時想                       安藤 邦男

                      「名西の灯」 名古屋西高等学校定時制課程新聞部
                                      昭和28年10月 5日


 話は旧聞に属するかもしれないが、先日某夜間高校生が通りすがりの一少女を扼殺したという事件で、ジャーナリズムが賑わった。とくにこの事件が世人を驚かしたのは加害者のインヒューマンな殺人動機であった。新聞の報じるところによると、彼はもともと作家志望であり、そのころ殺人をテーマにした創作を書きかけていたが、想がまとまらないまま、ついに殺人心理の体験という、恐るべきことを決意するに至ったという。

 この事件を単なる異常心理の表れと見るは、皮相である。異常心理もさることながら、ここにはそもそも人間蔑視の思想がある。文学のためならば殺人さえも許されるという、呪うべき思想がー。

 こういう思想は、古来芸術の発生とともに連綿として跡を絶たない。が、それがとくに甚だしくなったのは、周知のとおり十九世紀末である。いわゆる世紀末文学なる名称で一括されるものは、退廃的で非人道的な耽美主義的傾向を著しい特色とする。例えば、予言者ヨハネの血したたる斬首に接吻する妖婦サロメ(サロメ)、芸術のため一瞬にしてローマを大火の海と化せしめた暴君ネロ(クォ・ヴァディス)、また愛娘が生きながら焼かれるのを冷然と観察する絵師良秀(地獄変)などの物語は、その典型であろう。

 当時の文学者にとって、これらの主人公がいわば一種の偶像であったことは想像するに難くない。彼らは芸術の名において既成道徳と社会秩序を蹂躙し、それに縛られた大衆を俗人と呼んで軽蔑した。建設的意欲もなければ、ヒューマニズムもなかった。ただ美のみが至上であった。そしていかにしてこの芸術美を実生活において実現するかが、彼らの重大な関心事だったのである。つまり世紀末は、「自然は芸術を模倣する」というワイルドの言葉が、その卑俗な意味で数々の実例を生んだ時代であった。

 ところが、世紀が変わると、新しい文学が芸術至上主義への反動として始まった。したがって、二十世紀文学においては、前世紀の芸術はもはや何らの権威ももたない。ここで必要とされるものは、人間に対する暖かい共感、社会に対する広い視野、そしてとくに歴史に対する深い認識である。そしてそのためには、芸術はむしろ進んで犠牲にされなければならぬほどである。

 現代文学のこのような趨勢の中にあって、例の夜間学生のごとく、人間性を否定したところに芸術の契機を求めようとする、アナクロニスと(時代錯誤者)がいまだに影をひそめないとすれば、われわれはただ阿片のごとき芸術至上主義の影響力に、驚嘆するのほかはない。しかし、だからといって、非はそういう文学の側にだけあるのではないであろう。いかに芸術に魅了されたとしても、読者の側に人間的良心と社会的使命感とを麻痺されないだけの、主体性があれば問題はない。主体性なきところ、悲劇は決してかの夜間学生ひとりにとどまらないであろう。

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