「高校生の政治的活動とその指導について」
 
    ー自主的・民主的生活態度を育成するためにー
              「自主性をのばす生徒指導」 愛知県立千種高等学校
                 昭和44・45年度生徒指導研究推進校研究報告
                                      昭和45年 2月      文責  安藤邦男

【筆者注】 昭和44年度および45年度、愛知県立千種高校は、生徒指導研究推進校に指定された。全校職員がいくつかの部会に分かれ、それぞれ研究に取り組んだ。当時、生徒指導部に所属した筆者は、部会の一つである「高校生の政治的活動を語る会」を担当することになった。この部会は、高校生の政治活動は如何にあるべきか、というテーマのもとに、何十回となく討論を繰り返し、議論を深めた。最後に、その議論の経過を安藤邦男がまとめ、発表した。以下は、その記録である。


1.「はじめに」

(1)「本山火炎ビン事件」の発生

 昭和44年8月、高校生の火炎ビン事件として世を騒がせた「本山事件」が起った。グループの中に本校の生徒二名が含まれていたことが、関係者や世間の人たちを驚かせた。何故なら、本校生徒は一般に礼儀正しく、おとなしいという評判を得ていたからである。しかしわれわれ本校の職員は、驚いているだけではすまされなかった。一方には、その二名の生徒をどう指導するかという大きな問題があったし、他方には、一般生徒に対する今後の指導というさらに大きな問題があったからてある。とくに後者の問題は、大学紛争が高校にまでエスカレートし、下手をすれば第二、第三の「本山事件」か起りかねない情況にあっただけに、われわれにとっては一層重大な、そして困難な問題であった。われわれはこのような暴力事件を二度と起さないためにも、われわれの従来の生徒指導を深く反省するとともに、今後の生徒指導のあり方について十分な検討を重ねなければならない必要を痛感した。

(2)「高校生の政治的活動を語る会」の発足

 そこで、われわれはそのような問題についての検討を、すでに特設されていた「生徒指導を語る会」に移し、そこで討議を深めることにした。「高校生の政治的活動」というテーマを立てたのであるが、われわれの意図は、破壊的・暴力的行為を排し、自主的・民主的生活態度を育成するために、生徒指導はいかにあるべきか、という点にあった。したがって、われわれはまず最初、

(ア)そのような生徒を生みだした土壌としての本校の生徒集団の実態は、一体どのようなものか。
(イ)われわれの日常の指導の中に、そのような生徒を作り出した原因はなかっただろうか。
(ウ)今後の指導をどのように進めていったらよいか。

という討論のための三本の柱を立て、それぞれ問題点を堀り下げることにした。

2.「政治的教養の面から見た『本校生徒の実態』について」

 すでに「生徒指導を語る会」ては、本校生徒の一般的傾向として、
 @自主性がないこと
 A社会性・集団性が不足していること
 B不信感が強いこと、
などが、その特徴として指摘されていたのであるが、ここでは主として政治的教養の面から見た生徒集団の実態について話し合った。

(1)指摘された点を整理すると、次のようである。

 (a)本校の生徒は学園紛争などについては、マスコミを通して、社会現象的興味をもつものが多い。
 (b)しかし、自分の主体的問題として政治的・社会的なものに関心を示す生徒は非常に少ない。
 (c)また、ホーム・ルームや生徒会などの活動も低調であって、とくに生徒会に対しては多くの生徒は不満を持ちながら、自ら積極的に参加しようとする意欲もなく、また議員に働きかけて、自分たちの意見や要求を議会に反映させるだけの熱意もない。
 (d)しかし、一方では少数ではあるが、沖縄や安保の問題を真剣に考えているものもいる。
 (e)また、全共闘的発想に影響されて、学校封鎖に強い共感をもっているものもいる。

次の問題は、

(2)このような多数の無関心派と一部の関心派とからなる生徒集団は、一体どのような傾向を持つか

ということである。指摘されたいくつかの意見を総合すると、
 (a)無関心派が多いだけに、かえって一部の関心派が浮き上り、相互の不信感が強まりつつある、
 (b)したがって、関心派は本山事件の生徒のように外部に友人を求める傾向が出てくるし、無関心派はますます政治的なものに背を向ける傾向が生まれてくる、
 (c)また、多数派が批判によって少数派をチェックすることがないだけに、少数派には絶えず独走の危険がある、
 (d)一方、多数の無関心派の中にも、学校や社会に対する不満がないわけでは決してなく、むしろ内攻し、要求を実現するルールを身につけていないだけに、火がつけば容易に爆発する危険を内蔵している、
などであった。

