アメリカ西海岸の旅(1)

                         安藤 邦男

                    <平成6年8月21日(日)〜9月3日(土)まで> 


                    <新日本トラベル・アメリカフリープラン>利用


8月 21日(日)   集合(07:00) (JL054便)名古屋発(09:15) (JL062)成田発
                  (19:00)−食事−飛行時間(9:55)−食事−ロス着

                  (12:50)−ロス市内半日バス観光−・・・・・・・・・・・・・・・・・ ロス「ホリデ-・イン・ダウンタウン」泊
8月 22日(月)   ユニバーサル・スタジオ等見学−・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ロス「ホリデ-・イン・ダウンタウン」泊

8月 23日(火)   (USエア411便)ロス発(12:00)−シスコ着(13:10) ・・・・・・・・・・ スタンフォード次男宅泊

8月 24日(水)   モントレー半島観光(「キャナリーロウ」の舞台の街等)・・モントレー「ゴスビー・ハウス・イン」泊

8月 25日(木)   午後,ヨセミテ国立公園観光 ・・・・・・・・・・・・・・ ヨセミテ「ヨセミテ・フォー・シーズンズ」泊

8月 26日(金)   午前,ヨセミテ国立公園観光 午後,スタンフォードまでドライブ5時間
                                                  スタンフォード次男宅泊

8月 27日(土)   スタンフォード大学とその周辺  学生食堂でランチ・・・・・・・・  スタンフォード次男宅泊

8月 28日(日)   サンノゼ空港からラスベガスへ 夜,マジック・ショウ・・・・・・・・ ラスベガス「ミラージュ」泊

8月 29日(月)   グランドキャニオン1日ツアー(セスナとバス)・・・・・・・・・・・・ ラスベガス「ミラージュ」泊

8月 30日(火)   午前中ホテルめぐり 午後ラスベガス空港発 ・・・・・・・・・・・・ スタンフォード次男宅泊

8月 31日(水)   サンフランシスコ,サウサリートへ ・・・・・・・・・・・サンフランシスコ「マーク・ホプキンズ」泊

9月  1日(木)   サンフランシスコ市内観光  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ スタンフォード次男宅泊

9月  2日(金)   (JL001便)シスコ発(13:00)−食事−(飛行時間10:40) −食事

9月  3日(土)   −成田着(15:20) (JL053便)成田発(18:50)−名古屋着(20:00)




8月21日(日)(第1日) 名古屋から成田経由ロサンゼルスへ

05:20 起床。06:00 出発,藤が丘からタクシー,07:00 空港着。5,000円。待つことしばし,義姉が友人に送ってもらい、現れる。

07:30 搭乗手続きをしていると,N氏夫妻に会う。名短付属高校の校長をしているN氏は,忙しい時間を割いての夫婦始めての10日のイタリア旅行とか。イタリアには従兄弟がいるという。

09:15  JL-054 にて名古屋発,成田空港へ向かう。機上では偶然にも再び,N氏夫妻と隣り合わせる。私学の校長は雇われ校長で,自由がきかないと、N氏は嘆く。1時間で成田に到着。11:00,待合い室ロビーで,夫妻を見送り,しばし構内をぶらつく。12:00,レストランで昼食。今度のアメリカ旅行は接続が悪く,成田での待ち時間が最初から7時間ある。やむを得ず,待合い室でジュースを飲んだり,雑誌を読んだりして過ごす。運の悪いことは重なるものである。17:20発の予定された飛行機に落雷があり,電気系統の整備のため1時間40分ほど、出発が遅れた。

19:00 成田発。夕食の機内食を取って2〜3時間眠るともう夜が明けている。しかし22日の夜明けではない。眠っている間に,機は前日の21日にタイムスリップしていた。窓を閉め再び眠る。目覚めて再び機内食。これは朝食だろうか昼食だろうか。やがて機は,10時間の所要時間を経て,白昼のロスへ到着した。

13:00(現地時間) ロサンゼルス着。快晴,日本のような蒸し暑さはないが,日差しは強烈で,30度を越えている。ロス空港にはSNTのGガイド氏が迎えに来ていた。途中でもう一組のグループをホテルに降ろし,その足でロスの半日観光に向かう。

フリーウェイへ出る。すごい車である。排気ガスは日本の高速の比ではない。聞けばロスは朝はいつも曇っているという。排気ガスの影響である。空気汚染で環境が侵されるとすれば,それはまずアメリカからであろう。車とともに始まった文明はいずれ車とともに滅びるという。しかし日本も安閑としてはいられないという気がする。

15:00 マリーナ・デルレ(「王様の海」という意味)で車を降り,海岸通りを散策。日曜で人通りが多い。美しいヨット・ハーバーである。
【写真左・マリーナ・デルレ】

16:00 チャイニーズ・シアターを訪問。入り口前のコンクリートの地面にはハリウッドスターたちの手形・足形・サインなどが残されている。【写真下・ゲーリークーパーの手形】

17:00 ホテル「ホリデー・イン・ダウンタウン」に入る。途中,通った黒人街が印象的であった。舗道はうす汚れ,ゴミが山積し,そこに何十人もの黒人たちがたむろしている。恐くて側を通れない気がする。Gガイド氏の話しでは,ロスの人口の50%は白人,30%はメキシカン,10%は黒人という。

