福祉社会」                    共同執筆者 古川金憲 安藤邦男他

               「自由と国家」 山手書房刊 監修 勝田吉太郎  昭和59年7月5日

【筆者注】「自由と国家」は、高校教科書「現代社会」の副読本として出版されたものである。その中の「福祉社会」の章については、共同執筆者たちの度重なる討議を経て、最終的に筆者がまとめた。
 わが国の福祉のあり方を,先進福祉社会や社会主義社会の福祉のあり方と比較し,日本の福祉政策の過去,現在,未来の問題点を探った。


(1)福祉の過去と現在

福祉とは何か

 戦後四〇年近くになるが、わが国は高度成長によって驚くべき繁栄を達成した。総理府の意識調査によれば、国民の九割が中流意識を持っているという。このことは、国民生活の安定と満足度を示すものとして、喜ばしいことに違いない。しかし、九割が中流意識を持つという事実は、逆に考えれば一割の人々が中流意識を持つことができないでいることを意味する。その人々の中には、寄る辺のない老人たち、病気に苦しむ人々、一家の働き手を失った母子家庭の親子などがいるかもしれない。しかも不幸は他人事ではない。私たちはいつなんどき家族の不幸に遭遇しないともかぎらないし、自分が病気や事故で倒れないともかぎらない。たとえ健康でも、いつかは老いて働けなくなるときがくる。そのようなとき、お互いに助け合ってその不幸や生活不安を取り除くための公共の仕組みが、是非とも必要である。これを社会保障あるいは福祉という。

 「日本国憲法」の第二五条に、@「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」、A「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。つまり憲法の理念によれば、福祉とは、国民全体が健康で文化的な生活のできるような最低限を保障すること、さらにそれを向上させていくことであるということができる。

 では次に、福祉を制度として支える経済的・政治的仕組みについて考えてみよう。そのためには、社会主義国の福祉の仕組みと比較すれば、わかりやすい。いうまでもなく、社会主義国家は、資本主義体制下に不可避的に発生すると説く「大衆の貧困」を批判し、「階級社会」を否定するマルクス・レーニン主義の教説によって基礎づけられている。だが、たとえ階級社会が廃止されても、病気・老齢からくる所得中断があるかぎり、その保障としての福祉の仕組みは、依然として必要である。しかし、その福祉の仕組みは、自由主義国家の場合と違って、国全体の計画経済の中に組みこまれており、それを保障する財源としては、国民総生産の中から直接必要額を確保するという方法がとられている。

 一方、自由主義国家が目指そうとしている「福祉国家」も、ある意味では資本主義の批判として生まれてきている。しかし、それは資本主義制度そのものの否定ではなく、資本主義経済のもつレッセ・フェール(自由放任主義)的傾向の否定であった。したがって、自由主義経済体制の中で私企業の自由を認めながらも、その過当競争の結果生じる社会的欠陥を修正・補充しようというものである。

 つまりそれは、自由な経済活動と社会保障との二本建ての構造であるということができる。社会保障の財源も、国民所得から税金や拠出金のかたちで吸い上げ、それを国民に再び還元するという方法、いわゆる所得の再分配という方法がとられている。このように、病気、老齢などによる生活のひっ迫に対して保障する仕組みは、「社会主義国家」であると「福祉国家」であるとを問わず、いずれの体制も同じである。ただその違いは、前者が福祉を自由市場体制に代わる計画経済の中で行うのに対し、後者はそれを個人主義的・自由主義的立場から行うという点にあるといえるであろう。

