日本航空・JALウェイズで行く
ハワイ島とホノルル
大自然紀行6日間
    安藤邦男 記

  平成17年1月12日〜16日


日 程

第1日 1月12日(水)【ハワイ島】プウホヌア歴史公園 プナルウ黒砂海岸

キラウエア火山 ラエアプキ「ヒロ・ハワイアン・ホテル」泊

第2日 1月13日(木)虹の滝 カメハメハ大王像 ナニマウガーデン アカカ滝

 パーカー牧場          「コナ・ビーチホテル」泊

第4日 1月14日(金)【オワフ島】モアナルア・ガーデン ヌウアヌ・パリ

ハナウマ湾 展望台     【プリンス・ホテル・ワイキキ】泊

第4日 1月15日(土)自由行動(ビショップ ハナウマ湾シュノーケリング)

スターディナークルーズ  【プリンス・ホテル・ワイキキ】泊

第5日 1月16日(日)帰途                       「機上」泊

第6日 1月17日(月)帰名


第1日 1月12日(水)

17・40 名古屋空港新国際線旅客ターミナルビル3階ホリデイツアー受付カウンター前に集合する。

1行はまず、われわれ名古屋市高年大学国際文化研究のクラブ員では、この旅行を組織していただいた18期のH.Mさんを始め、クラブ代表の18期H.Kさん、19期ではT.Yさん、H.Sさん、F.Sさん、K.Tさん、K.Mさん、Y.Nさん、E.Mさん、それに筆者安藤の10人である。クラブ員外では、Hさん夫妻、Tさん夫妻、飛騨高山のOさん夫妻、それにわが妻を加えて、総勢17人。1行を案内する添乗員は、独身の美人女性Aさん。

20・05 名古屋空港離陸。ジャルウェイズ084便(JO-O84)。ハワイ時間では、

01・05 12日)になる。いわば深夜である。時計をハワイ時間に合わせる。

座席は機内の後方で、かなり空きがあり、シートベルト着用サインが消えると、席を移動して、1人で2座席を占領するものもいる。

1時間後、夕食として機内食が出る。テレビなど見た後で、横になるがなかなか寝つかれない。少しうとうとすると、もう明け方、飲物と軽食が出る。その間に、機は日付変更線を通過している。

07・30 ホノルル着。所要時間約6時間半。入国審査が厳しい。トランクは中がチェックできるように施錠を外しておけという。レントゲン検査では靴まで脱がされた。ゲートをくぐるとき金属探知器のブザーが鳴って、何人かがボディーチェックを受ける。かくいう小生もその1人、何とチューインガムの包み紙に反応している。この探知機、精巧というべきか、杜撰というべきか、しかしテロの警戒に、それだけ神経質になっていることだけは確かである。

10・10 ホノルル発、アロハ航空AQ―216便が離陸。

10・50 ハワイ島コナ国際空港着。

11・10 小型専用バスに乗る。外人のドライバーに日本人男性ガイド。いよいよハワイ島1周のバスドライブに出発である。バスはコナ空港から南に向かい、島の西側海岸線沿いに半円を描いて、島の東側のヒロまで走る。ハワイ島南部観光、それが今日1日の行程。

12・00 プウホヌア国立歴史公園で下車。海辺を散歩する。快晴で海がまことに美しい。「プウホヌア」とはハワイ語で「聖域」とか「逃れの場」という意味。海岸べりに、草葺き屋根の建物がある。ヘイアウ神殿といって、タブーを破った者がここへ逃げこめば、罪を軽減されたという。いわば日本の駆け込み寺のような場所という。近くには、異形のマスクをした2体のティキ(神)像が立っている。それらを背景にして写真を撮ったりする。

【写真右・プウホヌア歴史公園のティキ像】

13・30 プナルウ黒砂海岸に到着。なるほど名前のごとく、砂浜は真っ黒である。やや小高くなった丘の見晴台にあるベンチに腰掛け、遙か下方の海を眺めながら、途中で積み込んだ折り詰め弁当を食べる。
 食べ終わったところで砂浜へ降りていくと、やはりいた。1メートルはあろうかと思われる緑のウミガメが1匹また1匹と、海の中を泳いでいる。近づくことを禁じられているというが、子供は平気で海水に手を入れて触っている。

