B,6ヶ月の私

A,胎内記憶

虹のセラピールーム

私のインナーチャイルド体験

インナーチャイルドがいない人っているのかなあ・・・
私はず〜っとず〜っと幸せで何不自由なく育ってきてた。。。と思っていた。
ううん。たぶん幸せに育ててくれたのだと思う。両親には感謝してる。
でもね、自分を大切に思えなかったの。すぐに出てくる言葉は
「私なんて・・」「どうせ私なんて・・・」「あの人に比べたら自分はたいしたことない」
といった言葉の数々。そしてその理由がわからなかったの。
そして、出会った言葉「インナーチャイルド」
それを学ぶとだんだんわかってきたの。
そう!私は無条件の私を受け入れてほしかったの。全部を全部を受け入れてほしかったの。
認めてほしかったの。もしかしたら親はそういう愛情をくれていたのかもしれないけれど、
でも私はそれを受け取ることができていなかったの。
インナーチャイルドというのは特別に虐待を受けたりしなくってもできるものだよ。
それは私の体験の中からも言えること。
そんなことで?っておもうぐらい簡単なことで子どもというのは傷つくもの。
それだけ子どもというのは純粋で、きれいということかな?
ましてや、虐待などを受けてしまうと、その傷の大きさははかりしれない・・
そして、その傷をもったまま大人になって自己不信をかかえて、苦しむ人も少なくないって思う。。

インナーチャイルドを癒す一番てっとりばやい方法・・・それは大好きな人に抱きしめてもらうこと。
「ごめんね」って言ってもらうこと。たとえば母親から傷つけられてきたときには本当の母親本人に気持ちを伝えて
そして、母親がそれを理解してくれて、謝ってくれて抱きしめてくれること。
それが理想なの。。。。。
でもね、でもね、それはね、無理だと思うの。すごく難しいことだと思うの。
本当は、本当はそうであってほしいのだけれど。
そもそもね、そういうふうにあなたのことを理解してくれる人だったらあなたのことを傷つけたりはしないの。
縁ががあって、意味があって、あなたはそういう家族を選んだ。そして傷ついてしまった。
それの意味は・・・人それぞれ違うかもしれないけれど、だいたいにいえることは・・それは許すこと、克服することだと思う。
親は決して心からあなたを傷つけようと思ったわけではないと思う。役割として演じてくれたのだと思う。
親は親でそれぞれの成長の中で子どもを育て、自分を育てているのだと思う。
本当に少しのすれ違い、解釈の違いで心というものは傷ついてしまうものなの。
本当に簡単にね・・・

そしてね、私は
セラピーという方法を見つけたの。自分の中で折り合いをつける方法を。
その中で今の大人の自分が傷ついた子どもの部分を抱きしめてあげるの。

セラピーを受けられない人も、ぜひやってみて。
自分の中で子どもの頃の自分、傷ついてしまった自分をイメージして、その子をしっかりと
抱きしめてあげて。そして、話を聞いてあげて。イメージしにくかったらぬいぐるみを抱いてみてもいいかも・・
なんでもほしいものをあげて。そしてぎゅっと抱きしめてあげて。
そのとき、あなたは涙するかもしれない。思いっきり泣いて。
大人のあなたと、子どものあなたと二人で泣いて。
もしかしたら、子どものあなたがなぐさめてくれるかもしれない。
インナーチャイルドはとっても賢くて、強くて、純粋だから。
インナーチャイルド・・それは分離してしまった、おいてきてしまった、あなたの一部。
一つになることを願っているあなたの一部。
気づいてあげて。そして抱きしめてあげて。
ほらっ!今どんな気持ち?