諸外国の福祉政策

 それではどのような変遷を経て、こんにちの福祉国家が生まれてきたのか、その福祉政策の歴史をたどってみることにする。

 福祉政策は、まず資本主義の歴史の古いイギリスではじまった。一六〇一年、エリザベス女王が実施した「救貧法」がそれで、失業者、病人、老人など、貧しい人々を救済するのが目的であった。これがこんにちの社会保障制度における「公的扶助」(生活保護法)の起源である。
 しかしこのような救貧政策は、イギリスにおいてもその他の国においても長い間不完全のままであった。そのため資本主義が発達するにしたがって、労働者は不景気、失業、病気などから生活を守るため、賃金の一部を拠出して、相互扶助を目的とする共済組合の組織をつくりはじめた。だが、労働者だけの扶助組織では、当然ながら財政的に破綻をきたしたので、国と雇用主とがその扶助組織に加わることになった。こうして生み出されたのが、ドイツのビスマルクによる「社会政策三部作」と呼ばれる最初の社会保険制度であった。これがこんにちの医療保険や年金制度などの前身といえる。

 社会保障制度が主要国の積極的政策として推しすすめられるようになったのは、一九二九年の大恐慌以後である。一九三五年、アメリカでは社会保障法が制定され、そこで「社会保障」という言葉がはじめて使用された。ついで一九四二年に、イギリスでビバリッヂ報告書が出され、ここにはじめて全国民を対象にその最低生活を国家の責任において保障しようという、現代的社会保障の考え方が確立された。第二次大戦後、このような考え方に基づき、イギリスはもとよりヨーロッバ各国が社会保障制度を確立し、福祉国家としての道を歩みはじめた。

 では、ヨーロッバにおける福祉国家の現状はどうであろうか。イギリスに先だって社会保障制度を完備したスウェーデンにおける福祉の実態を竹崎孜氏の『スウェーデンの実験』によって紹介しよう。

 スウェーデンは早くも一九一三年に国民年金保険法を制定し、以来独自の方法で社会保障を充実させてきた。ヨーロッパの他の多くの国が、まず工場労働者を対象とする社会保障制度から出発し、順次国民全体に広げていったのに対して、工業化の遅れたスウェーデンは、一挙に国民のすべてを対象とした国民年金方式を採用したのである。したがってスウェーデンの数ある保障制度のうち、最も充実しているのが、年金制度である。

 スウェーデンが年金保険の充実に力を入れるにいたった背景には、老後の生活は、子どもから独立して営まれるべきであるとする国民一般の考え方があった。このような考え方に立って、国が老人年金の充実に力を入れてきたため、その給付水準は非常に高い。六五歳から、それまでの給料のおよそ八O%が物価スライド式年金として支給される。それに所得税率が下がるので、手取り=所得額は退職前とほとんど変わりなく、生活水準を引き下げなくてもよいという。

 しかしここに、スウェーデンのというより、むしろすべての高福祉社会の持つ問題があるように思われる。すなわち、老人の生活が安定すると、子どもは安心して老人の許を去ることができるという事情もあって、ますます核家族化が促進されることになる。また、親が苦労せずとも子は育つという条件が完備されているため、子どもの教育やしつけに対して、親の責任感が次第に希薄となる傾向が生じてくる。互いに独立を認めあう親子関係が生み出される結果、六五歳以上の老人で家族と同居中のものはわずか四%にすぎない。そのうえ、高福祉は必然的に国民の高負担を伴い、今やスウェーデンでは高度の累進税率によって、国民の勤労意欲そのものをそぐ結果となっている。

 スウェーデンは今、そのような老人や青少年の問題を含めて、福祉の見直しをはじめているという。とくに、崩壊に瀕している家族制度を再生させようとして、たとえば親子同居の奨励はいうにおよばず、地域に総合サービスセンターをつくり、老人と小学生のコミュニケーションの回復を目指す動きなどが出はじめている。もって、他山の石とすべきであろう。

