| 少年時代 |
私は、中学時代に近くを流れる天白川の堤防の内側で、Uコン・エンジン飛行機を仲間と飛ばしていた。
伊勢湾台風後、堤防はコンクリート造りに変わった。それでも当時は、堤防内の川との間は畑や雑草の茂った場所があった。
エンジンは、fuji、エンヤ、OSなどがありました。容量は09から60が最大だったと思います。
木製のプロペラでしたが、ナイロン製はこずかいがなく1本だけでした。丈夫なのはいいのですが手で回しているときエンジンが始動するときにタイミングが悪いとプロペラが指をきる怪我をしました。
40年強もたちますが右手人差し指に痕が残っています。
当時のエンジン飛行機の構造は、ベニヤ板のキットでしたが、たしか「ボクサー」とかいっていました。エンジンはFuji19と燃料タンクは、フイルムの空き缶を加工して使用しました。主翼のラッカーが排気ガスで溶けて日の丸が汚くなった記憶があります。
ある日のこと、Uコン仲間とアマチュア無線(以下ハム)への話題になり趣味の世界はそれが岐路となったのです。
それぞれが真空管を集めたり、短波ラジオで7メガサイクル付近のハムを受信したりアンテナを工夫して建てたりしました。
そして、受信機は確保しても送信機は自作しなければ交信はできないので回路図を探した。「ラジオの製作」、「子供の科学」雑誌を参考、と中古のラジオのス
ピーカー出力回路の真空管で6F6?、ナス管と水晶は、加藤無線、ナカノ無線で7.030MHzを購入して製作した。友人と交信の試験をして成功したが、
テレビには横じまがはいり、一般のラジオにも音声が混入して近所には迷惑をかけてしまいました。少年の禁じられた遊びではあったが、今の時代は物造りを子
供たちに興味を持たせるための問題がでています。したがって、小学生のころにどんな小さなことからでも、完成の期待を持ちながら物を造って、完成したとき
の喜びと感激(感性)を養うことがもっとも重要です。 |