3.「従来の指導の反省」

 さて、このような本校の生徒実態が、激しい学生運動の嵐が吹き荒れている全国的政治情況と無関係でないのは、いうまでもない。しかし、本校の生徒が直接おかれている場は、わが千種高校という教育環境の中であり、その限りにおいて、そのような生徒や生徒集団を生み出した教師の責任がおのずから問われなければならないであろう。この意味において、まず

(1)「政治的教養を高めようという姿勢がわれわれ教師側に不足していたのではないか」

という点が指摘された。例えば、
 (a) 教師の側に、政治的問題をタブー視する傾向がなかったか、
 (b) 教科の学習だけを重視するあまり、生徒の政治的・社会的疑問や関心をそらせることがなかったか、
 (c) 生徒の要求を抑えたり、先取したりして、その要求を生徒自身に解決させる指導が十分行われなかったのではないか、などという反省が出された。次に、

(2)「行動の民主的訓練の場が不足していたのではないか」

という点も指摘された。例えば、
 (a) 議会やホーム・ルームで、身近かな問題を取り上げて話し合わせたり、解決させたりする機会が少なかったのではないか、
 (b) 生徒会の新聞や会誌の無いことが、生徒の正しい民主的なものの考え方を伸ばす障害にならなかったか、
 (c) 討論会などをもっと多くもたせて、さまざまな意見を交換させることにより、視野を広めさせるべきではなかったか、
などの点が出された。しかし、他方では、特別教育活動における集団指導とは別に、

(3)「自主的な学習態度を育成する努力や、日常習慣のしつけ教育が不足していたのではないか」

という反省点もつけ加えられた。例えば、
 (a) 安易な詰め込み教育でなく、生徒の興味や関心を堀り起こし、本当に生徒の望んでいるものに応えるような、充実した授業が出来たか。
 (b) 日常生活における是非善悪をきちんと教え、規律ある生活習慣を養なうような努力が十分になされたか、
という反省や意見であった。

4.「今後の指導の方向」

 さて、本校の生徒集団の特徴点は大体明らかになり、われわれの指導の反省点もいくつか指摘された。次は、これらの点を踏まえて、今後の指導の方向をどのように定めていくか、ということが問題にされなければならない。まず、最初、今後予想されるであろう生徒のデモや校外集会などの具体的な政治的活動に、われわれ教師はどのように対処したらよいか、という点が問題になった。しかし、問題は具体的になるほど、それに対する考え方は多岐になるし、教師の立場も微妙になって、複雑さをます。しかも、一つの行動を取り上げても、それを成立させる条件がさまざまに異なる以上は、問題はさらに紛糾することになる。試行錯誤のすえ、われわれの話題はおのずと、高校生の一般的な政治活動の是非ということになり、そこに浮び上ったのは「政治的活動の限界」という問題であった。

(1)「高校生の政治的活動の限界をめぐって」

(ア)「高校生が政治的活動に走ることは好ましくない」

という意見が一方ではいくつか出された。政治について研究したり、討論したりするのはよいが、実際の行動に移すのは問題がある。その理由としてあげられたものは、
 (a) 政治的活動には党派性がつきものだから、特定の思想の影響を受け易く、公正な判断が出来なくなる。
 (b) 思想よりも行動に走りやすい青年期であり、最近の一部の学生の暴力的傾向に染まると危険である。
 (c) 活動に熱中すると、明らかに勉強の関心が低下する、
 (d) 政治活動は責任と義務がともなうもので、未成年の高校生の段階としてはふさわしくない、
などの点が指摘された。しかし一方では、