日本の福祉政策

 わが国の最初の救済制度は、「恤救規則」(明治七年)であり、これはイギリスの「救貧法」に当たるものである。この制度はのちに、「救護法」(昭和四年)にかわり、戦後「生活保護法」(昭和二一年及び二五年)へと発展した。これがわが国における「公的扶助」の流れである。一方、「社会保険」は、第一次大戦後成立した「健康保険法」(大正一一年)がわが国最初のもので、ついで、「国民健康法」(昭和一三年)が成立した。また「年金保険」は、昭和一六年「労働者年金保険」として成立し、のちに「厚生年金法」(昭和一九年)となり、こんにちにいたっている。しかし、制度は拡大されてはきたが、内容はまだ貧弱であった。戦後になって憲法の「生存権」の精神に基づき、新たな社会保障の制度があいついでつくられた。そして昭和三三年には「国民健康保険法」が、昭和三四年には「国民年金法」が制定され、「国民皆保険」と「国民皆年金」の制度が発足することになった。

 では、現在、日本の社会保障制度はどのような現状にあるだろうか。それは、@国民の拠出金に国からの補助を加え、病気、老齢などによる生活不安に備える「社会保険」(医療保険や年金保険など)、A国の費用によって貧困からの保障を行う「公的扶助」(生活保護法)、B老人・身体障害者、母子世帯などに各種サービスを提供する「社会福祉」、C医療・公衆衛生、からなっている。

(二)福祉の今後

日本における福祉の水準

 わが国は資本主義の成立が比較的新しく、また福祉政策の遅れもあって、国民の福祉は必ずしも高くはなかった。しかし急速な経済成長とそれに伴う社会保障費の急激な増加によって、わが国の福祉も、今や国際的レベルに達しているといってよい。

 たとえば、一人当たりの社会保障給付費の国際比較をみると、【表3ー17】のように、日本は昭和四八年(一九七三)に二〇〇ドルであったものが、昭和五五年(一九八○)には一〇三五ドルと、ほぼ米英の水準に迫ろうとしている。福祉元年といわれたこの昭和四八年以降は、社会保障給付費の伸びが国民所得の伸びを大きく上回り、昭和五六年度には一三・五%に達した。そのうち、年金(四三・O%)と医療(四一・八%)が大きな割合を占めている。そしてこの年、年金がはじめて医療費を上回った。また、老齢年金の平均支給額の国際比較を見ると、日本が最高で、月額で西ドイツ九万四八四〇円、スウェーデン五万九六五〇円、イギリス五万七五一〇円、アメリカ八万五一二〇円に対して、日本は一一万二六九二円となっている(厚生省調べ)。

【表3−171】  1人当たり社会保障給付費の国際比較 (単位:ドル)

  1973年    1980年    1981年
 日  本    200   1,035   1,055
 アメリカ    727   1,509
 イギリス    414   1,285
 (1979年)
 西ドイツ   3,102
 フランス    970   3,110
 イタリア    531    711
 (1977年)
スウェーデン  1,645   4,663

  厚生省(ILO資料をもとに作成)

 しかし、いまだに日本は低福祉国家であるとする意見も、あとを絶たない。いったい、日本の福祉のレベルはどの程度であろうか。

 日本の社会保障費を先進国のそれと比較する統計もいくつかあるが、計算の根拠になる資料の選び方が異なるせいか、それぞれ違った結果を示している。この間の事情について、飯田経夫氏は『豊かさとは何か』の中で次のように述べている。「具体的な論点は、いったい日本の医療保障と老人年金が、たとえばヨーロッパの典型的福祉国家と比べて、どのような水準にあるかということだろう。ところが、ある意味では驚くべきことだが、その答えは誰も知らないのである。日本でも諸外国でも、制度が複雑なうえに複数の制度が分立していることが多いから、答えを知るためには、かなり膨大な作業が必要なのだが、それがまだなされていない。ただし状況証拠から判断すると、いまや日本はすこぶるいい線まできているらしいーという点で、専門家の意見はほぼ一致する。早い話が、『低福祉』国が世界一の長寿国だということは、およそ想像できないだろう」