19:00 ホテルのレストランで夕食を取る。ビールを飲むと疲れがどっと出る。今日は1日が40時間あり,ほぼ2日分に相当する長い1日であった。

20:00 次男に電話し,無事着いたことを知らせる。

21:00  就寝。

                               ロサンゼルス 「ホリデ-・イン・ダウンタウン」泊

8月22日(月)(第2日)  ユニバーサル・スタジオ等見学

06:30  起床。08:00 朝食。

09:00 迎えに来た日本人ガイドS氏のキャデラックで,ユニバーサルスタジオの見学に向かう。昨日のガイドとは違って,てきぱきと要領のよい説明。ユニバーサルスタジオの入り口を通り,トラムカーまで連れていってくれる。帰りは午後4時半に入り口まで迎えに来るという。

09:30 トラムカーでスタジオのセットを見学。
【写真左ユニバーサルスタジオ】

厖大な敷地である。かつて京都の太秦にある映画撮影所を見たことがあるが,そこに較べたらけた外れの大きさだ。西部劇の酒場,メキシコの家並,「バック・トウ・ザ・フューチャー」の広場,「サイコ」の家,「十戒」の割れた海の仕掛けなどの間を通っていく。少し驚くのは,大洪水の襲来,橋桁の落下,池から実物大の「ジョーズ」が飛び出す場面などである。とくに肝を冷やしたのは「キングコング」出現とトラムごと揺れる「大地震」だ。トラムでの1時間は観光というより実地体験である。
【写真下・突如池から飛び出すジョーズの模型】

10:30 トラムを降りて,いくつかの呼び物のエンターテインメント・ハウスに入る。入り口に人の行列のあるのは人気があるので,なるべく人だかりのしているのを選んで入った。「Back to the Future」や「ヒチコック映画」の特殊撮影の種明かしをする「シネマジック」館,空飛ぶ自転車に乗る「ET」館,化学工場の火災と熱風を体験できる臨場感あふれる「バックドラフト」館の3カ所を見る。見終わってから,長いエスカレーターに乗って再び丘の上に戻る。

12:30 昼食は,野外のパラソル付きのテーブルで,ハンバーガーとジュースなど。

13:00 「バック・トウー・ザ・フューチャー・ライド」に入る。これはタイムトラベル・カーに乗って空を駆けめぐる飛行の疑似体験。さすが映画の本場である。シミュレーションによるバーチャル・リアリティーはすごい。これに較べれば,ラスベガスで数日後に乗った疑似飛行機はずっと規模が小さかった。「ワイルド・ワイルド・ワイルド・ウェスタン・スタントショー」は,西部劇の舞台で悪党が大暴れするスタント・ショー。「アニマル・ドクターズ・ステージ」では,犬や鳥が人間顔負けのショー。

三つのイベントを見ただけで,時間がなくなった。日本で旅行計画を立てるときは,ディズニーランドも候補に上ったが,大人も十分楽しめるという意味ではやはりここがよかったと,3人で話しながら,帰途についた。

16:30 ガイドのS氏が約束の噴水のところへ来ていた。キャデラックでスタジオを去る。

17:00 ホテルに帰る。ガイドへのチップ10ドルは少々高い気がする。夕食前に,3人ともホテルのプールに入る。あまりきれいな水ではなく,設備も良くないが,折角水着の用意をしてきたので,義姉を誘ってプールへ入った。水はかなり冷たい。しかし泳ぐと快適である。義姉は寒いと言ってすぐに出る。しきりに身体をかゆがったが,なが子によればこれは寒冷蕁麻疹のせいだそうな。しかし,多分この水泳が原因となったのであろう,義姉は旅行の最後まで風邪気味で,咳が止まらなかった。義姉にとって,文字どおり「老人の冷や水」となった今回のプールではあった。
【写真左・ホテルのプールで泳ぐ二人】

20:00 夕食。フライド・シュリンプなど。41ドル。

21:00 次男に電話。明日の昼食の打ち合わせ。

                               ロサンゼルス 「ホリデ-・イン・ダウンタウン」泊

8月23日(火)(第3日) ロサンゼルスからサンフランシスコへ

07:00 起床。08:00 朝食。

09:30 タクシーでホテル出発。

10:00 ロサンゼルス空港着。カウンターで前売り券を出し,搭乗券をもらう。そこまでは何の異変もない。

11:30 搭乗。そのとき,子ども連れの外国婦人がやって来て、われわれの座席に座ろうとした。しかしわれわれがすでに先客として着席しているので、搭乗券を見せるよう要求する。見せてやると、戻っていき、スチュワデスに何かを言ったようである。まもなく機内放送があったが,それによると日本語と英語の両方を話せる人がいたら名乗り出て欲しいという。アメリカ婦人が緊急を要するので日本人(われわれ3人)に話して座席を譲るように話してもらいたいというのである。冗談ではないぞ。われわれだって急を要している。乗客の誰も名乗りでないし,むろんこちらだって譲る気は毛頭ない。時間が来て,アメリカ婦人は諦め顔で降りていった。

明らかにダブルブッキング、搭乗券の二重発行である。もしわれわれが遅かったら,われわれの方が乗れなかったであろう,危ないところであった。それにしても,リコンファームしないと,勝手に向こうからキャンセルするのが欧米式のやり方であることを,今回も思い知らされた。

12:00 離陸。

13:10 サンフランシスコ着。ゲートを出ると構内に次男と嫁のYさんが出迎えに来ていた。大きなボードをもっている。目立つように,確か「歓迎安藤様」と書いてあったようだ。駐車場には,次男が今回のわれわれのために買い込んだ中古車セーブルが待っていた。新車に近い,きれいでしゃれた車である。百万円したという。すぐにパロアルトに向かう。スタンフォード大学近くのイタリア風レストラン(Hobbees)で昼食を取ることにする。オムレツなどの軽食を取りながら,今回の旅のこと,ロサンゼルスの2日間のことなど,語り合った。