私がインナーチャイルドというものを知ったとき、「私は寂しかったのだ」ということを知った。
私には1歳6ヶ月下の年子の弟がいる。この弟は姉の私から見ても小さい頃はとってもかわいくって(今では面影ないけど・・)母を独占していた。母も弟がとてもかわいかったみたい。子ども心にそう感じていた。
私は1歳6ヶ月の時から「お姉ちゃん」と言われ(親や周りから)しっかりしないと・・っていうことをいつも考えていた。
だから子どもっぽくない、大人子どもみたいな子どもだった。
母親の手をわずらわせないように、困らせないようにっていうことばっかり考えていたような気がする。
本当は甘えたかった。もっともっとわがまま言いたかった。
でもそんなこと言ってはいけないと思っていた。
父や母が我慢しなさいって言ったわけじゃないと思う。子どものときの私が自分で判断してそうしてきたのだと思う。
子どもって、大人が思う以上に敏感で、鋭いんだね。
そして、本当に親のことが大好きで、親のことを考えている。だからこそ、自分を抑えてしまったりする。
そして寂しさが生まれたりする。
あなたは寂しくありませんか?
寂しいという気持ちはインナーチャイルドからのサインかもしれませんよ。。。。

インナーチャイルド体験を書く前に私がインナーチャイルドについて思うことを書いてみたいと思います。

1、インナーチャイルドがいない人なんているのかなあ?

2、インナーチャイルドを癒すには

3、抱きしめてもらいたい

1、インナーチャイルドがいない人なんているのかなあ?

2、インナーチャイルドを癒すには

4、寂しいって思うことない?

4、寂しいって思うことない?

3、抱きしめてもらいたい

「抱きしめてもらう」  なんて甘い響き。大好きな人から抱きしめてもらう以上に幸せなことなんてないのではないかな?って思ってしまう。
何年か前、「母に抱きしめてもらいたい」って思った。すごくすごく思った。
どうしてかわからないけど。でもそんなこと、いい大人が言えなかった。
私が母に抱きしめてもらった記憶・・・
それは21歳のとき。将来を約束していた彼が死んでしまったとき、私より先にそのことを知った両親が
それを知らせるために私の部屋に入ってきて、寝てた私を(早朝だったので)起こして、母は私を抱きしめた。
そして「○○くんが亡くなった」と告げた。
そのとき私は突然彼が死んでしまったということよりも、母に抱きしめられているということのほうに驚いた。
うれしいような、恥ずかしいような、照れくさいような・・・
変な感覚。慣れていない感覚。「そうか、母は私のこと大事におもってくれていたんだ・・・」なんてことを
感じていたような気がする。変なの。彼が突然死んでしまったのに。そのことのほうがショックのはずなのに。
今でもそのときの悲しみよりも、母に抱きしめられたときの何か恥ずかしいような感覚のほうを覚えている。

私は娘二人をいっぱいいっぱい抱きしめる。
とっても満足な顔の二人。その顔を見ることほど満たされることはない。二人を同時に抱きしめたくて、
自分の体が二つあったらいいのにな、って思ったりする。
そして、私のことは夫がいっぱいいっぱい抱きしめてくれる。
私は夫の顔を見ると抱きつきたくなっちゃう。そう。まるで子どもが親に抱っこをせがむようにね。
それに答えてくれる夫に感謝。
夫は私のありのままを受け入れてくれる。条件はなんにもない。今の私のまま全部を受け入れてくれる。
それがうれしい。私はまだまだ夫の全部を受け入れているとは言えないかもしれない。
ときどき、くだらないことで怒ってしまったりするし。でもそんなときも夫はなだめるように、まるで親が子どもを
なだめるように接してくれる。
お互いいつ死ぬのかなんてわからないから、体がなくなったら抱きしめることできなくなるから、体があるうちに
いっぱいいっぱい抱きしめておくんだ。
自分を完全に信頼する。
それができたら、インナーチャイルドは卒業だと思う。
でも完全にっていう言葉はほんとはあまり好きじゃない。完全ってすごく曖昧だしわかりずらい。
だからなんとなくでいいのかな。自分が自分で信頼できていると感じたらOKかな〜
うんうん。自分で自分にOKだと感じたらもうそれで卒業だと思うな。
だから、セラピーを受けないといけないということではないよ。
日々の暮らしの中で傷ついた自分を知って、それを癒すことができればそれでいいのだから。