【写真左・プルナウ黒砂海岸の緑のウミガメ】

14・20 ふたたびバスに乗る。次に目指すはキラウエア火山だ。

15・00 ハワイ火山国立公園トーマス・ジャガー博物館前で下車。まず館内の展示を見て、火山活動や噴火の仕組みを知る。

 外へ出ると、キラウエア火山の中心をなすハレマウマウ火口が眼下に1望できる。伝説では、この火口はハワイの火の神ペレの住み家という。それもそのはず、このクレーターは1924年に大爆発を起こすまで、100年もの間,煮えたぎる溶岩があふれていた。

15・30 バスは迂回し、ハレマウマウ火口近くで下車。火口に向かって歩く。赤い溶岩はもう見えないが、まだところどころに湯気や熱風を吹き出している穴がある。黒い溶岩の上を防護柵に沿って歩き、クレーターの中を覗ける展望地点に到達。近くで見るクレーターはさすがに大きい。幅800メートル、深さ85メートルという楕円形のカルデラが眼下に広がっている。雄大な眺めだ。
【写真右・ハレマウマウ火口。果物が捧げられている】


16・00 チェーン・オブ・クレーターズ・ロードをしばらく走ると、流れ出した溶岩で道がふさがれている場所に出た。ラエアプキの地だ。「1982年の溶岩噴火」という表示がある。ここで車を降りてしばらく黒光りのする溶岩の上を歩く。
【写真左・
1982年噴火した溶岩の台地

 ガイドの説明によれば、溶岩の性質には2種類あり、1つはパホイホイ(Pahoehoe)と呼ばれるもので、 固まると黒光りしたガラス状のものになる。これはキラウエア火山帯で1般的に見られるもので、地表下で流動性を保ったまま、10数キロの長さにわたりゆっくり進むという。もう1つアア(Aa)と呼ばれる淡灰色のコークス状のものである。やや硬めで流動性が乏しい溶岩である。これら2種類の溶岩は、それぞれ違う場所に出来ていることもあるし、同じ場所で見られる場合もあるという。

16・30 海岸に出る。恐ろしいほどの断崖絶壁だ。だれかが東尋坊の比ではないという。

17・30 ヒロ・ハワイアンホテルに到着。

18・30 夕食はホテル内レストランでバイキング。                   「ヒロ・ハワイアンホテル」泊



第2日 1月13日(木)

07・30
 起床。バイキングの朝食。

08・00 ジャックス・ツアーズのバスに乗車。出発直前、ホテル前のコーヒー売店に寄り、ここでしか売っていないという100%のコナ・コーヒーを買う。すぐ側に、往年のホームラン王ベーブ・ルースが植えたという大木がある。1同写真を撮る。

08・20 ふたたびバスに乗り、ヒロの町観光に出発。

08・30 虹の滝(レインボーフォール)に到着。朝陽に照らされた滝に虹がかかるというが、日光の射し具合が悪いのか、かすかに見えた程度であった。

【写真右・虹がかかるというレインボーフォール】

09・00 カメハメハ大王像前で停車。立派な像を背景に、写真を撮る。

 ガイドの説明によれば、この像は第3作目という。第1作目のオリジナル像は、
カラカウア大王の友人である彫刻家Thomas Gould が1880年にヨーロッパで制作し、ホノルルへ運ぶ途中、奇しくも船が沈没し海底へ沈んだが、後に海から引き上げられ、カメハメハ大王の誕生地であるハワイ島のカパアウに安置されている。

 第2作目は、1883年、同じ作者の鋳型で造られ、現在、ホノルルのイオラニ宮殿の向い側にある裁判所の正面に設置されている。この像には、翌日のホノルル市街観光のとき立ち寄った。

 第3作目は、新しく1993年に鋳造され、それが今、このヒロの町の公園に置かれているものである。

【写真左・ハワイ島のカメハメハ大王

09・10 ビッグ・アイランド・キャンディ を見学。ここで作られるクッキーやチョコレートは、ハワイ産のマカデミアナッツやコナ・コーヒーなど、品質の高い材料で作られ、「ビッグアイランド・キャンディーズ」として評判が高い。クッキーがチョコレートにディップされる様子など、ガラス越しに見ることができた。試食した後、オリジナル製品という弁当箱チョコを買う。

09・40 メハナビール工場を見学。日系人が経営する工場である。地ビールを試飲する。安いというので、H.Kさんが半ダース買う。このビール、その夜ホテルの部屋でご馳走になる。