日本型福祉社会の特徴

 国民の福祉は、社会保障関係費の額によって左右される面はむろん大きいが、ただそれだけではない。福祉の前提条件として、国全体の経済的・社会的・文化的レベルが問われるのである。そして日本はそのような条件が非常に高く、それが社会保障制度を下から支え、全体の福祉レベルを向上させているということができる。

 これらの福祉を支える条件のうち、その最大なものは、「豊かな社会」という経済的基盤であろう。経済的基盤のない発展途上国が、近代的国家としての福祉を実現しようと思っても、それは不可能である。その意味で、経済成長がなければ、福祉の発展もないといえる。

 次に、日本の福祉社会の特徴は、まだ国民の多くが福祉に慣れていないということである。このことは、福祉の歴史の浅さとも関係があろうが、より本質的には、EC(ヨーロッパ共同体)委員会が「仕事中毒」と呼ぶ働き好きの国民性や、「老齢や病気以外には福祉給付を受けることに心理的抵抗を持つ」(ヴォーゲル)という国民の意識と、大きく関係していると思われる。このような国民性や国民の意識が、国の福祉行政をすすめるうえで、プラスになるかマイナスになるかの評価はさておき、少なくともそれが福祉国家の陥りがちな「先進国病」への抵抗力となっていることは、事実として認めないわけにはいかないだろう。

「福祉見直し論」と今後の福祉政策

 高度成長とともに歩みつづけたわが国の福祉政策は、一九八O年代に入って膨大な赤字国債の累積に伴う国家財政のひっ迫とともに、「高福祉、高負担」が問題となり、それとともに「福祉見直し論」が登場してきた。税の増収率の低下などの財政悪化に加えて、高齢化現象による年金給付の増加などが重なり、高度成長期にたてた福祉国家構想は、修正されなければならなくなった。このような事情は、欧米諸国においても同じであった。

 「福祉見直し論」の背景のもう一つは、いわゆる「先進国病」に対する不安感である。失業と飢餓の恐怖から解放され、福祉の権利に安住しながら、次第に自立心と勤労意欲を喪失していく症候群、これが福祉国家を襲う「先進国病」である。かつて「ゆりかごから墓場まで」の福祉政策を誇ったイギリスでは、そのような症状がとくにひどく、「英国病」という名で呼ばれている。わが国が福祉政策を続ける限り、いずれそうならないという保証はない。そのために今一度、福祉のあり方を見直す必要があるというのである。

 実際のところ、イギリスやスウェーデンのような福祉先進国に見られる状況とは、まず第一に、自分自身のことを自分で始末するという心のあり方、つまり自助の精神や、さらに近隣の助け合いの精神、つまり連帯心が、次第に失われつつあることである。そのうえ、家族の絆も脆弱になっている。すべての厄介事を国家にやらせようとするなら、そうなるのも自然の成り行きであろう。

 第二に、いったい何が福祉か、ということについては、各人各様だといえよう。ある人は託児所の増設を、またある人は老人ホームの建設を求める、といったふうに。おまけに欲望が欲望を呼ぶ傾向がある。

 第三に、社会福祉制度とは、他人の金をあてにするもの、いい換えると、国家の費用をあてにし、ツケを国庫に回す結果となる。人間は、洋の東西を問わず、自分のポケット・マネーを出すときには、最少の費用で最大の効果を求めるものである。しかし他人の金をあてにするときには、必ずしも合理的に振舞うわけではない。その結果として、イギリスやスウェーデンなどの福祉先進国に見られる姿は、いずれも重税国家のそれである。現今のわが国にも、福祉先進国に共通する傾向が、次第に生まれているといってよいであろう。

 では、これからの福祉政策は、どのような点に留意して推進されなければならないだろうか。

 第一は、財源の問題である。高度成長期には、福祉財源の伸び率より、国民所得の伸び率の方が上回り、福祉財源の増加分は、国民所得の伸びの中に吸収された。しかし安定成長のこんにち、しかも急速に迫りつつある老齢化社会の中で、医療や年金に要する膨大な財源を、いかに確保するかということが最大の課題で、構造的な給付水準の見直しが迫られている。