15:00 大学構内の次男のアパートに着く。閑静な場所にある。8階から見おろす180度の眺望は,まことに素晴らしい。大学の構内が一望の下に眺められる。真ん中に高くそびえるのは,フーバー・タワーで,アメリカ第31代大統領を記念して作られた塔という。着替えをしてくつろぐ。【写真右・アパートからふーバータワーを見おろす】

夜は,ベランダで歓迎のバーベキュー。フーバータワーを眺めながら,焼き肉に舌鼓を打つ。次男は,語学研修が無事終わったこと,自動車を買ったこと,コンピュータが届いたことなど,最近のニュースを語る。そしてもう一ついいことがあるといって,嫁のYさんがどうやら妊娠したらしいという。医者に診てもらったわけではなく,尿検査の自己診断だというが,まず百パーセント間違いはないという。それにつわりもある模様だという。このつわり,翌日から次第に激しくなり,結局,グランドキャニオンとナパバレーは中止することになった。しかし,結婚以来そろそろ3年になるというのにいまだにその気配がないということは,ひょっとすると一生子供はできない身体ではないかとさえ心配していたこの頃である。やっと子宝に恵まれるとは,アメリカ留学のまず第一の収穫である。みんな喜び,祝杯を挙げる。なが子は涙ぐんでさえいた。こうして,次男宅の第一夜は更けていった。

21:00 就寝。

                                  スタンフォード 「次男宅」泊

8月24日(水)(第4日) モントレー半島観光へ

07:00 起床。07:30 朝食

08:45 モントレー半島の観光へ出発。曇っている。

09:40 サンタクルス・ワーフ着。朝早いせいか,人影は少ない。桟橋のレストランで休憩,コーヒー,スープなどを注文。オットセイが桟橋の下で何十匹となくたむろし,戯れていた。
【写真左・サンタクルスワースから海を眺める】

11:00 サンタクルス・ワーフを出発,モントレーへ。サンドシティーを通り過ぎる。

11:50 モントレー着。この頃から,ようやく空が晴れてくる。

12:00〜13:00 「モントレー・ベイ水族館」見学。入ると天井に大きな鯨やイルカの模型が吊るされている。ラッコやエイやいろいろの魚がいる。ここは1984年オープンしたというから,ちょうど10年になる。
【写真右・イルカの剥製】

その後で「キャナリー・ロウ」を歩く。モントレー生まれのスタインベックが1945年に出した「缶詰横町(Cannery Row)」は,ここが舞台である。あれから50年,かつての缶詰工場,安酒場,売春宿は,いまではしゃれたブティックやレストランに変わっている。


【写真下・モントレーのオールド・シッシャマンズ・ワーフ】

13:30 ヨットの帆が林立するモントレー・ワーフで,シーフードの昼食。途中ホームレスが物乞いしているのに出会う。

14:30 モントレー・ワーフを出発,パシフィック・グローブにある民宿風ホテル「ゴスビー・ハウス・イン」にひとまずチェックインする。その後,カーメルに向かって「17マイル・ドライブ」に出発する。海岸沿いに走るこのドライブ・ウェイは素晴らしい。「シール・アンド・バード・ロック」(Seal and Bird Rock)であざらしやカモメを見る。景観である。風が冷たい。ただ,異臭には辟易する。
【写真右・Seal and Bird Rockでカモメを見る】

次に「ローン・サイプレス」(Lone Cypress))で停車。何の変哲もない一本杉だが,何故か北カリフォルニアのシンボルだという。

16:30〜17:30 カーメルに着き,街を歩く。モントレーの小さな街カーメルは,今世紀初頭画家や作家のグループがつくっただけあって,通りには緑があふれ,家並は洗練された落ちつきをもっている。ギャラリーややブティックが多いのが,この街の特徴らしい。いくつかの絵を鑑賞するが,もちろん高くて買えない。ついで,カーメル・ミッションを訪問。ここはスペイン人ジュニペロ・セラ神父がつくった伝導所の一つで,庭園には美しい花が咲き乱れている。

18:30 「ゴスビーハウスイン」に着く。お伽の国に出てくるような,きれいな白塗りのスペイン風インである。最初通された部屋にはバスがなかったが,約束が違うといって嫁のYさんが交渉し,バス付きの部屋に替えてもらう。彼女,なかなかやり手である。英語も,次男よりうまい。【写真左・インでくつろぐ二人】

19:00 近くのイタリア料理店「パスタ・ミア」で,少々待った後,スパゲッティなどの夕食。店を出て帰るとき,霧雨が降っていた。雨と名のつくものは,後にも先にもこのモントレーだけであった。

20:00 インに帰ってから,シェリー酒とコーヒーのセルフサービス,なかなか心温まる,アットホームなもてなしである。部屋に帰って,あかあかと燃えるマントルピースに暖まりながら,異国情緒を満喫する。夏とはいえ,このあたりは夜が肌寒いのである。

22:00 就寝。夜半,邦男は寒さで目覚める。暖炉を焚いて,再び寝つく。

                                  モントレー  「ゴスビー・ハウス・イン」泊

8月25日(木)(第5日) ヨセミテ国立公園へ

07:00  起床。霧雨模様のせいか,少々寒い。さっそく,暖炉に火をつける。

07:30 朝食。昨日シェリー酒を飲んだロビーで,コンチネンタルブレックファーストのセルフサービス。

09:20 インを出発する。今日はいよいよヨセミテ公園行きだ。ヨセミテはアメリカで最も人気のある国立公園という。まず,近くのマーケットで,スイカなど少々買い物。スイカ一個が2ドルとは日本では考えられない買い物だ。次男の運転する車は,ヨセミテを目指して,ルート152を快調に飛ばす。空はすっかり晴れている。サンドシティーを経て,砂丘の広がりの中をひた走る。