10・20 ナニマウ・ガーデン ナニマウというのはハワイ語で「永遠に美しい」という意味だそうだが、その名の通り、百花咲き乱れている。ブーゲンビリア、シューティングスター、アフリカンチューリップ、ココナッツヤシなどトロピカルな花々。東山植物園の温室を野外に持ってきた感じである。それぞれを添えられてネームボードで確かめながら、ゆっくりと鑑賞する。H.Mさんなど数人はトレインに乗って庭内を1周する。

【写真右・熱帯植物が咲くナニマウ・ガーデン】

11・30 ガーデン内のレストランでバイキングの昼食。

12・00 バス出発。沿道の畑に1面にススキの穂のようなものが咲いている。サトウキビの穂だという。しかし今サトウキビ産業は衰退し、代わって観光産業が隆盛をきわめているという。そのお陰で、かつてのサトウキビ畑も転売されたりして土地景気に沸いているという。

 日系人墓地の横を通る。サーフィンをしているビーチが見える。中年の女性ガイドの住んでいたという家の側も通る。

12・30 アカカ滝(AKAKA FALLS)に到着。シダをはじめ、野生のバナナや大きなバショウの木などが鬱蒼と茂る密林の小道を通り抜けると、突然視界が開け、落差150メートルという大きな滝が現れる。

【写真左・落差150メートルというアカカ滝】

13・00 バス出発。ハワイ島の北側を走る。牛や山羊の放牧場が見える。三角の板で作ったオモチャの屋根のようなものが広い庭に並んでいる。闘鶏用の鶏小屋だという。付近にはヤギが番をしていて、鶏を外敵から守っているという。

14・15 パーカー牧場に到着。ここは個人所有の牧場としては世界最大という。入り口にカウボーイの人形がすわっているストアに入り、ビーフジャーキーなど買う。

14・50 出発すると、それまで両側に見えていた肥沃な草原は、やがて不毛の溶岩に変わる。

 コナ空港をはるかに望む道路を通りすぎるころから、コナの街に入る。明日は、この空港からふたたびホノルルまで飛ぶことになるのだ。

16・00 「キングカメハメハ・コナ・ビーチ・ホテル」に到着。近鉄事務所でうち合わせ。

17・40 ホールに集合。おめかししている女性が多い。H.Sさんが素敵なゆかた姿で現れる。今からショーを見物に行くのだ。このホテル所有のルアウ・ガーデンが、道を隔てて目の前の浜辺にあり、そこでルアウ・ショーが行われる。

 入り口で貝殻の首飾りをもらい、ダンサー付き添いの記念写真を撮る。

 すでに人だかりがしており、赤銅色の現地人がヤシ割りの実演をしている。続いてその横では、前もってバナナの葉っぱなどで包んであった
豚の蒸し焼きを取り出すショーをしている。

 それが済むと、夕闇迫る海からイカダに乗った大王のお帰りを家来たちが迎える儀式が始まった。王の仮装行列は群衆の横を通り、向こうの小屋の中へ消えた。

【写真右・カメハメハ大王の帰還の儀式】


18・10 ルアウ・ショーが始まる。「ルアウ」とは、古代ハワイで行われたハワイ式宴会のことで、なにか祝い事があると王は人を集めてご馳走を振る舞い、歌や踊りを神に捧げたという。それを模したのが「ルアウ・ショー」である。

 食事のテーブルにつき、順番を待って、バイキング料理を取りに行く。ビールとブドウ酒は飲み放題。暮れゆく空を眺めながらの歌と踊りのショーは、あらためてここはハワイだ、という感慨を催させる。

【写真左・ルアウショーの踊り】






第3日   1月14日(金)


06・30
 起床。

08・00 バイキングの朝食。食後、海岸へ出る。Tシャツに半ズボン姿のH.MさんやH.Kさんたちに会う。やはりハワイは軽装が似合う。

【写真左・コナビーチホテルから見た海浜風景】


10・15 ホテルロビーに集合。バスでコナ空港へ向かう。

10・30 コナ空港着。ここでもやはり持ち物検査は厳重である。カバンからウエストポーチ、時計、ベルト、靴など、すべてプラスチックのトレーに入れる。慌てて入れるので、間違いがなければよいがと心配しながら、それでも無事通過。