(イ)「一定の限界内では認められてもよい」

とする意見もいくつか出された。
 (a) 将来成人として、権利義務を正しく行使するための能力を育成するという意味で、教師の指導体系の中では認められるべきだ。
 (b) 破壊的・暴力的な行動は論外だが、平和的なデモや集会なら、基本的人権として当然認めるべきだ。
 (c) 一部の者だけの活動でなく、全校的規模で行われる民主的な活動なら、禁止すべきではない。
 (d) 募金活動なども、目的と方法によっては許されてもよい。
などである。しかし、また別の角度から

(ウ)「政治活動の限界だけを取り上げ議論しても、問題の解決にはならない」

という意見も出された。デモや集会などを取り上げて、好ましくないから禁止・制限したり、認めるにしても限界を設定したりするのは、問題の根本的な解決にはならないというのである。その理由は、
 (a) 具体的行動の規制という指導だけでは、生徒の反発を買い、一部の生徒に過激な行動の口実を与えるだけであるし、また
 (b) デモや集会は政治的関心の発展の結果であり、問題はその政治的関心をどう育てるかでなければならない。したがって
 (c) 政治的関心を正しく育て、政治的教養を高めていく指導過程の中で、自己の行動を正しく規制できるような自主性を育成することこそ、最も必要なことである、
などであった。

 ところで、政治的活動をめぐる上述(ア)(イ)(ウ)の三つの考え方のうち、もし前二者を相対立する二つのテーゼと仮定するならば、第三番目の考え方は、前二者を越え、それらを総合するより高いジンテーゼの立場にあるといえるであろう。そしてこの三つの考え方の間にある論理的発展段階は、そのままわれわれの討論の発展方向とパラレルであった。何故なら、われわれは政治的活動について是非論をたたかわせることは、それはそれなりの意味はあるけれど、しかしそれだけの意味しかなく、生徒指導の本質という観点からは、むしろ生徒の個々の行動の背後にある政治的教養を、どのようにしたら正しい方向に高めることが出来るかという問題を提起することによって、現象的行動についての意見対立を止揚することが出来るのではないか、という共通認識が深まりつつあったからである。

(2)「政治的教養を高め、自主的・民主的生活態度を育成するために」

 政治的教養とは何かということに関して、われわれの間にはすでに共通理解が存在していた。それは、一方では社会人として必要な政治についての基本的知識を、他方では民主的社会生活を営むに必要な行動能力あるいは態度を想定し、それらのものが調和・統一され、一個人の中に人格として定着したものを指すという理解であった。したがって、われわれの議論の中でしばしば言及された政治的教養を高めるための「場」とは、社会科をはじめとする教科指導の場と、ホーム・ルーム、クラブ、生徒会などの特別教育活動の場との両方が前提されなければならないという認識があった。しかし、議論の性質上、実際には後者の立場に片寄りすぎたきらいがあった。それはともかく、まず、

(ア)「政治的教養の教育において、留意すべき点」

として挙げられたことは、
 (a) 生徒に指導するためには、教師自身の政治的教養が不可欠であり、そのための研さんを日頃積んでおくべきである。
 (b) 指導にあたっては、教育の中立性ということから、教師の個人的見解を述べる場合は、多くの見解の中の一つの見解という条件をつけるべきである。
 (c) 政治問題をホームルームなどで取り上げる場合は、一方に偏ることなく、客観的資料に基づいて話し合わせることが必要であり、早急な結論を出すよりばむしろさまざまな角度から検討させて、物の見方、考え方を養うことに主眼を置くべきである、
などであった。

 一方、すでに指摘された「行動の民主的訓練のための場が不足していた」という反省から、

(イ)「政治的教養を高め、民主的活動を訓練させる場として、今後どのような点を考えていくべきか」

をめぐって、いくつかの意見が出された。それらの意見に共通している観点は、自主的・民主的な生活態度の育成は、言葉の上の指導だけでは不充分で、生徒自身の実践的経験を通してはじめて達成出来るものであり、したがってそのような行動の場を出来るだけ多く作ってやり、問題を正しいルートの上で自分たちで解決出来るように指導・助言してやることが必要である、ということであった。このような観点から指摘された点は、
 (a) アッセンブリー(朝会)の運営をもっと生徒の手にまかせることはできないか。
 (b) 生徒会規約にある選挙権・被選挙権の制限を撤廃してはどうか。
 (c) 新聞部や社研部の創設も前向きの方向で、検討してはどうか。
 (d) サークルや集会の掲示についても、もっと生徒の自由を認めてやってはどうか。
 (e) 生徒心得などの校則も、生徒の意見を反映して改めるべきは改め、自主的規律づくりに向わせてはどうか。
 (f) LTやSTの運営についても、もっと生徒を積極的に動かすように工夫する余地があるのではないか。
などであった。

