人間の運命について教える


教訓 50. 幸運は続くものである。


Nothing succeeds like success.《成功ほど続いて起こるものはない》
          別掲 → 教訓148 金は金持ちにたまり、貧乏人にたまらない。


 人の一生もさまざまです。Born with a silver spoon in one's mouth《銀のさじを口にくわえて生まれる》ものもいれば、Born on the wrong side of the blanket《私生児として生まれる》ものもいます。死に神は偉大な平等主義者ですが、幸運の女神はどうやらそうでないところに、人生の皮肉があります。幸運にあるものは幸運が続きます。悪魔にとっても、それは例外ではありません。

(a) Money begets money.《金が金を生む》
          別掲 → 教訓148 金は金持ちにたまり、貧乏人にたまらない。
(b) The devil's children have the devil's luck.《悪魔の子供は悪魔の幸運をもつ》「憎まれっ子世に憚る」
          別掲 → 教訓160 悪人は悪運が強い。


教訓 51. 不運も続くものである。


Misfortunes never come singly.《不幸は単独では来ない》「弱り目に祟り目」


 一方、運の悪いものにとっては、悪運は連続して起こるものであるし、悪い事態はさらに悪化するものです。この状況を日本のコトワザも、「泣きっ面に蜂」とか「一難去ってまた一難」といいます。

(a) It never rains but it pours.「降れば土砂降り」「泣きっ面に蜂」
 = When it rains, it pours.
(b) The bread always falls on the buttered side.《パンは落ちると必ずバターのついた側が下になる》
(c) (Leap) Out of the frying pan into the fire.《なべの中から火の中へ(飛び込む)》「一難去ってまた一難」

 この世の生存競争は厳しく、弱者はいつまでも人生の片隅で生きていかねばなりません。

(d) The weakest goes to the wall.《一番弱いものが壁ぎわへ追いやられる》


教訓 52. 運命の神は気まぐれである。


The gods send nuts to those who have no teeth.《神は歯のない者にクルミを授ける》


 このように、幸運も不運も続くものとすれば、運命を司る神はかなり不公平であるといっていいでしょう。折角の天の恵みであるクルミも、それを食べるだけの力のないものにとっては、運命の神の嫌がらせとしか感じられないかもしれません。

 同様に、次のコトワザも、常に大軍に味方する神の依怙贔屓を指摘しています。

(a) God is always on the side of the big battalions.《神はつねに大軍に味方する》

 さらに皮肉なことに、神に愛され、才能を与えられたものが若死にするのです。日本でも、「佳人薄命」「才子多病」などといいます。

(b) (Those) Whom the gods love die young.《神に愛されるものは若死にする》
 = God takes soonest those he loveth best.《神は愛するものをすぐ連れ去る》
          別掲 → 教訓171 才能あるものは早死にする。

 その反面、いかにも危なそうで、案外生きながらえるものがいます。子供と船乗りと酔っぱらいです。彼らには神の加護があります。

(c) Heaven protects children, sailors, and drunken men.《天は子供と船乗りと酔っぱらいとを保護する》

 また、神の加護は動物にも及びます。人間のために毛を刈られた子羊は、自然の神にやさしく護られるし、虐待されても子猫がなかなか死なないのは、神に命をいくつも与えられているからです。

(d) God tempers the wind to the shorn lamb.[Henri Estienne]《神は毛の刈りたての子羊に風を和らげる》
(e) A cat has nine lives.《猫には九つの命がある》

日本でも「猫を殺せば七代祟る」といい、魔性の執念深さは死後も持続するとされています。

 運命の神は、また人間の結婚についても気まぐれを発揮します。運良く良縁に恵まれるものもいれば、恵まれないものもいて、まことに「縁は異なもの」、すべては神のみこころ次第だと、コトワザはいいます。

(f) Marriages are made in heaven.《縁組みは天国でなされる》
 = Marriage is destiny.《結婚は運命》
(g) Marriage is a lottery.《結婚は運次第》


教訓 53. 人間も気まぐれである。


Danger past, God forgotten.《危険が過ぎると、神は忘れられる》「苦しいときの神頼み」


 神が気まぐれであるとすれば、まして神のつくった人間はなおさら気まぐれであるはずです。このコトワザは、平素神に祈ったことのないものも、困ったときだけは神にすがろうとすることをいいます。そして危険が過ぎ去るやいなや、神に祈ったことさえ忘れてしまうのが人間だというのです。次もその類義コトワザです。

(a) Vows made in storms are forgotten in calms.《嵐のとき立てた誓いは、凪になれば忘れるもの》「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

 さらに、人間の気まぐれは、現在の自分さえよければ先のことはあずかり知らぬという、エゴイズムにまで発展することがあります。

(b) After us (or me) the deluge.[Madam de Pompadour]《わが後に洪水来たれ》「後は野となれ山となれ」

これは、自分の死んだ後はどうなろうと知ったことではないという意味で、一説にはルイ15世の愛人、ポンパドゥールの言葉と伝えられていますが、古くからあるフランスのコトワザが起源のようです。

 このような気まぐれや身勝手さは、人間の弱き性の表れでしょうが、しかしその弱き人間はまた、神の前におのれの過ちを悔い、さらなる努力を誓う善人でもあるのです。そんな人間に救いの手を差しのべてくれるのが神であるというのが、次の教訓です。


教訓 54. 神は努力する人間を助ける。


Heaven helps those who help themselves.「天は自ら助くるものを助く」
          別掲 → 教訓106 苦難を越えて栄光をつかめ。


 たしかに、運命の神は気まぐれな一面があります。何をしても失敗続きのとき、人は神に見放されたと思うかもしれませんが、しかし落胆は無用です。神は、努力を放棄して神頼みをする人間は助けてくれないでしょうが、自ら努力する人間は必ず助けてくれる、というのが見出しのコトワザの主張です。

(a) Do the likeliest, and God will do the best.《最もふさわしいことをすれば、神も最善をつくしてくれる》「人事を尽くして天命を待つ」

 もし神の助けを得ることができず、神が不在のように見えるなら、自分で神を見いだす努力をせよといいます。

(b) If God did not exist, it would be necessary to invent Him.《神が実在しなければ、神をつくり出さなくてはならない》

 努力のすえ、神の加護を得ることができたということは、自分の努力が幸運を呼び込んだということになります。その意味で、自分の運命は自分で切り開くものであると、コトワザは教えます。

(c) Diligence is the mother of good luck.《勤勉は幸運の母》「稼ぐに追い付く貧乏無し」
(d) Every man is the architect of his own fortune.《だれもが自分の運命の設計者である》

 次のコトワザの知恵も、中国起源の「人事を尽くして天命を待つ」に似ていて、人間は努力の後は天の配剤を信じ、運を天に任せよということです。

(e) The mills of God grind slowly.[George Herbert]《神の水車はゆっくりと粉をひく》「天網恢々(かいかい)粗(そ)にして漏らさず」
(f) Man proposes; God disposes.《計画は人にあり、決裁は神にあり》

 これらのコトワザの意味することは、長い目で見れば神の裁きは公正であり、勤勉に努力するものには神は恩恵を授けるということです。

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