 しかし、やはり心配していたことが起きた。H.Mさんが時計を無くしたという。チェックのとき外したのは覚えているが、その後どうしたか記憶がなく、気づいてみれば手首には無い。一応届けたが、出てくることはあるまいと、半ば諦めていた。待合室で並んでチェックインを待っていると、そこへやって来た警官がH.Mさんを見つけ、なんと、時計を渡してくれたではないか。チェック場所の地面に落ちていたという。ここの警官はなんと親切かと、1同喜ぶ。風景だけが旅の目的ではない。土地の人たちの親切に出会うのも、旅ならではだ。

11・15 アロハ航空AQ―217便でコナ空港を離陸。

12・00 オワフ島ホノルル空港に到着。出国ゲートにフジテレビの小倉キャスターの姿を見つける。後で知ったことだが、ワイキキ周辺のゴルフ場で行われていたソニーオープンを見に来たらしい。この試合、丸山茂樹は惜しくも優勝を逸し、3位にとどまる。

【写真右・ワイキキのヨットハーバー】

12・30 観光バス出発。今回は、ガイドを兼ねた日本人ドライバーである。道中、説明をしながら器用に運転していく。

13・00 モアナルア・ガーデンに到着。「この木なんの木」のテレビコマーシャルで有名になった「モンキーポッド」がある。

 その名の由来は、サルがこの木の実を好んで食べるからという。またの名を「アメリカネムノ木」というが、夜間になると葉っぱを閉じるかららしい。樹齢150年、高さ25メートル、幅40メートル、幹回り7メートルという。芝生を敷き詰めた広いガーデンの周囲には、同じ木が何本も並んでいる。しかし、テレビCMでお馴染みの木が1番格好よかった。その見事な枝を張った木の周囲で、みんな手をつないで写真を撮る。

【写真左・モンキーポッドの前に並んで撮影】

13・10 バス出発。ハワイ大学の前を通り過ぎ、次第に山の中へと入っていく。

13・30 パラダイス・パークに到着。ここは昔、植物園、鳥の公園、遊園地などといろいろ看板を替えたがいずれも失敗し、現在はレストランのみ営業中という

 ここで、バイキングの昼食。窓の外には、亜熱帯の植物が繁り、緑の匂いが充満している。外の庭に、放し飼いされているニワトリの姿も見かけた。

14・30 出発。バスはパンチボウルの丘へ登る。道端にはブーゲンビリアが咲き乱れている。月下美人も見える。車窓からホノルル市街を眺めながら頂上に至ると、道の両側に芝生の広場があり、四角い石板が並んでいる。

【写真右・パンチボウルの丘にある女神像】

 
ドライバーの説明では、第2次世界大戦や朝鮮戦争などで亡くなった3万3千人以上のアメリカ人兵士の墓だという。スペースシャトルの事故で亡くなったオニヅカさんの墓もあり、花が捧げられていた。全体が死火山のクレーターになっているこのパンチボウルの丘に、国立墓地が造成されたのは1964年のことである。

15・00 国立公園ヌウアヌパリNUUANU PALI)に到着。展望台からの眺めは素晴らしく、カイルアの町やマカプウ半島、ワイナマロ湾が180度の視野に広がって見渡せる。風が強く、帽子が吹き飛ばされそうになる。ここはコウラウ山脈の切れ目に当たり、1年中強い風が吹いているという。

15・20 バス出発。

15・30 カメハメハ大王像の前で停車。この像はハワイ旧裁判所の前に建てられている。1行のうち何人かが降りると同時に裁判所内のトイレにはいる。しかしここでも持ち物のチェックがきびしい。トイレを使用するのに身体検査とは、さすが裁判所である。

【写真左・裁判所前のカメハメハ大王像】


 大王像と通りを挟んでイオラニ宮殿がある。この宮殿はハワイ王朝最後の王カラカウアが1882年に建てたもので、米国内にある唯一の宮殿である。内部は豪華な装飾が施されているというが、残念ながら観光コースに入っていない。カメハメハ像とともに、写真に収めるだけで満足する。

15・50 バス出発。海岸に沿って東へ走る。

16・30 ハナウマ湾展望台へ。眼下に珊瑚礁の海、ハナウマ湾が一望のもとに見える。H.KさんやT.Yさんを始め、わがチームの何人かが翌日のオプションでここを訪れることになっている。

16・40 バス出発。車窓からゴルフ場風景が見える。アメリカ男子ゴルフツアーのソニーオープンだ。プレーする選手のなかには丸山茂樹がいるはずであるが、顔までは定かに判らない。