 第二は、福祉政策の質の向上である。それにはまず現在の複雑な制度を整合し、制度間の格差をできるだけ縮小し、行政の重複を省いて、予算を有効に使えるようシステム化を図ることである。とくに年金保険では、厚生年金と国民年金の格差が大きすぎる。これらの一元化は困難であろうが、将来の方向としては、諸外国にみられるような最低基準に、従前賃金の比例分と拠出金などの貢献度を勘案して一定の上積みをする、という「基礎年金構想」が考えられよう。

 第三は、福祉政策をさらに広い政治的・経済的諸政策と関連させながら、総合的に推進していくことであろう。すなわち、ただ生活保障制度の充実だけでなく、生活保障制度を支える基盤として、たとえば、インフレの抑制、税制の公正化、完全雇用の促進、社会資本の充実、生活環境の改善、教育制度の完備、老齢者の再雇用確保等々の政策を稚しすすめなければならない。
 それが本当の意味の福祉政策である。

生きがいを与える福祉

 私たちの社会は今、工業化社会から脱工業化社会あるいは情報化社会へと、移行しつつある。日々の生活目標も、ただ物質的な豊かさを求めるだけでなく、生きがいとか、精神的充足感を求める方向へ変わってきている。福祉も、そのような国民の知的・精神的ニーズに応えるものでなければならず、「物の給付」より「心の給付」に、より大きな配慮が注がれなければならない。母子家庭、障害者、老人などに対しては、医療や介護など人間の手による血の通ったサービスが望まれる。とくに老人に対しては、老齢年金の充実のほかに、初老期には職場や地域での活躍分野を確保したり、高齢期には家族同居や在宅介護が可能になるような方法を、住宅問題も含めてキメ細かく考えていくことが大切である。

 最後に、福祉とはいったい何かということを、もう一度考えてみよう。福祉国家とか、社会保障という言葉を聞くと、私たちはとかく国家予算に占める社会保障費のことだけを考えがちである。これは福祉政策では「公助」と呼ばれているものである。しかし、あまりに「公助」にたよりすぎることは、国民の欲求不満と勤労意欲の減退を生む原因ともなる。先進国の悩みの一つがそこにあることは、すでに見た通りである。

 したがって福祉において大切なことは、「公助」もさることながら、困ったときにお互いに助け合うという「相互扶助」の態勢である。これこそが、実は福祉が発生的に持っている機能であり、それはこんにちの共済組合などの社会保険が本来持っている意味でもある。私たちは、医療保険や年金保険の持っているこのような相互扶助の精神を、今一度思い起こすとともに、思いやりの心や、助け合いの行為を、家族や地域社会のような、まず身近なところからはじめ、それを次第に広げていくことが大切ではなかろうか。

 なるほど国家は、老人ホームや身体障害者施設など種々な物的入れ物をつくることはできる。しかし愛の心や相互扶助の精神を国家が調達するわけにはいかないのである。愛の心は、私たち個々人が助け合いと連帯に基づいて育成しなければならない。その意味で、社会福祉のためのボランティア活動をもっと盛んにしていく必要があろう。

 しかし、福祉には、「公助」や「相互扶助」よりさらに大切なものがある。それは、「自助」である。「自助」とは、文字通り「自ら助く」ことであって、病人ならば健康になろうと努力することであり、失業者ならば職を探して働く意欲を持つことである。公助といい、相互扶助といい、結局は各個人の病気や老齢からくる困窮を回復し、その立ち直りを促すためのもの、いい換えれば「自助」のためのものなのである。このように、「公助」「相互扶助」「自助」の三つの原理が有機的に結びつけられ、社会生活の中に生かされるとき、福祉ははじめてその本来の目的を果たすことができるであろう。
                                                         終わり

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