人はなぜ傷つくのか?それは傷つくという体験をすることに意味があるからだと思う。
傷ついた体験があり、それを克服すると、傷ついた人のいたみがわかるよね。
傷つけた人を許すという体験も素晴らしいこと。
自分のことを信頼している人のことは誰も傷つけることはできないと思う。
傷ついてしまう自分がいるということは、まだ自分を信頼できていないということじゃないかな。

信頼=許す という図式も見えるかな。
自分を許す。=自分を信頼する。ということのような気がする。
みんな自分に厳しい。もっともっとゆるめて、ゆるめて。
今の自分を許してあげて。今の自分を認めてあげて。
それはこの瞬間にもできてしまうかもしれないよ。
それとも一生できないかもしれないよ。あなたはどちらを選びますか?

7、自分を信頼することができたらインナーチャイルドは卒業!

5、人と比べることじゃないよ

5、人と比べることじゃないよ

よくね、人と比べて「自分の悩みなんて、たいしたことじゃない」っていう人がいるけれど、それは??って思うよ。
人と比べているということ自体がもうインナーチャイルドの動きを感じてしまうよ。
誰かと比べて安心したりしても、それはほんの一時しのぎ。
もう誰かと比べることはやめとこ!
自分のために自分だけを見つめてみて。
「こんなこと、人から見たらたいしたことじゃないだろうな・・・」そんなこと考えなくっていいと思うよ。
何かが気になる自分、気にしてしまう自分。その部分とちょっと向き合ってみない?
どうして、それが気になるの?どうしてそれが悩みなの?必ず原因があるはず。
自分と向き合うとき、他の誰かは関係ないよ。
誰がなんと言おうと、自分の気持ちを大事にして。自分の感覚を大切にして。

私のインナーチャイルド体験

こんなことでインナーチャイルドができるということが少しわかってもらえるかと思います。

6、誰が悪いの?

6、誰が悪いの?

私がいろいろと勉強してインナーチャイルドの存在を知ったとき、母に訴えたことがあった。
「もっと甘えたかった。お母さんを弟にとられていて寂しかった」ってね。
そのときの母の困惑した顔が忘れられない。
そのとき悟った。
「あっ。これは母の問題ではないのだ。私の問題なのだ」と。
それから自分のインナーチャイルドといっぱいいっぱい取り組んだ。
母のこと、父のこと、それぞれからいっぱい愛をもらったと思う。でも完全に満たされたわけではなかった。
父と母は私のことを完全に理解しているわけではないと思う。

今でもね、ときどき気づくの。私って父や母に対してしゃべりすぎちゃう。。。。
それは、理解してほしいから、認めてほしいから。まだときどきインナーチャイルドが顔を出す。
母が首をひねるだけで傷つく自分がいる。私を否定している。認めてくれていない。
そう思うと胸が苦しくなる自分がいる。
でもね、私のことを理解する、しないは父母の問題であって、無理やり理解してもらうことはできないのだよね。
私にとっての課題は、「私のことを思うように理解してくれない父母に対する自分の思いをどう処理するか」ということなのだ・・・と。
だからね、誰も悪くないのだと思う。
誰のせいでもないのだと思う。親は自分が良いと思う方法で子どもに接する。
だってそれしかしらないんだから、それしかできないんだから。
だからそれでいいのだと思う。
私だって、娘たちを傷つけてしまっている部分があるかもしれない。
それは私にはわからない。でもね、それは私の問題ではなく、もう娘たちが超えるべき問題なのだと思う。
私にできること、それは私ができることをしてあげること。私が良いと思うことをしてあげること。それだけ。

7、自分を信頼することができたらインナーチャイルドは卒業!