17・10 ダイヤモンドヘッドを裏から見る展望台に停車。ここからはダイヤモンドヘッドの頂上は見えないが、ワイキキの市街地をはじめ、森進1やアーノルドシュネッガーの別荘があるという高級住宅街カハラ地区が展望できる。

17・30 免税店へ入り、1時間ほど、高級品が並んでいる売り場やウインドウを眺めながら過ごす。

18・40 ホテルに到着。

19・30 夕食はホテル内レストラン「プリンスコート」で、シーフードがメインのビュッフェ。

                               「ハワイ・プリンスホテル・ワイキキ」泊



第4日 1月14日(土)


07・30
 起床。朝食を食べにレストランへ行こうとすると、昨日もらった4枚の朝食券が見あたらない。ポケットの中から、手提げ鞄、リュックサック、スーツケースの中をくまなく探したが、どこにもない。やむを得ずそのままレストランへ直行。入り口で、その旨説明をする。支配人らしい男性がフロントと連絡を取り、そのまま入って食べてよいという。

今日は終日、自由行動の日だ。高年大学チームは二手に分かれた。一方は「ビショップ・ミュージアム」行きである。H.Sさん、F.Sさん、K.Mさん、Y.Nさん、E.Mさん、それに安藤と妻なが子の7人。

【写真左・正面から見たビッショップ・ミュージアム】

 もう一方はハナウマ湾へ「シュノーケリング」に行くという。H.Kさん、T.Yさん、K.Tさん、Tさん夫妻、Oさん夫妻である。

 ハワイ経験の多いH.Mさんは、1人で街や海岸を散歩するという。

09・20 ホテルの玄関から、バスに乗り、「ビショップ」へ。

09・40 ビショップ・ミュージアムBISHOP MUSEUM)に到着。博物館へはいる。正式名称はバーニス・ビショップ・ミュージアム(BURNICE BISHOP MUSEUM)という。40歳前後の美しい女性が館内を案内し、説明してくれた。

 館内には、初めてハワイを統1したカメハメハ大王を初めとして、代々の王の写真や肖像が飾られてある。1人1人の説明が判りやすく語られる。

11・00 10歳前後の可愛らしい少年や少女たちがギターの演奏者に会わせて、ダンスを踊る。

11・30 別の部屋へ移り、ティー・リーフで編んだ可愛い籠に盛られた和風料理の昼食。あまり食べられず残す。食後、庭園を散歩する。


12・20 ティー・リーフを用いて、レイ作りをする。指導者は30歳代の端正な顔の現地人であった。出来上がったのをそれぞれ首に付け、みな大はしゃぎ。

12・50 フラダンスの練習をする。レイを指導した青年が今度はフラダンスの先生となって、英語を交えての説明を始める。日本人女性が通訳をする。女性たちは一列になって踊る。一行の中に、見知らぬ日本人観光客が1人だけ、後はすべてわれわれ一行である。

【写真右・フラダンスの練習】

13・20 ダンスが終わり、それぞれ庭内を歩いたり、館内の展示物を見たり、ショップで買い物をしたりして時間をつぶす。

14・00 バスに乗り、ホテルに帰る。




ハナウマ湾でシュノーケリング われわれがビショップで過ごしている時間、H.Kさんを始めとする一行は、ハナウマ湾でシュノーケルを付けて魚の観察に興じていた。

 シュノーケルとは、海面下に顔を潜らせながら口にくわえて息をするためのパイプで、メガネのついたマスクとセットで用いるものだ。これを付けて水中を眺めると、いるわ!いるわ! 大小さまざまな熱帯魚がうようよと泳いでいたという。

 「最高だったよ。ハワイに来たら、やっぱりシュノーケルをやらなくては」と、T.Yさんは顔をほころばせながら語っていた。


16・30 スターディナークルーズに出発。5分ほど歩くと、乗船場につく。入り口には、歓迎の楽隊が演奏している。

16・50 停泊中の客船に乗り込む。乾杯し食事だ。

【写真左・船上から眺めた美しい日没】

17・30 音楽が鳴り、ハワイアン・ダンスが始まる。日没が美しい。外へ出て、船べりにつかまって夕陽を眺めたり、室内に戻って食事を続けたりする。

 客席の中に家族連れの1団がいて、その長老らしき老人が飛び入りでダンスを始める。ショーの芸人たちより上手いほどである。予期せぬエンターテイナーの出現に客席は大喜び。「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のドックに似ている。近くに来たときそう告げると、握手してくれた。