(3)「政治的活動に対する学校の統一見解について」

 われわれが政治的活動についてこのような討議を重ねていたとき、生徒議会では「高校生の政治的活動に対する学校側の統一見解を求める決議」が出された。われわれはこのことを半ば予想し、生徒会顧問団からその説明を聞いたとき、来るべきものか来たという感を深くした。すでに。高校生の政治的活動については、文部省と日教組からそれぞれ「見解」なるものが示され、両者とも暴力行為には厳しい態度を取りながらも、一方は高校生は未成年であり、デモなどの政治的活動は禁止制限すべきであるとする考え方に立ち、他方は基本的人権であって、高校生といえども例外でないとする考え方に立っていた。両者の「見解」の相違は、今後教育界に混乱をもたらすのではないかというマスコミなどの報道の仕方にも影響されて、いくつかの学校では生徒の間に学校の統一見解を求める声が出始めていた。このような背景の中で出された問題であるだけに、われわれはその検討には慎重に、かなりの時間を割いたのであるが、まず最初出された疑問は、

(ア)「一体なぜ生徒議会は学校の統一見解を求める決議をしたか」

 その真意はどこにあるのか、という疑問であった。それに対しては、
 (a) ただ、流行を追うという単純な動機に過ぎないのではないか、
という意見が多かったが、
 (b) 未熟だとか学習意欲をそぐという理由で、政治的活動を禁止する文部省見解に対する反発が背後にある、
とする意見もあった。また
 (c) もっと素朴にデモなどに行ってもよいかどうかを知りたがっているのだ、
という指摘もあったが、
 (d) 生徒たちの真意を憶測するのは危険だから、もっと時間をかけて、なぜ満場一致で議決されたかを究明していくべきだ、
とする意見が出され、われわれの共感を呼んだようである。

 次に

(イ)「学校は生徒議会の求めに応じて統一見解を出すべきか」

が問題になった。この問題については、文部省見解や日教組見解に対する学校の統一見解を出す必要はないが、本校の生徒の政治的活動に対する指導は、生徒の要望の有る無しにかかわらず、われわれとして意志統一しておかなければならないし、またそのためにわれわれは今このような場を設けて検討しているのではないか、という意見が大勢を占めた。しかし、それを統一見解として生徒の前に出すべきかどうかについては、意見が分れた。出すべきであるとする意見は、
 (a) 議会という正規のルートを通して出されたものだから、それを無視してはまずいので、当然出すべきだ。
 (b) 生徒の質問には答えずにおいて、事後指導だけですませようとするのは教育的でない。
 (c) 学校の態度を一つの見解にまで統一するのが困難だとか、声明として出すだけでは無意味だとかいうのであれば、少くともそのような説明をして、返答だけはしなければならない、
などであった。

 一方、出さなくてもよいとする意見は、
 (a) 統一見解として出せば、生徒の不信をますだけで、一部の生徒の思うつぼになる。
 (b) このような問題を学校に決めてもらうという態度は受身であり、彼ら自身に考えさせるよう指導すべきだ、
 (c) 個々の具体的な行動に即して指導すべきで、公式声明として出しても無意味だし、問題の解決にはならない、
などであった。

 ところで、この問題は、われわれの態度が決まらないままに日を重ね、生徒たちの間にもそれ以上その問題を追求する声も聞かれず、ひとまず保留された形で、今日に至っている。

 さて、われわれが1年にわたって継続してきた話し合いの成果は、以上のようなものであった。そして、学園紛争に明け、学園紛争に暮れた44年度は、卒業式騒動を最後に、新しい45年度へ移っていくことになる。