私のインナーチャイルド体験

A,胎内記憶

ある方のインナーチャイルドセラピーを受けたたときに出てきた体内記憶。
それはね・・想像以上に完璧な私の姿だった。
私はこの世に生まれてくることにワクワクしていたし、自分は何でもできると感じていたし、不安なんて一つもなかった。
そんな私に聞こえてきた父の声「男の子がいいなあ・・」
「えっ?私女の子だよ。だめなの?男の子がほしいの?なぜ?」そこで完全に満たされていた私の小さな小さな心に
ちょこっとの不安の種が植えられた。そして・・生まれてきた私。
やはり父は本当は男の子がほしかったみたい。でも・・生まれてからは本当にかわいがってくれた。
ほんと、うっとうしいほどに。でも・・小学校低学年のある日冗談(だと思うけど)で言った父の言葉
「生まれたとき女の子だったからショックだった」という言葉。私は2段ベッドの上でものすごく泣いた。
今思っても自分でもおかしいぐらいにショックだった。あれは・・胎内で聞いたことの証拠だと思う。
胎内で一度そのことを聞いていた私は「そんなことないよね。私でよかったでしょ。私がんばるよ」そういうことを胸に秘め
育ってきたように思う。一生懸命、勉強も運動も自分から進んでやっていた。そう、無理して・・
なのに、、、父が言った言葉。深く深く傷ついた私の心。そこからは・・・「私なんて・・どうせいらない子でしょ」
みたいな気持ちをどこかに持って大きくなってきたように思う。外側から見てるととっても明るかったし私がそんなこと
考えていたなんてみんな想像もつかないと思う。でも・・・いつもからっぽな感じだった。
いつも「私なんて価値がない」そう思っていた。でも認められたいからがんばってきた。
セラピーを受けるまではそんなこと意識していなかったよ。
そして・・セラピーで胎内の自分を見つけてそしてつながった。からっぽだった私の心が満たされた気がした。
そして、その胎内の自分というのはものすごいパワフルだったからそのエネルギーももらえた。
自分が完全だったときを思い出した。そうか・・今私はそういう経験をする必要があったんだ・・そう感じた。

B,6ヶ月の私

これは、私の師である紀世子さんからセラピーを受けたときに出てきたインナーチャイルド。
私は6ヶ月ぐらいの赤ちゃん。ベビーベッドに寝ていた。そして・・私はいろいろなサインを母に出している。
でも・・・母は違うように受け取っている。そこにちょこっと「あれ?」という感覚があった。
たとえば・・・遊んでほしくって動いていると「おなかすいたの?」「オムツ?」って話しかけてくる。
母は赤ちゃんはおなかすいたかオムツかでしか反応しないって思っているのかな?って感じた。
父は・・寝てるのに・・そっと寝かせててほしいのに抱っこしてきたり・・・そういうことに「あれ?」って違和感を感じた。
そして・・私はもうすぐ弟がくることを感じていた。(もうすぐ母のおなかの中に弟がくるのを感じていた)
もうすぐ弟がきちゃうから私だけを見てくれるのはあとちょっとだなあと感じている私。
そして、父と母が赤ちゃんができたことを話しているのを聞いている場面。
私はうれしいけれど、とまどっている。「私はあんまり無理言っちゃいけないかな」なんて考えてる。
父はうれしそう「今度は男の子がいいな」って言ってる。そして私は知っている「そうだよ男の子だよ」って思ってる。
私はもうすぐ来る弟ともお話ししているみたい。私は「やっぱり甘えるのやめよう」って自分で決めた。「姉としてちゃんとやろうって」
そして・・自分が卵の殻みたいなのに包まれているのを感じた。そして、父も母もまたちょっと違う感じの殻にそれぞれ入って
いるのを見た。「これはなに?」でも・・その中に入っていると楽だし、守られている感じ。
私にはこのカラがあるから大丈夫。なんて思っている。そしてそのカラに注目していくと・・・
それある意味他者と自分とを隔てる壁のようなものだった。
人と壁を作ることで、自分を守ろうとしていた。でも・・・その壁がある限りは誰ともつながることができない孤独な存在に
なってしまうことに気がついた。このままでは誰にも心を開くことができない・・
そして大人の私と6ヶ月の私が協力してそのカラを割ることを決心した。
そして6ヶ月の私と大人の私はつながった。満たされた6ヶ月の私は今までのどの私よりも強く頼もしく感じた。
その子が今私の胸の中にいる。とってもとっても心強い感じ。
今でもときどきその子とお話してる。。。。