【写真右・ドックに似たダンスのうまい外人と一緒】

 多くの国からの観光客が多いせいか、バンドはメドレーで各国の歌を奏でる。日本の「炭坑節」や西条秀樹の「YMCA」が流れたときは、われわれも声を張り上げた。

【写真左・バンド演奏を聞く】

19・40 ラストダンスが終わると、照明の消えた暗がりのホールの中で全員が歓声をあげたり、踊ったりしながら、テーブルの回りを練り歩く。終わって帰途につく。


20・00 ホテル着。元気なH.Mさんは女性軍を引き連れて、免税店へ出かけていった。


「ハワイ・プリンスホテル・ワイキキ」泊



第5日 1月16日(日)

06・30
 起床。

08・30 バイキングの朝食。ここでもまた、朝食券がなく、一度は外でパンなどの軽食で済まそうと思ったが、なが子は「自分が掛け合うから任せて」という。フロント嬢とレストラン嬢の関門をなんとか通過、無事朝食にありつける。彼女の会話力(いや心臓力というべきか?)も、捨てたものでないと再認識。

10・20 ロビーに集合。

10・30 ホテル出発。初めて乗るトロリーシャトルは、ホノルルの街を快適に飛ばす。

11・00 ホノルル空港着。 解散し、構内を散策。コインをパンなどに換えて使い果たす。

13・30 30分前に搭乗、ジャルウェイズ083便(JO083)離陸。

14・30 食事。遅い昼食に相当する食事が出る。久しぶりのカレーに舌鼓。客席乗務員の控え室を挟んで、最後尾は隔離された部屋のよう。しかも空席が半分以上あり、ほとんどわが一行の貸し切りも同然。はしゃぎ回る。まるで修学旅行の高校生のようだ。

15・30 このあたりで、日付変更線を通過する。時計を19時間進め、日本の日時に変更する。アッという間に翌日になっている。




第6日   1月17日(月)

15・30 (ハワイ時間) ↓

10・30 (日本時間・以下日本時間で記す)

 今回の旅の想い出をビデオに撮って残そうと、インタビューを始める。それぞれに、旅の感想などを話してもらう。

12・00 テレビを見るものもいれば、窓を閉め、仮眠を取るものもいる。おのおのが2座席か3座席分を占領している。エコノミークラス症候群とは縁遠い、贅沢な空の旅である。

【写真右・機内でフレームの中から顔を出す筆者】

17・10 何時間経ったであろうか、うとうとしていると、富士山が見えるという機内放送がひびいた。早速、右手の窓辺に寄る。空はまだ明るいが、地上にはすでに夕闇がただよっている。その地上にひときわ高く首をもたげているのが、雪を真っ白に頂いた富士だ。早速、ビデオを回す。

 このとき、あわてた拍子に、すでに取ってあった映像の上に重ね撮りしてしまった。帰宅してから気づいたことであるが、最後に撮った3組のご夫婦などのインタビューが残念ながら消えてしまっていた。

17・50 機は、予定どおりの時間に名古屋空港に着陸。8時間近い飛行時間であった。みなに別れの挨拶をして構内を出る。すでに外は夜、日本の寒さが身にしみる。バスの時間が悪く、H.Mさんとタクシーの相乗りで帰途につく。



18・30 帰宅。1週間ぶりに見るわが家は、出かけたときのままになっていた。


ハワイの植物
 
     

 ハワイの植物・左からアフリカンチューリップ・ブーゲンビリア・スリーピーハイビスカス・シューティング・スター・ヤシの木


【あとがき】

 芸能人や新婚カップルをはじめ、海外旅行といえば、猫も杓子も「ハワイ、ハワイ」という。それが厭で、今まで機会はあったが見送ってきた。しかし、人が言うからには、何か取り柄はあるに違いないと、高年大学有志の率いるツアーに便乗した。

 そして、偏見は見事に破られた。ここの大自然はすばらしい。雨季だというのに、雨には遭わなかったし、陽射しは強いが蒸し暑くなく、日陰は涼しい。名古屋の夏とは較べものにならない。

 こんど来るときは、ハワイ島などの自然のなかでゆっくりしたい。ゴルフやマリーンスポーツなど、できなくてもよい。大都会の利便性より田舎の素朴さの方が、ずっとわたしは好きだ。
           ― 終わり  
                               目次へ