5.「再び生徒の実態にかえって」

 われわれが44年度に提起し、検討を加えた諸問題は、45年度に受けつがれ、実践的に深められていかなければならない性質のものであった。むろん、多くの問題はそのような経過を経て、指導の実際場面に移されていった。しかし、また44年度だけの特殊な性質をもった問題も多く、そのような問題はそのまま指導の実際場面に生かすことは困難であった。というのは、45年度に入ると、あの激しかった紛争の火が次第に消え、学園は再び元の静けさを取りもどしたからである。われわれの中には、もう「政治的活動を語る会」は存続の理由がなくなったとする意見もあった。われわれは大きく変化した生徒の実態を、あらためて見直さなければならなかった。しかし、われわれの眼前にある、静けさを取りもどした生徒は、紛争の最中の生徒と異っていただけでなく、紛争以前の生徒ともどこか異っていた。

(1)「退廃化現象が進んでいる」

 今年度に入ってから、とくに顕著に見られる傾向として指摘されたことは、
 (a) 学習意欲の減退が著しく、例えば試験期間中でもギターやトランプに興じている生徒が見られたが、こんなことはかつてなかった現象である。
 (b) ホーム・ルーム活動も沈滞し、話し合って何かをやろうとする雰囲気がなくなった。
 (c) 生徒会本部に立候補するものが一人もなく、本部不在のままであっても、多くの生徒はそのことを異常だとも思っていないようてある。
 (d) 勉強の目的もなく、それだからといって他に生き甲斐を求めるでもなく、無気力そのものである。
など、生徒の退廃ムードであった。

 次に、われわれの話題がたまたま本年度の学校祭の評価に移ったとき、

(2)「一般生徒の行動には一そう自主性が見られなくなっている」

という指摘があって、多くの職員の同意を得た。その時の評価によれば、
 (a) たしかに、一部生徒は「自主参加」を叫んだけれども、彼らの行動は個人的意見が先走りすぎて、自主的、民主的行動とはおよそかけ離れていた、
 (b) 一部の生徒が議会やホームルームを引っぱり回したのは事実であるが、そのことは彼らの自主性の存在を示すものではなく、むしろ引っぱり回された一般生徒の自主性の欠如を浮きぼりにした、
 (c) 一般生徒には、学園祭の日程や名称を自分たちで決めたにもかかわらず、積極的に参加して、内容を充実させようとする意欲が、例年になく見られなかった、
 (d) 議員の中にはクラス代表としての自覚が不足し、議会の雰囲気に応じて、個人的に態度を決めるものが多かった、
などの点が出された。

6.「再び生徒指導の方向を求めて」

 このように、本年度に入ってから、生徒の実態はかなり大きな変化を示しているというのが、われわれの共通の判断であった。しからば、われわれはそのような実態を踏まえ、どのような指導の重点目標を設定していったらよいだろうか。昨年度、われわれは圧倒的な「政治化現象」の中で、生徒が自ら正しい行動をとることが出来るような自主的・民主的態度の養成を第一の目標にかかげたのであるが、今年度、政治の季節の終焉とともに深く静かに進行しつつある「退廃化現象」の中では、われわれはその現象をどう評価し、どう指導の対策を立てたらよいだろうか。このような問題意識をもって、われわれは再び今後の指導の方向を模索しなければならなかった。議論の過程では、二つの観点が浮び上ったようである。一つは、

(1)「退廃化現象は本校だけのものでなく、全国的な大状況から派生したものである」

という観点であり、この立場から
 (a) この現象が学園紛争の退潮とともに始まったとすれば、そこに因果関係のあるのは確かだが、一体それが何であるかをまず明らかにしなければなららない。そうすれば、対策も自ずと生れるであろう。
 (b) 受験体制や教育制度、あるいはそれらをとりまく社会組織に原因があるとすれば、HR単位や学校単位での応急策では解決の見通しは出てこないのではないだろうか。
 (c) 教師個々の力だけでは、いかにも無力であるが、生徒は教師よりもお互いの影響を強く受けることを考えれば、自発的に相互の向上を目指すような学級集団づくりの方向に、現状打開の道があるのではないか。
などの意見が出された。もう一つは

