中庸をすすめる


教訓 70. 人間の欲望には際限がない。


Much would have more.《あればあるほど欲しくなる》


 人間の欲望には限度がありません。あればあるほど欲しくなるものです。ここに取り上げるコトワザは、中国起源の「隴を得て蜀を望む」に当たるものです。

(a) The more you have, the more you want.《もてばもつほど欲しくなる》

 抑制を知らないものは、欲に目がくらんで、やがては身を滅ぼします。

(b) Set a beggar on horseback and he'll ride to the devil.《乞食を馬に乗せれば、悪魔のところまで乗りつける》(成り上がりものは傲慢で残忍になる)


教訓 71. 人間には節度が必要である。


One must draw the line somewhere.《どこかに一線を画さなくてはならない》


 英語のコトワザには中庸を説くものが断然多いのですが、それは人間が限界を知らない欲望の誘惑に屈し、その犠牲になりやすいからです。人間の弱さを知るコトワザは、自らの欲望に限界を設け、自己を律しなければならないと説きます。次のものは、節度の限界を越えると、命取りになるといいます。

(a) The last straw breaks the camel's back.《最後のわら一本がラクダの背中を折る》
          別掲 → 教訓34 小さな危険はやがて大きな危険になる。
(b) The last drop makes the cup run over.《最後の一滴がコップをあふれさせる》

 そして、両極を切り捨てた中道を進むならば、何ごとも安全であり、うまくいきます。

(c) Safety lies in the middle course.《安全は中道にある》
          別掲 → 教訓124 近道は危険、中道を歩め。
(d) Moderation in all things.《万事に中庸を》
(e) Virtue is found in the middle.《美徳は中庸にある》
(f) Golden mean is best.[Horace]《黄金の中庸が最善である》

 以上はいずれも、中庸が大切であることを抽象的に説くコトワザですが、次のものはもっと具体的にその方法を示しています。

(g) Of thy sorrow be not too sad, of thy joy be not too glad.《悲しみをあまり悲しむな、喜びをあまり喜ぶな》「失意泰然得意淡然」
(h) Enough is as good as a feast.《十分というのがご馳走である》
(i) A contented mind is a perpetual feast.《満足は永遠のご馳走である》「足るを知る者は富む」
(j) More than enough is too much.《十分以上は多すぎる》「過ぎたるは猶及ばざるが如し」
(k) Temperance is the best physic.《節制が最良の薬である》
                 
(g)は極端に悲しんだり喜んだりすることをいましめ、(h)〜(k)は適量が一番のご馳走、過度はありがた迷惑だし、心身にもよくないことを述べています。


教訓 72. 理想もあまり高すぎてはいけない。


The best is often the enemy of the good.《最善はしばしば善の敵になる》


 このコトワザは、極端な完璧主義者は最善を求めすぎて、普通の善に満足できず、その結果、普通の善を否定する愚さえおかすということをいっています。人間には向上を求める努力が必要ですが、理想を求めて上ばかり見ていると、降りかかる障害は防ぎようもありませんし、多くのものを求めすぎると、元も子もなくするという危険があります。

(a) Hew not too high lest the chips fall in thine eye.《木くずが目に入るからあまり高い木を切るな》
(b) Grasp all, lose all.《全部をつかもうとすれば、全部を失う》「大欲は無欲に似たり」
(c) All covet, all lose.《すべてを欲しがればすべてを失う》「大欲は無欲に似たり」

 また選択肢が多すぎると、それが邪魔になり、かえってつまらぬものを選ぶこともあります。
(d) He who chooses, takes the worst.《選り好みして最悪を取る》「選んで滓を掴む」
         別掲 → 教訓 84
(e) A maiden with many wooers chooses the worst.《求婚者の多い娘は最悪の人を選ぶ》
          別掲 → 教訓 84


教訓 73. もらった物には不平をいうな。


Never look a gift horse in the mouth.《贈られた馬の口の中をのぞくな》 「貰うものは夏でも小袖」


 人間は、多くを望みすぎてはいけません。とくに、何かを人からもらったような場合は、たとえそれが不満なものであっても、決して不平をいってはいけません。見出しのコトワザは、贈られた馬の年齢を知ろうとして、馬の前歯を調べるような無礼なことはするなという忠告です。

(a) Throw no gift again at the giver's head.《もらったものを贈り主に投げ返すな》


教訓 74. 不十分でも無いよりはまし。

Half a loaf is better than no bread.《パン半分でもないよりはまし》


 一切れのパンに比べれば、半切れのパンは不足かもしれませんが、パンがまったくないことを想定すれば、半切れでも有り難いのです。不十分でもないよりはましという類義コトワザは、次のように多くあります。

(a) Something is better than nothing.《何もないよりは少しでもあった方がよい》「有るは無いにまさる」
(b) Better are small fish than an empty dish.《小さな魚でもないよりあった方がまし》
(c) A bad bush is better than the open field.《下手な茂みでも何もない原っぱよりはまし》「枯れ木も山の賑わい」
(d) Better late than never.《遅れてもやらないよりはまし》
          別掲 → 教訓108 貴重な時間を有効に利用すべし。
(e) One foot is better than two crutches.《一本足でも二本の松葉杖にまさる》
(f) Any port in a storm.《嵐のときはどんな港でもよい》 
          別掲 → 教訓127 避難場所を選んでいる暇はない。

