三河相撲甚句会

相撲甚句とは


1.相撲甚句の概要
  相撲甚句は江戸時代の享保年間に相撲取りが地方巡業や花相撲で唄ったのが起源で、
 いろいろな流行歌が混じって定着しました。
  一般的には甚句というと民謡の秋田甚句、米山甚句、木更津甚句等が有名です。

  一方、角力甚句は明治の初期に相撲甚句を聞いた名古屋の芸妓が三味線を付け、
 ”芸者殺すに刃物はいらぬ、甚句止めたら皆殺し”と言われるほど花柳界で大流行しました。
 名古屋甚句もその流れだといわれています。
  お座敷で唄われているものを角力甚句として住み分けをしてきましたが、レコードを
 見てみると戦前は芸者出身の歌手がほとんどでした。しかし、昭和30年代になると大相撲も
 若乃花、千代の富士、栃錦、大鵬、柏戸といった人気力士が同士が優勝争いをするようになって
 テレビの普及とともに相撲人気も高まり、この頃からは森の里など相撲取りの唄う甚句に
 なってきました。

  戦前は「角力甚句」ばかりだったのが、戦後はほとんど「相撲甚句」となり、角力→相撲と
 変わった点が目に付きます。
  このように相撲甚句とは単に相撲取りが花相撲とは、地方巡業で唄うだけではなく、
 日本各地の民謡との関わりが深いようです。(日本相撲甚句会の相撲甚句本参照)
  お相撲さんが土俵の上で化粧回しをして唄っているものですが、独特の節回しと歌詞が
 相撲ファンに親しまれて伝わってきました。

  時代と共に土俵の上の甚句も変わり、最近ではのど自慢の力士が得意の声で唄い聞かせるように
 なってきました。
  近年では甚句独特の哀愁のある節回しが一般の人達にも受けて、全国に相撲甚句の会が
 結成され、北は北海道から南は九州まで、全国で約70団体1,000人以上の会員がおり、
 毎年全国大会も開催されています。


2.相撲甚句の種類と形式
  相撲甚句には大きく分けると「まくら唄」「本唄」「はやし唄」になっています。
 「まくら唄」は「本唄」の前に唄う短い唄の事で、「前唄」「後唄」になっていますが
 唄い方は同じで、本唄も歌詞は色々ありますが節回しは同じです。
  甚句は民謡や小唄、端歌と違って鳴り物がありません。
 「あ〜、ドスコイ、ドスコイ」で始まり、
 前唄→後唄→本唄→はやし唄→本唄の順に唄っていきます。
 楽器もありませんので、「ドスコイ、ドスコイ」と「ホイ」だけで唄うことから、バス旅行や
 忘年会、結婚式の披露宴等ではとても喜ばれています。