12:00 マーセド(Merced)の街のハンバーガーショップで,ハンバーガーとコーラの昼食。

13:00 ヨセミテを目指して出発。ヨセミテ公園にはいると,車は,険しい絶壁の間を渓谷沿いに,縫うように走る。周囲の絶壁は次第に高さを増していく。途中,2,3カ所で車を降り,すばらしい眺めに酔いしれる。【写真右・岩を背景にする二人】

17:00 山道を探しあぐねて,ようやく「ヨセミテ・フォーシーズンズ」の経営するログ・ハウスに到着する。「ヨセミテ・フォアシーズンズ」いくつかのロッジを経営していて,今夜泊まるのもそのひとつだ。管理人に設備の使用方法を説明される。ジャグジーというジェットバスがある。キッチンには冷蔵庫,ガスレンジを始め,調理器具から食器類まですべて揃っている。しかし,すぐに泊まることはできない。食料を用意してこなかったからである。
【写真左・ヨセミテのロッジにて】

荷物を置き,暗くならないうちにと,再び車で夕食の買い出しに出かける。約30分ほどいくと,ヨセミテ・ビレッジがある。そこのマーケットでチキン・ハム・野菜などを買い,沈みゆく太陽を眺めながら,もと来た道を急いで帰る。小屋へ着く頃,日はすでにとっぷりと暮れていた。

20:00 夕食。完備したキッチンで,みんなで準備した夕食を食べる。チキンとハムサラダなどを主体としたディナーは,下手なレストランより上等である。ビールとワインを飲む。ただ,嫁のYさんが気分が悪いらしくあまり食がすすまない。皆が心配するが,つわりのせいであろう,こればかりはしょうがない。
【写真右・暮れそめる西の空は夕焼けが美しい】

食後,管理事務所から次男が借りてきたグランドキャニオンのテレビを見る。寝室は1階と2階と合わせて大きな部屋が四つ,全部で10人以上の収容能力がある。次男夫妻は1階に,義姉とわれわれとは2階に泊まることにする。2階でなが子が妙な発見をする。ロッジ特有の三角屋根が錯覚現象を引き起こすのである。三角屋根の一つがあたかも垂直な壁のごとくに,もう一つの屋根があたかも水平の天井のごとくに見えるのである。なが子,子供のように嬉々として,みんなを引っ張ってきてはその錯覚を体験させる。

23:00 戸締まりを厳重にして,就寝。外を見ると,細い小道にわずかに街灯があるようだが,それも樹木に遮られてほとんど見えない。いくら鍵をかけても,木造のロッジである以上は,外敵が侵入しようと思えばいくらでも入れる。眠れないと見えて,なが子がもう一度戸締まりの点検に行くという。階下へ降り,息子夫婦の部屋も見回ってくる。ようやく安心して眠りにつく。

                    ヨセミテ 「フォー・シーズンズ」 「Alpine Retreat」泊

8月26日(金)(第6日) ヨセミテからスタンフォードへ

08:30 起床。ジェットバスにはすでに義姉となが子が入っている。今更恥ずかしがることはあるまいと,邦男も入ることにする。ヨセミテで混浴とはしゃれてている。朝の木漏れ日が,浴槽を照らしている。出てから,体操をする。森林の朝はすがすがしく,実に気持ちがいい。

09:30 朝食。昨夜の残りを処分する。食後は,荷物の整理,事務所での清算等をすまる。そのときちょっとしてハプニングが起きた。次男夫婦が清算しているとき,トイレに行きたくなり,事務所で借りようと思って入った家は,実は事務所ではなく,その隣にあった普通の民家だったのだ。邦男はそれに気づかず,入ると子供がいたので,トイレを貸してくれというと屋へ連れていってくれた先は,普通のバスであった。そのときはじめてここは事務所と違うなと思ったが,後の祭り,ままよとばかり,トイレをすませる。

そのとき,廊下で親子の言い争うような声がする。バスから出ると,いきなり「おまえはここで何をしているのか」「われわれはここに住んでいるのだ」「なぜ黙って入ってきたのか」と恐ろしい剣幕である。ドアが開いていたので,子供に話して案内されたので,決して怪しいものでないと,アイムソリーの連発で平謝り。それにしても,危うく射殺されかねないところであった。剣呑,剣呑。

11:00 ロッジハウス「Alpine Retreat」を出発。

12:00〜13:00 ヨセミテ最大の景観地「グレイシャー・ポイント」に止まる。標高2,400メートル。ここから眺めるヨセミテの全景は,真ん中に緑濃い渓谷が伸び,その左右に見渡す限り延々と続く岸壁をそそり立たせている。【写真左・展望台での息子夫婦】

右手には,ヨセミテのシンボルであるハーフドームがその偉容を誇っている。記念写真を何枚かとって,帰途につく。頂上の売店でアイスクリームを買い,食べながら駐車場まで降りる。
【写真右・素晴らしいハーフドーム】

13:30 河原の倒木の上で,朝食の残り物でピクニックをする。しかし,量が少なく,だれも満腹しない様子。

14:30 ガソリンスタンドで給油。ホットドッグ,チキンポテト等買い,車の中で食べる。帰路は,長時間ドライブ。次男には悪いが,みな眠る。かなり迂回し,サンフランシスコ・ベイブリッジを経由して帰る。

