。では、よろしくお願いいたします」
ハディスは女性の言葉に従い、二人の側を離れた。ハディスの目礼に対し、少女は頭を下げて応じた。
「お久しぶり、と言っても、あなたは憶えていないでしょうね? 二代目の森の魔女さん」
にっこりと笑い、褐色の髪の女性は言う。人好きのする明るい笑顔に、既視感を覚えた。
「え、え……と」
彼女の言うとおりだ。一昨日は見かけただけだから、「会った」うちには入らない。だからこの女性とは初対面のはずだ。
「十年くらい前に二、三度会っただけだから、憶えてなくても無理はないわ」
「……というと、このお屋敷で会ったんですね? すみません、憶えてなくて」
「気にしないで。あなたのことはいろいろと話に聞いていたのよ。だから一目でわかったわ」
「……?」
「王子様に会いに来たのよね?」
「は、はあ」
オウジサマって、誰? と聞き返すところだった。
彼女はふと思いついたように指を鳴らすと、首に巻いていたバラ色のスカーフを解いた。
「これを巻いてみて。きっと似合うわ」
そう言って、彼女はスカーフで少女の長い髪をすくい上げた。右の耳の下あたりでスカーフを結び、髪をおろした。
「これでいいわ」
「え……と、あのっ」
「きれいな黒髪ね。バラ色がよく映えるわ。とても可愛いわよ」
「…………」
可愛い、と言われて頬を赤くした少女の頭を、彼女は撫でつけた。
「さ、魔女さん。そこをまっすぐ行った所にあるドアの向こうに、王子様はいるわ」
「あ、あの。このスカーフ」
「あげるわ。あなたの方が似合うもの」
「……ありがとうございます。あの……」
断るのも失礼だと思い、好意は素直に受け取った。それから彼女に名と素性を尋ねようとしたのだが、微笑でごまかされてしまった。
「彼によろしくね」
そう言って、彼女はにこやかに手を振った。
トネリコの木の下に、王子はいた。
やわらかな陽射しが、王子の亜麻色の髪を明るく照らしている。金色の細波のようで、キレイだ。
白いテーブルの上には、ティーポットとカップ、そして紐解かれた書簡が山積みになっていた。
少女が声をかけるより先に、王子は持っていた書簡を閉じ、立ち上がった。
「やあ、よく来てくれたね」
「……こんにちは」
どうも体の調子が良くないようだ。少女は胸をおさえた。痛むわけではなかったが、鼓動が早まっているのに気がついた。王子と視線が重なったと、同時に。
「お仕事中ですか、王子?」
「ああ、これでも領主だからね。……それよりも、よく似合っているね」
「は?」
「バラ色のリボンが」
「これはですねっ」
顔が、瞬時に赤くなる。発熱しそうだ。少女は動揺を押し隠し、今しがた会った女性のことを、王子に話した。そして、何者なのかとも尋ねてみたのだが、やはり答えは得られなかった。
「座って。今、お茶を淹れなおしてくるから」
「……王子、何かわたしに用があったんじゃないですか?」
「うん、そういうことになるかな」
「どういうことですか?」
「まあ、とにかく座って。すぐに片付けるよ」
少女を座らせると、王子は手際よくテーブルの上の書簡を片付け、ティーポットを持って一旦中庭から出て行った。
「……もうっ」
かえって気になるではないか、隠し立てされたり、ごまかされたりしたら。
籠から顔を出しているリフレナスに、愚痴をこぼした。
リフレナスは「そのうちわかるさ」と言うが、そのうち、がいつになるかわからないではないか。
「お待たせ。……なんだか怖い顔をしているね?」
「誰のせいですか」
「誰のせいかな?」
「王子のせいです」
「私の? ふうん?」
何やら嬉しそうな顔をして、王子はお茶を注いだ。カップから、甘い香りがたちのぼる。
王子は少女の向かい側に腰かけた。そして、頬杖をついて少女を見つめている。
少女はなぜか、顔をそらしてしまった。
「わたしに何かご用だったんですよね? 惚れ薬のことですか?」
「……ん、ああ、そう、かな」
王子の返答は、曖昧だった。どうでもいいといった口ぶりで、少女は少々苛立って、向き直った。
「王子がどういうつもりで惚れ薬を作れなんて言ったのかはわかりませんけど、もしわたしをただからかっただけって言うんなら、ちょっと、怒りますよ?」
「ちょっと?」
「ちょっと、です。王子がわたしをからかうのはいつものことだから耐性ついてるし。でも、内容があまり笑えることじゃないから」