これらはすべて、少しでもあれば無いよりはまし、贅沢はいっていられない、不十分にも満足しようという意味では、すべて共通するものです。


教訓 75. 不十分なものの方が長持ちする。


A creaking gate hangs long.《きしむ門は長持ちする》「一病息災」


 これまで見たコトワザは、「不十分」を「無」と比較し、「無」よりは「不十分」の方がましだというものでしたが、見出しのコトワザは、「不十分」を「十分」と比較し、「十分」より「不十分」の方に大きな価値を見出そうとするものです。最近は、「無病息災」より「一病息災」の方に分があり、健康も少しばかり不良の方がかえって長生きするようです。日本のコトワザにも「足らぬは余るよりよし」や「過ぎたるは猶及ばざるが如し」というのがありますが、何ごとも不十分であれば、飽きることもなく、いつまでも大切にしますから、長持ちがするのです。次のコトワザも、そのような「不足礼賛」のコトワザです。

(a) Love me little, love me long.《少し愛して、長く愛して》「細くも長かれ」
(b) Threatened men (or folks) live long.《死に脅かされている人は長生きする》「柳の枝に雪折れはなし」


教訓 76. 無理をして不可能に挑むな。


You cannot get water (or blood) out of stone.《石から水(血)はしぼれない》


 このコトワザは、不可能とわかっていることに挑んでも無駄であると教えています。次のものも同様です。

(a) You cannot make a crab walk straight.《カニを縦に歩かせることはできない》
(b) Kindle not a fire that you can not extinguish.《消すことのできない火はつけるな》

 コトワザのもつ中庸の精神は、物事を行うには安全が第一であると教えます。簡単な方法があることがわかっているとき、わざわざ困難な方法を選ぶことはないのです。

(c) Men leap over where the hedge is lowest.《人は一番低い垣根を越える》
(d) Cross the stream where it is shallowest.《川は浅瀬を渡れ》

 また、災いが不可避なら少しでも小さい方を、またはよく知っている方を選べと、まことに合理的な生活の知恵を伝授します。

(e) Of two evils choose the lesser.《災難が避けられなければ、どちらか小さい方を取れ》
(f) Better the devil you know than the devil you don't know.《見知らぬ悪魔より知り合いの悪魔の方がまし》「知らぬ神より馴染みの鬼」


教訓 77. 何ごとにも順応して生きよ。


When in Rome do as the Romans do.《ローマではローマ人のするようにせよ》 「郷に入っては郷に従う」


 最後に、中庸をすすめるコトワザが教えることは、自分のおかれている時代や状況に逆らわず、世の中の大勢や常識にしたがい、「郷に入っては郷に従う」の態度で、すべてに順応して生きよということです。次のような類義コトワザがあります。

(a) It is ill striving against the stream.《流れに逆らうのはよくない》
(b) Do as most men do, then most men will speak well of you.《世間のやり方にしたがえば、世間から褒められる》
(c) One must howl among (or with) the wolves.《狼の群にいるときは吠えなければならない》(大勢には逆らえない)

 また、中庸をすすめるコトワザは、次のような具体的事例を挙げて、現実適応主義の生き方を提唱しています。

(d) Stretch your legs according to your coverlet.《掛け布団に合わせて足を伸ばせ》「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」
(e) Cut your coat according to your cloth.《自分のもっている生地に合わせて服を裁て》「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」
(f) Take things as you find them.《物事はあるがままに受け入れよ》
          別掲 → 教訓57 人生の苦楽をありのまま受け入れよ。
(g) Better bend (or bow) than break.《曲がる方が折れるよりまし》「柳の枝に雪折れはなし」「柔よく剛を制す」                 別掲 → 教訓97 しりぞくのも勇気のうち。
(h) Do not kick against the pricks.[The Acts]《突き棒をけ飛ばすな》(無謀な抵抗をするな)
          別掲 → 教訓122 火遊びや先のとがったものは危険。

 要するに、分相応に暮らし、状況をあるがままに受け入れ、無理な抵抗をせず、世の大勢に順応して生きよということです。

 また、確固とした思想や信念をもつことはよいことですが、間違っているとわかったら憶せず改めるのが賢者であると、コトワザはいいます。「君子豹変」のすすめといっていいでしょう。

(i) A wise man changes his mind, a fool never.《賢者は考えを変えるが、愚者は変えない》「君子豹変す」
(j) Wise men need not blush for changing their purposes.《賢者はその目的を変えることを恥じるに及ばない》

 しかし、思想や信念はそんなに簡単に変えられるものではないのかもしれませんが、変えないことが死に追い込まれるような状況では、少なくとも変えた振りをして生き延びるのが、おのれの信念を全うする道であると説きます。

(k) Say as men say, but think to yourself.《口では世間並みのことを言い、心では好きなことを考えよ》
          別掲 → 教訓199 世間は聞き耳を立てている。
(l) Speak fair and think what you like.《口では立派なことをいえ、心では何を考えてもよいから》
          別掲 → 教訓199 世間は聞き耳を立てている。

 さて、これまで見てきた順応主義は、たしかに中途半端であるという意味では、ずるい生き方のように思えます。しかしそこには、不十分でもゼロよりはましという、合理的な相対主義の精神があります。そこにはまた、日本のコトワザの「出る杭は打たれる」や「長い物には巻かれろ」のような権力追随型の事なかれ主義ではなく、現在の屈服は生き延びて他日の飛躍にそなえるためのものであるという、したたかな現実主義があります。これこそ、アングロサクソン民族の国民性にひそむ強靱な精神力だといえるのではないでしょうか。

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