19:00 パロアルトの次男宅に帰着。夕食は中華でもということになり,その足で,近くの中華料理店「ロイヤル・パレス」へ直行。

19:30〜20:30 夕食は,豆腐,エビ,牛肉,焼きめし,アンニン豆腐など。

21:00 帰宅。ユージーンに住む従妹の郁子に電話する。郁子は邦男の従妹で,味鋺の叔父の3女である。年齢が7,8歳違うところから,子供の頃もあまり遊んだ記憶はないが,それでも邦ちゃん邦ちゃんといってよく懐いてくれたことを思い出す。会えば,50年ぶりの再会になるのだろうか。邦男だと分かったら,すぐ向こうから日本語に切り替える。久闊を叙して,今年は行けないが,来年もし叔父さん叔母さんが行けば,一緒にお邪魔するかもしれないからよろしくという。姉の「やっちゃん」も楽しみにしているからぜひ来て欲しいという。その声が味鋺の叔母の声とほとんど同じであるのには驚いた。

23:00 就寝。

                                     スタンフォード 「次男宅」泊

8月27日(土)(第7日) スタンフォード大学とその周辺

09:00 起床。09:30 朝食

11:00 スタンフォード大学周辺の観光に出発。車に積んだ自転車を途中で降ろして,邦男が乗り,次男の Sable の後を追いかける。【写真右・スタンフォード大学の構内】

メインクワッドのあたりを中心に写真を撮ったりして散策。この一郭にある教会では,結婚式があるらしく,着飾った花嫁が歩いていた。ビルの間の庭園の一隅に,愛知県美術館にもある見なれたロダンの考える人の彫刻があり,側で学生らしき若者たちがバレーボールで遊んでいた。

ふと横を見ると,二人の若い男が仲良く肩を並べている大きな看板が立っている。古色蒼然としたあたりの風景にはまことに相応しくない,けばけばしいポスターである。ゲイの看板である。サンフランシスコは,ゲイの街とは聞いていたが,まさか大学構内に,ゲイを主張する立て看板が立てられているとは驚きである。しかし不思議はないのかもしれない。後で知ったことだが,サンフランシスコの市会議員の一人はゲイで,彼が射殺された後,また別のゲイが後釜に選ばれたという。全米のゲイが今,このサンフランシスコに集まっており,その数は10万を越すといわれている。【写真左・ゲイを主張する看板】

次男が9月から入学するという「Institute of Food Re-serch」も,独立したビルとして存在していた。食糧問題の研究は,スタンフォードでは歴史も古く,権威もあるという。専攻する学問は農業政策という経済学の一分野で,京大の農学部出身の次男には畑違いの領域のようだが,次男に言わせれば勤め先のJICA(国際協力事業団)の仕事と同じだそうである。


最後に,フーバータワーに入り,フーバーにかんする資料を見た後,エレベータで昇る。ここからは眼下に,キャンパスのパノラマを楽しむことができる。次男たちの住む学寮も見える。【写真左・美しい教会】

14:00 学生食堂で昼食。主としてスペイン料理ブリトー,エンチラーダなど食べる。食後,ふたたび邦男は自転車でキャンパスの車道を通り,家まで走る。この自転車,タイヤが太くてスピードが出る。実は中古で,前の新車は買った直後に寮の前の駐輪場に置いたら,一晩で盗まれたという。さすがアメリカだとかえって嬉しくなったとは,次男の言である。

気分の悪い様子のYさんを留守番に残し,次男の運転で再び買い物に出る。スタンフォード・ショッピング・センターは,いくつかの有名デパートやブティックが集まり,すごい人出だ。ブランド商品の多いという「メイシーズ」で,義姉と永子はみやげのスカーフやハンドバッグを買う。もう一つの百貨店「エンポリウム」も覗く。

16:30 食料品店でスイカなど買う。途中,3人でゴルフの打ちっ放しをする。なかなか当たらないし,当たっても飛ばない。しかしいい運動にはなった。次男の話しでは,このあたり,2,000 円もあれば,素敵なゴルフ場に入って1日中遊べるという。打ちっ放しでも,3人でわずか7ドルだ。

18:00 次男が迎えに来た。

19:00 夕食。
23:00 就寝。

                                     スタンフォード 「次男宅」泊

8月28日(日)(第8日) サンノゼ空港からラスベガスへ

07:00 起床。07:30 朝食。

08:00 San Jose(サンノゼ)空港へ向かって出発。今日はラスベガス行きである。

09:00 サンノゼ空港着。駐車場に車を預け,シャトルバスでサウスウェスト機搭乗ビルまで行く。手荷物検査を受ける。そのとき,事件が起きた。検査のため邦男が一時はずしたウェスト・ポーチが見当たらない。青くなって,検査口まで飛んでいき,そこらに落ちていないか問い合わせる。検査官もキョロキョロ見渡すが,どこにもない。大事なパスポートとドルは内ポケットにあるから,そんなに困ることもあるまいと思案したとき,後ろで永子が呼んだ。待合い室で席を変えたとき,そこに置き忘れてあったという。乗客が少なかったのが,幸いしたのであろう。それにしても危ないところであった。