「そうだね。でも、惚れ薬は、それなりに本気だったから、からかったつもりはないよ。……もう、君に作れとは言わないけれど」
「ほっ、本気って! 飲ませたい人がいるってことですか、それって」
「……お茶」
「はい?」
「お茶、冷めないうちに、どうぞ?」
はぐらかされた? 少女は少しむっとして、けれど言われた通り、カップを口に運んだ。
甘い香りのハーブティーだが、飲んだことのない種類の味だった。
「君が作ってくれないから、別に依頼したんだよ」
「って、惚れ薬ですかっ? もしかして、さっきのあの女の人? あの方、魔女なんですか? でもでもっ、贋物かもしれないじゃないですかっ」
「さあ、どうかな。効き目があるといいけど」
王子は、まじろぎもせず、少女を見つめる。いたずらっ子のような、それでいて真剣な瞳をして。
「……そろそろ効いてこないかな?」
「――……っ!!」
少女は椅子を倒すほどの勢いで、立ち上がった。
「まさかっ」
「…………」
そのまさかだよと言って、王子は笑った。やにわに少女は怒りをあらわにし、あやうくカップのお茶を王子にひっかけるところだった。
「わたしを実験体にしたんですかっ!?」
少女は声を荒げた。思ってもみなかった反応に、王子は僅かに狼狽の色を浮かべたが、慌てた素振りは見せない。
「いや、そうでは……」
「ひどいです、王子! やっていいことと悪いことの区別もつかなくなったんですかっ」
少女は涙目になっていた。
「そんなに怒るとは思ってもみなかったが、君を実験体にしたつもりはないよ」
「わたしに惚れ薬を飲ませようなんて、そんなっ、そんなのっ」
声が震えて、言葉が続かない。
それで、かえってよかった。口走りそうになった言葉を止められた。
「もう、いいです! 帰ります、わたし。リプ、行くよっ」
籠から出てテーブルの上にいたリフレナスは、少女が飲んだカップの中身のにおいを確認していた。
一、二度首を傾げ、何か言いたげに主を見たが、少女に聞き入れる余裕はなかった。
「解毒剤作って、絶対に中和してみせますからっ!」
「待ってくれ」
踵を返し、立ち去ろうとする少女の腕を、王子は掴んだ。
「放してくださいっ!」
振り返り、そして少女は腕を振り上げ、思いきり王子の横面をひっぱたいた。
王子の手がゆるんだ。少女は籠を引っつかんで、駆け出した。平手打ちをした手が、じんじんと痛む。
けれど、それ以上に、締めつけられるような胸の苦しみに、呼吸が荒くなる。
「あらあら」
ドアが開いて、褐色の髪の女性が顔を覗かせた。
「心配になって様子を見に来てみれば、やっぱり思ったとおりの展開になってるわね」
少女は突進した足を急には止められず、そこにいる彼女にぶつかった。
「まったく。女の子を泣かせるなんて、無粋な弟ね」
頭に血がのぼっていたとはいえ、彼女の最後の一言を、少女は聞き逃さなかった。
「おとっ、おとうとっ?」
褐色の髪の彼女は、名をシリンといって、王子の異母姉だという。
そういわれてみれば、どことなく顔の造作が似ているし、既視感を覚えたのは気のせいではなかったということだ。
「あら、それも説明してなかったの? とことんダメな弟ねぇ」
素性を簡略して話してくれた王子の姉は、少女の髪を優しく撫で、ハンカチを差し出した。
「涙を拭いて。説明不足の上、やり方の不器用な弟に代わって、わたしからも謝るわね」
王子は苦虫を口の中に放り込まれたような顔をし、ため息をついた後に少女に謝罪をした。
「からかうつもりも、騙すつもりもなかったんだが、傷つけたことに関しては、謝る」
「…………」
「悪かった」
「ということだから、赦してあげて?」
手の甲で涙を拭い、少女は俯いた。
「弟が何をしたのかは想像がつくけど、あれでも一応策を色々と練っていたみたいなのよ? 不器用なくせ、回りくどいことしようとするから失敗するのよね」
「…………策?」
ようやく少女は顔を上げ、きまりの悪そうな顔をしている王子をしげしげと見やった。
「惚れ薬なんて、嘘よ。だから、あれはただのお茶。安心して」
シリンの言葉を受け、リフレナスが続けた。
「そうだろうさ。魔力のにおいの欠片もない。いっぱい食わされただけだ」
「いや、だから、何も騙すつもりはなかったと言っているだろう」
「そうね。惚れ薬の必要なんて、なかったものね」
鼓動がはね、少女はシリンを見る。シリンはにこやかに少女の視線を受けた。
「そうでしょう、森の魔女さん?」
「……っ!」