(2)「小状況は必らずしも大状況に還元され得ない側面をもち、その特殊な側面を踏まえてこそ、それなりの解決の道がある」

という観点で、この立場からこの一年の本校の歴史が問題にされたのであるが、それはわれわれが本山事件の教訓を生かすべく検討を重ね、意志統一してきた指導方向に対する反省でもあった。われわれは、現在まで、
 (a) 生徒の自主性を尊重し、その芽をつむような外的条件の制約をなるべくさし控えてきたが、肝心の生徒の側にその自由を生かすだけの力が不足し、かえって無気力な風潮が生れたのではないか、という指摘であった。その反省から、
 (b) 今後の指導の方向としては、自主性という外的条件より、むしろ自主性の内容そのものを高めることに、指導の重点が置かれなければならない。
 (c) そのためには、生徒の自然発生的な自主性の成長を待つという態度ではなく、いろいろな場面を設定し、生徒の自発性に刺戟を与えてそれを引き出す努力や、それが自主性にまで高められる過程を具体的段階を設けて目的意識的に指導していく必要がある、
という意見であった。

7.「おわりに」

 さて、最後にもう一度、二年にわたって継続してきた「高校生の政治的活動を語る会」のあゆみを振りかえってみると、その中で論議され、追求されてきた課題が大きく変ってきていることに気づく。しかし、それはある意味てば当然である。自主性を育成するための生徒指導という大目標は変らないとしても、それに到達するための段階的目標は、生徒の実態の変化に応じて、変らざるを得ないからである。

 一年目の44年度、政治的紛争の嵐という異常事態の中で、われわれは生徒が自己を見失なうことなく、自らを律し、正しく行動できる自主的・民主的な生活態度の育成ということを、最大の課題として取り組んできたし、またそれが指導の重点目標でもあった。いうならば、それは生徒の行動や態度の中にある「自律性」をいかに伸ばし、高めるかという問題であった。

 しかし、二年目の45年度、しのび寄る退廃化現象の中で、自己主張はおろか、共同生活の意欲さえ失ったかに見える生徒を前にし、いかにしてその無気力を打破し、学習や生活の意欲を喚起するかが、新しい課題としてクローズアップされつつある。

 自主的な行動と態度の背後にあって、それらを支えている原動力としての学習意欲や行動意欲を、もし「自発性」と呼ぶならば、そのような意味における「自発性」の喚起が、退廃化現象の進みつつある現在、新たにわれわれの取り組まければならない指導目標だといえるであろう。

 だが、ここに一つの問題がある。「自律性」から「自発性」へという目標設定の移行は、人間行動の発展という見地から見れば、後退あるいは逆行のように思われるからてある。すでに見たように、人間の「自発的Jな欲求とそれに基づいた「自発的」な行動が、「他律的」なあるいはそれの内面化された「自律的」な規制力を媒介としながら、その葛藤を経て「自主的」なものに高められるという考え方に、われわれは立っている。その意味では、「自発性」とは、むしろ生物学的概念に近く、その上に倫理的・教育的価値が付加されなければならない出発点にすぎないといえる。しかし「自発」なくしては「自律」も「自主」もあり得ないという意味において、また「自発」から「自律」を経て「自主」に至る人間活動の発展のサイクルは、より高度な発展を求めて再び出発点の「自発」にもどらなければならないという意味において、この「自発性」の問題は自主性を伸ばす生徒指導の原点であるとともに、われわれの指導の段階が次の発展のサイクルに向って一歩踏み出したことも暗示している。

 しかし、だからといって、われわれは一つの完成されたサイクルを踏まえて出発したわけではない。それどころか、退廃化現象という実態を前にして、われわれの成果がいかに不完全であり、われわれの努力がいかに不足していたかを痛感するばかりである。にもかかわらず、二年にわたるこの会の存続にもし何らかの意義があるとすれば、それはわれわれが、一貫して生徒指導の方向を生徒の実態と結びつけて追求してきたということではなかろうか。生徒の正しい実態の評価、それに基づいた指導方針の設定、全員の協力によるその実践、そして再び生徒の実態にかえってその再評価、方針の再設定、その再実践、このような過程の中に生徒指導の発展がある限り、たとえ現在の結果は不満足であっても、やがていつかは大きな収穫をあげることが出来るというのが、われわれが二年にわたって得た確信である。

                       教育関係目次へ