後日談 ・・・・このときの体験の話を母にしたらね、、「そんなこと絶対ない!そんな小さい子がそんなこと考えてるわけない」って・・・。そりゃあ、そう思うのも仕方ないかなぁ・・でもこれは私が自分で体験したことなんだから・・それにしてもこの母からどうしてこういう私が生まれてきたんだろうなぁ・・ってことを不思議に思った。たぶん昔から変な子だなあって思ってただろうな。。。しみじみ親子とは血のつながりはあるけれど必ずしも同じところから来たわけではないのではないのだろうなあ・・って感じる。母はほんとに普通の普通の人。でも私は小さい頃から自分の生まれてきた意味を考えていた。。母はそんなこと考えたことないんだって・・・

C,2歳の私

お友達からセラピーを受ける機会があり、インナーチャイルド体験をさせていただきました。
お友達の誘導でさかのぼったのは私が2歳ぐらいのとき・・・
私はとってもお日様ぽかぽかのお部屋で一人パズルをしていました。
とってもとっても楽しくて楽しくて・・一人でせっせとパズルをしておりました。そうすると・・・父がやってきました。
そして・・パズルをしている私の邪魔をするのです。突然抱き上げられ、びっくりして怒る私。
でも父にはわかってもらえない。
次の場面は・・お手伝い(?)遊び(?)でご機嫌で掃除機をかける私。。。
せっせとお母さんの真似をして掃除機をかけていました。
すると・・・またもや父が・・・「危ないじゃないか!何かにぶつかったり、こわしたりするんじゃないか?」とかなんとか、、母へ言っています。
気にせず掃除機をかける私でしたが、母に掃除機を取り上げられてしまいました。
このとき私は、父へのちっちゃい怒りと、だまって私から掃除機を取り上げた母へのちっちゃい怒りがありました。

( こんなことでインナーチャイルド?ってびっくりですが、
要するに一個人として、ちゃんとした人格として扱ってもらえないと、子供って意外に傷つくのです。もちろん個人差もあると思いますが・・)

このちっちゃい怒りをかかえた2歳の私を見つけてあげていろいろお話聞いてあげて
そして・・抱っこしてあげてとっても満たされた感覚を味わうことができました。
ちっちゃい私はぽちゃぽちゃでやわらかくって・・ああ〜こんなお肌に戻りたい(笑)な〜んて

そして、ちっちゃい私が欲しがったものはちっちゃいダンボールの家。これは大人が入ってこられない自分だけの空間を表していました。
時々・・うちの娘二人がダンボールの家を作って遊んでいます。これも・・自分たちだけの聖域なのかな・・なんて思いました。
あんまり邪魔なので、すぐに取り上げてしまうのですが。。(汗)
これからは気をつけます!

我が家の娘たちよりも小さい時の自分と向き合ってとっても楽しい時間を過ごすことができました!

このお話しを親にしてみました。パズルをしていた記憶は私の中にはなかったので、2歳ぐらいにパズルなんてしてたのかな?って聞いてみると・・・
母「うんうん。いっつもしてたよ〜楽しそうにね!」  父「そうそう、それで俺がよく邪魔をしたんだよ」って。おおお〜〜やっぱりそうなんだ〜って
自分でもなんだかびっくり。
インナーチャイルドは今生での自分なので、どうしても記憶をたどろうっていう意識が出てきてしまうと思うのですが、
大丈夫!やっぱりそのとき浮かんできたことをそのまま感じていけばいいのですね〜うんうん。すご〜く納得!