10:10 South West 機で離陸。

11:25 ラスベガス空港着。タクシーで「ミラージュ」に向かう。

12:00 「ミラージュ」に入る。すばらしいホテルである。熱帯林が鬱蒼と茂り,滝が落ち,川が流れ,熱帯魚が泳いでいる。そこを通り過ぎると,見渡す限りきらびやかなライトに照らされ賭博場が果てしなく続く。チェックインし,20階の112号室の部屋に荷物を置いて,食事に出かける。【写真左・ホテルミラージュ】

13:00〜14:00 昼食。隣のホテル「Treasure Island」のレストラン。ここは食べ放題のアメリカ・イタリア・チャイニーズ料理である。たらふく食べて,ひとり当たり7ドル少々とは,まるでただも同然である。次男によると,ラスベガスは宿泊料と食事代がべらぼうに安いそうだ。客をたくさん呼び集め,賭博で巻き上げるのが戦略という。

食後,自由解散。次男たちと別行動。義姉は喉風邪がまだ治らないというので,ホテルに残し,邦男と永子はプールを探して出かける。途中で,イルカのショウをやっているというので,入場する。しかしショウはなく,泳いでいるのを見るだけで,つまらなかった。屋外プールは素晴らしい。日差しが強いので,サングラスを買う。このグラス,後で義姉に進呈する。プールサイドでデッキチェアーを確保し,着替える。永子と交替で水に入って泳ぐ。部屋に帰る途中,スロットマシーンとルーレットを少しやる。全然,続かない。やはり,ラスベガスは,ゲームをやらずに泊まって食事するだけが,一番安いことを実感する。【写真左・屋外プールにて】

18:00〜19:20 日本料理店「みかど」で夕食。うどん,てんぷら,寿司など。隣のテーブルでは,何かを中空に放り投げては焼いている。

19:30〜21:00 「マジックショー」見物。人体浮遊や,人間とライオンの入れ替えなど,日本でもお馴染みのマジックだが,目の前で見るのはテレビで見るのと違って,迫力満点だ。

21:30 ミラージュの建物前で,火山の噴火ショーを見る。店で,Tシャツの買い物などする。

22:00 部屋に帰る。そのとき,永子はいつも抱えていたショルダーバッグのないのに気づき,大慌て,次男を起こし,探しに出かける。幸運にも,「みかど」で置き忘れてあったのを,店が保管していてくれた。わが家にとっては,邦男に次いで2度目の「幸運」であった。

23:00 就寝。

                                      ラスベガス    「ミラージュ」泊

8月29日(月)(第9日) グランドキャニオン1日ツアー

07:00 起床。今日はグランドキャニオンの1日ツアーである。しかし義姉は喉風邪のため,不参加と決定した。ただでさえ気管支の弱い義姉は,ロスでプールに入ったときから,ゴホンゴホンと咳ばかりしていた。大事をとって,今日は一日中部屋で寝ているという。次男夫婦は,突然のお目出たのため,すでに出発前からキャンセルしている。だから,今日の旅行は二人だけである。

08:00 ホテルの「カリブ・カフェ」で朝食。ホットドッグとビスケットをテイクアウトし,ジュースを買い込んで,部屋の義姉に置いて出る。

09:15 ホテルの北出口のバス発着所で,飛行場行きのバスに乗り込む。

09:50 ラスベガス飛行場到着。待合い室でしばらく待ち,搭乗順と搭乗人員の調整を行う。われわれ二人は韓国人,ドイツ人のグループと同乗することになる。乗る前に全員で記念写真を撮る。
【写真右・全員で記念写真】

10:15 離陸。パイロットを入れて10人が乗っている。セスナ機である。ミード湖やフーバーダムを越える。蛇行するコロラド川を何度も越える。プロペラ機だから,機体はかなり揺れる。機内放送は3か国語であるが,日本語放送も雑音が多くて聞き取りにくい。

11:15 着陸。正味1時間の飛行である。すぐバスでレストランに向かう。

11:20〜12:30 昼食。ドリンク類だけ有料のバイキング。しかし緊張からか,二人とも食欲がない。

12:35 グランドキャニオンのバスツアーに出発。

13:00〜13:15 「Trail View」で停車。

13:20〜13:40 「Hopi Point」に停車。

13:50〜14:20 「Yajapai Point」に停車。どちらもすばらしい眺めである。ガイド氏の話によると,Yajapai の pai は people の意味だそうだ。また,Hopi族はグランドキャニオン土着の種族であるが,ナバホー族はカナダからの移住者だという。「ヤバパイ・ポイント」からは,遥かかなたにインディアンの橋を見おろすことができた。

14:30 ツアーバスはツシアンに着く。店で絵はがきや地図を買う。

14:45 同じセスナ機で,ツシアンを離陸。

15:45 ラスベガス空港着。出かけるとき写した写真ができていたので,買う。

16:05 バスはホテルに向かって出発。途中で,それぞれのホテルに乗客を降ろしていく。

16:30 「ミラージュ」に到着。部屋に帰ってしばらく休む。

17:30 次男らと一緒に,隣の「シーザーズ・パレス」へ行く。ローマ建築を模したこのホテルは「ミラージュ」よりさらにすばらしく,天井が時々刻々と変わりゆく空となっていて,ホテルの中がさながら古代ローマの街である。彫刻を鑑賞しながら,アイスクリームをかじる。

