「定時制高校生の意識について」

 「第5部会研究報告書」第4次教育研究推進愛知県大会(勤労青年の教育について)
                                     昭和29年11月

【筆者注】 昭和29年度、日教組第4次教育研究推進愛知県大会に、 名古屋西高等学校定時制過程の教職員は、「勤労青年の教育について」というテーマで参加した。筆者はその中の1項目、「定時制高校生の意識について」をまとめ、発表した。


 定時制高校生の意識は、全日制高校生のそれと比較して、一般に特殊な相を帯びている。われわれは彼らの意識を規定するものが、結局、労働と学習の二元性であると考え、働きながら学ぶということが、いかなる意識のーあるいは意識のゆがみのー発生をうながすかを見ていこう。

(ア)コンプレックスについて

 まず、本校入学の動機を統計によって調べると、別表(生徒実態調査集計)の示すように、全日制に行きたくとも「経済的その他の理由による家庭の都合」によってそれができず、仕方なく定時制に入学したという生徒が、174名中143名の多きにのぼっている事実である。つまり、家庭の貧困に対するコンプレックスは、彼らの入学という労働と勉学の二重生活の門出において、すでにほとんどが経験してきているのである。

 次に、このようなコンプレックスを具体的事例をあげて検討してみよう。

 例えば、A生徒(2年生)はこう語っている。「祝祭日などに昼間生と一緒に式が行われることがありますが、そんなときはいやです。あれが夜間生だというささやきは、別にそうでなくても、ぼくたちを嘲笑しているように感じるのです。」半月ほど前にも、夜間生が昼間生との合同の運動会を拒否したことがあったが、前者の後者に対するコンプレックス、そしてそれに伴う反発心は、予想以上に強いようである。

 また、B生徒(3年生)は、次のようにいう。「ぼくたちだって帽子はかぶりたいですよ。しかし、あまりかぶらないのは、まあ一種の自虐と虚栄の混じり合った気持ちからです。どうせ夜間じゃないかという気持ちと、『夜間生のくせに昼間生のように帽子をかぶって』といわれたくない気持ちとー。お分かりでしょう。」

 さらに、C生徒(3年生)は、「昼間生にこそ引け目を感じるが、同じ職場の中卒の同僚に対しては、誇りのようなものを感じます」と語っている。

 このように彼らのコンプレックスは、抜きがたく彼らの意識の中にあって、そこから生じる彼らの羨望、反発、自虐、虚栄心などは、どだい、健康な青少年のものとはいい難い。優越感は、劣等感の奇妙に裏返しされたものといえるであろう。定時制高校生の誇りについても、それを彼らが持っているかいないかでは、簡単に片づけられないものをもっている。確かに、高校生としてのほこりは持っている。しかし、定時制という冠詞がつくことによって、彼らの誇りは傷つけられる。しかも、傷つけられた誇りは、外部への出口を失って内向し、他のさまざまな意識を変色させる。それは、彼らの願望さえも不当に圧迫し、その実現を阻害する。

(イ)願望について

 生徒のほとんどは、自分の置かれた現状に大きな不満を持っている。別表(調査集計)の示すところでは、転職希望のない生徒は174名のうち53名で、121名は何らかの形で今の職場を離れたいと考えている。しかし、この統計で注意すべきは、121名の中にハッキリ転職の意思表示をしたものは78名であり、43名は白紙であるということである。この白紙43名は、なぜこのように多くになったのか。また、われわれはなぜこれを転職希望者の中に数えるかについては、すでに前章で述べたことから明らかなように、生徒の劣等感に裏付けられた虚栄心が彼らの率直な意思表示を阻んでいると考える。

 D生徒(4年生)はいう。「卒業した以上は、もっと有利な職場に変わりたいのは人情でしょう。でも、それがハッキリ先生にいえないのです。もちろん、夜間だから就職試験を受けても駄目だろうと、始めから諦めているものもありますが、それだけでなく、何といいますか、出世意識というものをもっていると思われたくないのですね。それから、いま自分のやっている仕事がなぜ嫌だと聞かれると、返答に困るのです。筋肉労働は卑しいという偏見、それに従事しているという劣等感、そういうものがなかったら、もっとスッキリした形になると思います。」

 われわれはここに、歪められた少年のアンビションを見る。現状に対し不満の多いものほど、野望もまた大きいのである。立身出世は、少年のもちうる唯一の美しい夢として、許されてよいであろう。希望のないところに、少年の喜びはないからである。しかるに、高校生活の第一歩から、欲求充足を妨げられた彼らは、野望自体に罪悪を感じている。感じながら、なおも野望を捨て切ることのできないのは、まことに悲しいことである。彼らのいわゆる悩みについてよく相談を受けることがあるが、圧倒的に多いのはいうまでもなく、将来の問題についてである。

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