C,2歳の頃の私

インナーチャイルドヒーリング | 前世療法 | 光の言葉セラピー | 電話セラピー | 名前の言霊 |メニュー・料金 | 場所 

セラピーQ&A │ 迷っている人へ  │ セラピールーム写真 |
 ご予約・お問い合わせ | 自己紹介 | 私のインナーチャイルド体験

私の前世体験 | マイプロフィール │ ○○な人へ | 幸せについて | おすすめリンク  │ 育てたように子は育つ | 私が読んだ本 

玄米菜食 | 日本村100人の仲間たち | セラピー体験談 |  ブログ |  鏡の法則  │  引き寄せの法則  │  


ココロとからだ  │  前世を体験するってどういうこと?  │  HOME


D,6歳の頃の私

近くのお友達Aちゃんが少し離れたところへお引越しすることになりました。Aちゃんのお別れ会をしようということに
なって、別のあるお友達Bちゃんの家にみんなで集まることになりました。
一応お別れ会ということなので、何かプレゼントでも渡そうということになったのですが、6歳の私は困りました。
何もあげるものがない・・・
6歳の私の中にはお母さんに相談するとか、買いに行くという選択肢がなくて、自分が今持っているものの中で
何か渡せるものは無いかということだけでした。それでお部屋を探してみました。
すると、一冊のノートが見つかりました。その頃の私がとても気に入っていたかわいいキツネさんのキャラクターのノートでした。
ノートだけでは何かと思い、自分で折り紙でお人形を作って渡すことにしました。
でも、なんだかこんなもので喜ぶのかなあ、、という不安な気持ちが
でもそれしか無いのでそれを持ってBちゃんのおうちへ。

ちょうど他のお友達と一緒になったのですが、そのお友達はかわいい袋に入ったプレゼントを持っていました。
私は、ノートむきだしのまま。ノートの中には私が作った折り紙のお人形がはさんである。。。。なんだか恥ずかしい気持ちになってきました。
そこへBちゃんが家の外へ出てきてくれたのですが、Bちゃんは「それAちゃんへのプレゼント?」って私に聞きました。
でもなんだか恥ずかしい気持ちになっていた私は「ううん。違う・・・」って答えてしまいました。
中へ入ってみんながいろいろとお話したり、プレゼントを渡しているときも
私はソワソワ・・・このノート渡そうかどうしようか・・・そんなことばっかり考えてなんだか上の空でした。
私はその日はお稽古事があったので早く帰らないといけなくて、そろそろ時間になりました。
そして、帰り際、思い切って、「これあげる!」とAちゃんへノートを渡して逃げるように帰りました。

すると・・・なんと翌日、Bちゃんが「はいこれ!」って言って昨日Aちゃんにあげたはずのノートを私に渡すのです。
そして、おまけに受け取るときにはさんでいた折り紙のお人形がパラッと下に落ちたのです。
私はもう恥ずかしくって、恥ずかしくって、穴があったら入りたかった・・・

何で返されたのか、わからないし、このこと(私がノートをAちゃんへ渡した意味)をBちゃんに詳しく聞かれたらどうしよう
とかいろいろ思って、すぐにその場から逃げ出してしまいました。

それ以来、そのノートの話はBちゃんとも誰ともしていないのだけれど、
私の中ではなんとなく気恥ずかしい思い出として眠っていました。

私がAちゃんへ突然ノートを渡して帰ったあと、みんなで???だったんだろうな・・・
プレゼントじゃないって言ってたのに、突然渡して帰ったことみんな疑問だったのかな?
でもあげるって言って渡したのだから、受け取って欲しかったな・・・