18:00〜19:00 ホテル「フラミンゴ・ヒルトン」の寿司バー「浜田」で,寿司を食べる。やはり寿司はうまい。

                                       ラスベガス  「ミラージュ」 泊

8月30日(火)(第10日)  ラスベガスからスタンフォードへ

08:30  起床。午前中はホテル巡りをすることにする。

10:00 「カリブ・カフェ」で朝食。次男らは遅れてくる。昨日の朝と同様に,ホットドッグをまたテイクアウトする。

11:00 チェックアウト。タクシーで「ルクソール」へ。ここは’93年の秋にオープンしたばかりのホテルで,建物全体がピラミッドの形をしている。前にはスフィンクスが座って,入るひとを待ちかまえている。中に入って見上げると,全体が空洞になっており,途方もない吹き抜けである。部屋は周囲に四角形をなして連なり,一段一段と小さくなる四角形が順番に上に積みあげられている。一番上がわずか数部屋で,そこがピラミッドの先端である。
【写真右・ピラミッドの中はホテル】

呼び物のひとつ「ピラミッド探検ツアー」に参加。「バックツーザフューチャー」の縮小版である。揺れが激しく,みんな嫁のYさんの身体を心配する。

12:30 「エクスカリバー」に入り,次男は「おもちゃ競馬」で優勝,クマの縫いぐるみを取る。今回の旅行では,カジノゲームでついていたのは,次男ひとりであった。

13:30 「MGM」へ入る。オズの魔法使いを模したホールで,青空を見ながらジュースとビスケットで軽食。ここで少々休憩する。休憩しながら考えた。

砂漠のど真ん中に作られたこの人工の楽園は,現代アメリカの消費文明を象徴している。ここへ来て一歩ホテルに足を踏み入れると,ひとはみな別世界の住人になる。ホテルはあらゆる設備を駆使してバーチャルリアリティー演出している。時空の観念を一瞬喪失し,気がつくと突然ピラミッドの中にいる。かと思うと,いつの間にか古代ローマを歩いている。このとき,ひとは権力を恣にする王侯貴族か,運命を支配する神々の座に,自らを置く。そしてカジノがある。もはや自らを制する力を失っている。家族も会社も自分自身すらも忘れている。突然光り輝く黄金が見えてくる。一攫千金は目前である。しかし,そのとき奈落が口を開けて近づいているのを,ひとはゆめにも知らない。

司馬遼太郎によれば,アメリカというこの巨大な国には,文明はあっても文化はないという。文化というものは,土着の民族とともに何年もかかって形成される風俗であり,習慣であり,ものの考え方である。そこには曖昧なもの,不合理なものが満ちあふれている。しかし,文明はそのようなものを切り捨て,合理的・普遍的なものだけをもとにしてつくられる。その意味で,アメリカは文字どおり巨大な人口国家である。このラスベガスに来て,司馬遼太郎の言葉の意味が文字どおりの重みをもって迫るのを感じる。
【写真左・息子夫婦】

14:00  タクシーでラスベガス空港へ向かう。

15:00 ラスベガス空港発。

16:10 サンノゼ空港着。シャトルバスを待つときの直射日光の熱さに閉口。駐車場で車を受け取り,一路わが次男家へ。

17:30 帰宅。

18:30 夕食。親子ドンブリと冷や麦。

23:00 就寝。

                                     スタンフォード 「次男宅」泊

8月31日(水)(第11日) サンフランシスコへ

09:00 起床。09:30 朝食。当初予定していたナパバレー行きは,嫁のYさんのお目出たで自重することになり,中止。ゆっくりとサンフランシスコへ出かけることにする。

10:30 出発。280号線でサンフランシスコへ。

11:00 ゴールデンゲート・パークに到着。車から降りると,すごく寒い。みな長袖を着込む。公園内の日本庭園を歩く。この庭園はある日本人の盆栽をライシャワー夫人が譲り受け,ここに植樹したという。

12:00 シスコ郊外を通り過ぎ,直接サウサリートへ向かう。ゴールデンゲートを渡る。曇っている。さすが「霧の街」サンフランシスコである。霧の中の風景は,人間の幻想を刺激し,ロマンティックな気分に浸らせる。【写真右・ゴールデンゲートブリッジ】

12:30 サウサリート着。昼食は,海の見えるカフェで,エビと鳥料理。この頃から空は晴れ渡り,対岸のシスコの街や,シスコ湾に浮かぶアルカトラズ島が,はっきり見える。食後,サウサリート最大のショッピング・センターといわれる「ビレッジ・フェアー」へ入る。ここは,カポネ時代には阿片窟で,ギャングの巣窟であったといわれる。いまはきれいに改修され,4階建ての瀟洒な店舗になっている。買い物の後,しばらく街を散策。ここは芸術家の街だそうで,なかなか感じのいい店が多い。【写真左・サウサリートの町】

13:30 サウサリートを出発,シスコの街へ向かう。途中,ゴールデン・ゲート・ブリッジを見おろす丘で写真。シスコの街は,坂の多い,美しい町並みの近代都市である。

15:00 目指す「マーク・ホプキンズ」にチェックイン。1926年に建てられたという,イギリス風の重厚な感じのホテルで,天井にはクリスタルのシャンデリア,壁は総かがみ張りで,まばゆいばかりの輝かしさである。

16:00 車で「シーニック・ツアー」に出発。全長49マイルというその行程をほぼ完走。沈みゆく太陽の照らす太平洋沿岸の砂浜は,高い波が押し寄せ,果てしなく続く。途中,サンフランシスコの43あるといわれる丘のうち,最高の「ツイン・ピークス」で下車。シスコの街を見おろしたが,18:00はまだ明るく,暗くなるにはもう1時間は待たねばならず,寒さと空腹も手伝って,諦めて帰ることにする。【写真右・サンフランシスコの電車】