「ただのお茶でも、時として惚れ薬になるってことね。わたしもその調合の材料にされたようだけど」
王子は図星をつかれ、さらにもう一匹、苦虫を噛み潰した。
普段の口数の何分の一か、すっかり無口になってしまった少女は、顔のほてりを両手で隠していた。
「さあ、続きはちゃんとしなさいよ? 昼食の支度がそろそろ整うはずだから、こちらへ運ぶよう、手配するわ。ええ、と、そこのネズミさん? 魔女の眷属さんね? ご一緒してくださる?」
「ああ」
リフレナスは差し伸べられたシリンの手に乗り移り、ともに中庭を出て行った。
そして、陽だまりの中、少女と王子だけが残った。
少女は、まずは開口一番、謝った。
「ごめんなさい、王子。頬、痛いですよね? 思いっきり殴っちゃったから」
「いいよ。私が悪かったのだから」
「それは、そうですよね、うん」
「否定しないんだな」
「だって、やっぱりちょっと」
少女は大きくため息をついた。
口惜しかったのだ。まんまと罠にはまったようで。
以前の少女ならば、「これはいったいどういうことなのか、詳しく説明してください」と王子に詰め寄っただろう。それをしなかったのは、王子の心中を多少は察したのと、自分の心中に戸惑っているからだ。
「……魔女殿」
不意打を、くらった。
王子が、少女の豊かな黒髪を一房、手に取ったのだ。
「ひゃっ、わっ」
少女の口から愛らしいとはとても表現できない奇声がこぼれた。
突然触れられただけでも驚いたのに、王子は、手に取った髪に口づけたのだ。跪かれはしなかったが、王子の恭しい態度に、少女は情けないほどうろたえ、慌てふためいた。
「魔女殿。君を、想っている。心から」
「……っ」
唐突だ。唐突すぎる。
熟れすぎたリンゴよりも、少女の顔は赤い。
王子はというと、恥らう様子もなく、さらりと想いを告げる。
王子は伏していた瞼を上げ、再び少女を見つめた。
「初めから、まどろっこしいことはせずに、こうして伝えるべきだったのだな」
「ちょっちょっちょっ、おっ、王子っ」
言語中枢が麻痺してしまったようだ。少女はのけぞり、椅子の背もたれに手をついた。目眩の原因は、今までに見たこともないような嫣然とした微笑を少女に向けている。
「私の名を、呼んでくれないかな」
「え、えとっ」
「君はいつも王子としか呼んでくれないが、名で呼ばれたいと、前にも話したが、思っていたんだよ。私を、少しでも同じように想ってくれるのなら」
「…………」
今さらどうして。とはもう言えなかった。息を呑み、少女は僅かの沈黙の後、唇を動かした。
「………………セレン……王子」
セレン。
それが、王子の名だ。その名を呼ぶのは、初めて逢った時以来だろうか。
「王子、は余分だな」
「いやその、いきなり呼び捨ては……その……」
王子は掴んでいた黒髪を、軽く寄せた。少女の頬の熱さが伝わるほど近くに、王子は歩み寄った。
「もう一度」
「はぇ?」
「名を、呼んで」
艶めいた声で囁かれ、少女の動悸は激しくなる一方だ。しかし、それこそ惚れ薬でも飲まされたかのように、王子の言葉に逆らえなくなっていた。
「セ、セレン……王子」
「うん」
晴れやかな王子の笑顔が、目にまぶしい。
「君の名は、やはりまだ教えてはもらえないのかな? 魔女殿?」
「えっ、えっと、それは、ですねっ」
本当に惚れ薬は入ってなかったんだろうか、あのお茶に? そう疑いたくなるほどの、この胸のざわめき。
ここ最近、ずっともやもやしていた不可思議な感情は、つまり、……そういうことだったんだ。
「特別公開します。王子にだけ」
もったいぶるようなことではないのだが、改まって訊かれると、すんなりとは言葉が続かない。
少女は顔を上げ、そして自分を見つめる亜麻色の髪の青年に、名を告げた。
「キラ、です。わたしの名前」
「キラ」
王子は、名を繰り返した。
「キラ。君に似合う、美しい名だね」
「……っっ!」
言った当人は平然としているが、言われた当人は恥ずかしさのあまり、倒れそうになった。
王子のこの臆面のなさは、天性のものだ。「照れくさい」という言葉が王子の頭に存在するのかさえ、あやしいくらいだ。
「セレン……王子」
「ん?」
「…………」
完敗です。少女……キラは笑った。王子のように晴れ晴れとした笑顔ではなかったが、少なくとも心の中のもやは晴れた。かかっていたもやの向こうには青い空があって、光をはじかせている。
王子は再び、キラの髪に口づけた。
「大好きだよ。私の……キラ」
* 了 *