19:00 すごく急な坂が同じようにいくつも続いているため,なかなかホテルが特定できず,迷った末やっと到着。

19:30 ホテルを出発,徒歩でチャイナ・タウンに向かう。ここのチャイナ・タウンはニューヨークに次いで大きといわれるが,場所が広いせいだろうか,20分くらい歩いても,料理店はまばら。なるべく客の多そうな店を選び,やっと中華料理店「金楽」に入る。次男の薦めにしたがって北京ダック,ロブスター,フカヒレスープなど注文。なかなか美味い。

20:30 ホテルまで歩いて帰る。途中,ローマ風の立派なホテルの前に立ち寄ろうとしたが,暗く,その上,何者かが投石した気配があって,早々に引き上げる。忘れかけていたが,アメリカはやはり恐いところである。

10:30 次男を誘ったが,もうすでに嫁のYさんが風呂に入っているということで,われわれ3人だけで最上階のバー「Top of the Mark」へ出かける。ワインとジュースで,すばらしい夜景を楽しむ。しかし11時を過ぎると,街の明かりも次第に消えかけ,われわれも部屋に戻る。

11:30 就寝。                   サンフランシスコ  「マーク・ホプキンス」泊

9月  1日(木)(第12日) サンフランシスコ市内観光

07:30 起床。08:30 ホテルのレストランで朝食。

10:00 チェックアウト。荷物を車に置き,手ぶらで買い物めぐりに出かける。ホテルの近くの四つ角からケーブルカーに乗り,マーケット通りの終点で降りる。百貨店を目指して歩いているうちに,一人の添乗員らしき男が次男に話しかけ,いい店を紹介するといって連れていったのは,日本人専門のツアー客目当ての店であった。おそらくその店に雇われた客引きの,計画的誘導作戦であろう。すべてが高いので,何も買わず,そのまま出る。メイシーの姉妹店でセーター,幼児服などを買う。

12:30 昼食を街通りのピザ店で取る。

14:00 再びケーブルカーに乗って,サンフランシスコの最北端にあるフィッシャマンズワーフまで行く。アルカトラズ行きの船はすでに最終が出た後とのこと,諦めて時間をつぶすことにする。ロブスターを食べたり,カニを買ったりして,街を歩く。ケーブルカーの始発停車場へ行くと,そこは延々と長蛇の列である。太平洋から吹き付ける風は,寒流の影響かすごく冷たい。長袖を二枚重ね着してもなお寒いくらいだ。嫁のYさんは買ったばかりの冬用のジャンパーを着て寒さをしのいでいる。シスコ名物の霧も,この寒風のせいであろうと悟った次第。【写真左・町の中で】

シスコへ来て何度も聞いたことだが,アメリカでどの国に一番住みたいかと聞かれると,誰もがこのシスコを第一に挙げるという。それはひとつには気候がいいためであろう。東は太平洋に西はサンフランシスコ湾に囲まれた風景絶佳の丘陵地帯で,太平洋からは寒流のため涼しい風が吹いてきて,このように真夏の昼間でも長袖がいるほどである。

17:00 やっとちんちん電車に乗る。最後のこの線は特別に坂が多いらしい。電車の柱に掴まりながら,振り落とされまいと必死になる。【写真右・乗客はぶら下がって乗る】

サンフランシスコ名物のケーブルカーは,今明治村に保管されているような,昔の日本の市電を思わせるものである。二本の軌道の中間に細い溝があり,その中に設定されたケーブルが車体を引っ張るという仕組みである。車体は古く,小さいので,チンチン電車と呼んだ方が全貌をよく伝える。長く配線になっていたものが,10年ほど前観光のために復活させたという。急な坂を歩くのは大変なので,地元の人も結構利用するそうである。

18:00 ホテルの駐車場に着き,車で出発。途中紫陽花の坂で,永子が降りたいと言うので,端に乗っていた義姉が先に車を降り,それを知らない次男が発車しそうになって,義姉は危うく怪我をするところであった。

18:40 車はなつかしの次男の住みかへたどり着く。さっそくカニで夕食。最後の晩餐である。嫁のYさんと次男が旅行の全費用を計算する。4,406ドルで,ひとり当たりにすると約880ドル(8万8千円)と,まことに安い。みんなこの旅行が無事にすんだことを喜ぶ。次男と久しぶりに学問の話しをする。親父の知らないことも知っている。わが子の成長をうれしく思う。明日の出発に備えて,荷物を整理する。買いためたものも多く,なかなか捗らない。

23:00 就寝。

                                     スタンフォード 「次男宅」泊

9月  2日(金)(第13日) サンフランシスコから成田へ

07:00 起床。08:00 朝食。

09:30 出発。次男夫妻が送ってくれる。
10:10 サンフランシスコ空港に到着。JAL乗り場で車を降り,次男夫妻と別れる。免税店でチョコレート,ワイン,香水など買う。

11:30 レストランで寿司とうどんの軽食。

12:45 搭乗。

13:20 離陸。

15:00 食事。昼食とも夜食とも分からないが,腹が空いていないので,3人ともほとんど残す。途中,少し眠るが,日は暮れることなく,9月2日は過ぎていった。


9月  3日(土)(第14日)  成田から名古屋空港へ

22:00(日本時間14:00)食事。これも朝食とも昼食ともつかない軽食である。しかし7時間経っているので,すべて平らげる。

15:10 成田着。飛行時間約9時間50分である。

18:50 成田発。

20:00 名古屋空港着。スーツケースを受け取り,義姉と別れる。タクシーで高速を飛ばす。

21:00 帰宅。2週間のアメリカ旅行が無事終わったことを喜ぶ。

                      終わり

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