朝日新聞 疑問解決 「モンジロー」 取材資料(平成19年9月28日金)
                                      安藤 邦男

テーマ:「なぜ日本語では、外国人に理解できない発音で外来語を表記するのか」

(1) 日本語のカナには外来音を忠実に表記する文字がない。

 ・外国語をカタカナ語に表記する難しさを示す逸話。斉藤緑雨の川柳「ギョーテとは俺のことかとゲーテいい」。当時の学者や翻訳家が「ゲーテ」をさまざまに表記したことへの皮肉。他に「ゴエテ」「ギューテ」「ギョート」「ギョーツ」など29通り。外来音表記の悪戦苦闘の痕跡。

(2) 日本人には、外来語を外国人に理解できるように表記しようという気はなかったし、今もあまりない。
 ・明治期、外国語は欧米の文化・技術の輸入の道具。日本文化の発信の道具にあらず。
 ・国語として定着。日本人同士のコミュニケーションの道具。教養の誇示、ファッション感覚。
 ・外来語は国語辞典の1割を超える。外国への発信の能力なし。漢字の運命と同じ。発音も語義も日本語化、中国とのコミュニケーション能力の喪失。
 ・最近、外国人とのコミュニケーションをの機会増大。カタカナ語の不便を痛感する人が増加。カタカナ表記への関心が高まる。そして国語審議会も、新しいカナを創始する必要を痛感。

質問1.外国語が日本語にとりこまれる際にどんな変容をするのか。その仕組みは何か。

(1) 音韻の変化
 @ 開音節化現象が生じる。
  ・日本語は撥音(ん)で終わる語以外は、すべて開音節(子音+母音)で終わる。が英語の場合、大半(約4分の3)が子音で終わる。日本人の聞き取り、発声を困難にする第1の原因。ラテン系は母音で終わり、馴染みやすい。 ⇒ (英)restaurant ⇒ (伊)ristorante、(英)dog ⇒(西)dogo
  ・子音を開音化する結果、音節が増える。⇒ strike(1)をストライク(4)、department store、(4)をデパートメントストア(10)、McDonald(3)をマクドナルド(6)
  ・カナ表記した外来語を日本人は開音化して発音。・語尾に「ウ」ヲ入れる。knife(ナイフ),club(クラブ)、語尾に「オ」を入れる。coat(コート),hand(ハンド)、語尾に「イ」や「ュ」を入れる。touch(タッチ),brush(ブラシ),English(イングリッシュ),bush(ブッシュ)

 A 促音化現象が生じる。
  ・英語に促音なし。短母音+子音(破裂音t,p,etc)の場合、促音化に近い現象。しかし1音節。 ⇒ イット(it)、アット・ランダム(at random)、ライシャワー「英米人長音と短音の区別困難。ココとコーコー、キタとキッタ」

 B アクセントの移動現象が生じる。
  ・東京語は平板化する傾向。(柴田武氏は日本語の標準アクセントは47.3%が平板型)。外来語も平板化。⇒ partyをパーティー、stalkerをストーカーに。Cf. アクセサリー(accessary)、アドバイス(advice)
  ・ 原語のアクセントを残すことは簡単にできる。放送関係者や英語教育関係者には強く望みたい。

(2) 文法の変化
  ・文法はほとんど変化を受けない。借入語はほとんど名詞(中学基本語のうち3分の2が名詞)、動詞・形容詞も、借入後は名詞として使う。⇒ ドライブする、ゲットする、リッチな、スマートな、等。
  ・語順(SVO、前置詞+名詞など)、名詞複数、動詞語尾変化など ⇒ サングラス、フォアボール、Cf.ポスト安部

(3) 意味の変化
    ・和製カタカナ語の創出
    漢語を組み合わせて造語した伝統。それが仇、カタカナ和製英語を造語、外国では通じない。
  @ 原語と違う意味に用いるもの  ⇒
   カンニング(日)不正行為(英)cunning 狡い、ムーディーな(日)ムードのある(英)moody不機嫌な
   コンセント(日)プラグの差し込み口(英)consent(同意・同意する)(英)outlet,socket
   チャンネル(日)(放送のチャンネル)(英)channel@水路,A海峡,B報道のルート,Cチャンネル
  A 複合語の大半は日本で組み立てたもの(部品は英語だが、組み立てたものは和製英語) ⇒
   スキンシップ ⇒ skin contact, サラリーマン ⇒ salaried worker
   バックミラー ⇒ rearview mirror, ガソリンスタンド ⇒ gas station
  B 省略型(前後を省略し、短くする)
    イントロ ⇒ introduction,インフレ ⇒ inflation, スーパー ⇒ supermarket
   コンプレックス ⇒ inferiority complex, デパート ⇒ department store

質問2.同じカタカナ英語であっても、原型をとどめないものと、もとの発音をそれなりに反映したものがあるのは何故か。

 (1) 歴史的背景
  @ 徳川末期から明治初期、耳から聞いてカナ表記したものが多い。かなり原語の発音を留める。その場合も訛りが生じる。聞き間違いや原音を表記するカナ文字の不足などによる。
  A 英語教育の普及、教科書、辞書、参考書などの出版。直接文字から外来語を表記。しかし、正しい発音を聞く機会が無く、ローマ字式に読んだり、黙字を発音したりする間違いが生じた。
  B 外来語表記の乱れは、根本的には国語審議会の無策のため。外来語表記を国内コミュニケーションの立場からのみ考えた。外に向けて開かれた言語として扱う視点がまったく欠落。

 (2) 元の発音と意味をそれなりに反映した外来語
  @ 耳から聞いてカナ表記した外来語はかなり原音に近い。(明治時代に多し。)
   ・米語のt,dはr音に訛る。 ⇒ ジルバ(jitterbug)、プリン(pudding)(最近はプディング)
   ・アクセントのない音や語尾の子音を聞き落とす。 ⇒ メリケン(American)、フラノ(flannel)、(ネルともいう)、ヤール(蘭yard)、ロース(roast)、ハンカチ(handkerchief)
   ・古い英語やポルトガル語、オランダ語からの借入語、音の同化現象(前後の母音に同化)を受けたものが多い。 ⇒ストライキ(strike)、トロッコ(truck)、ガラス(蘭glas)、コロッケ(仏 croquette)キリスト(葡christo)
   A 学術用語、技術用語、パソコン用語などは意味も表記も原義・原音に近い。⇒ アカウンタビリティ(accountability)、バーチャル・リアリティ(virtual reality)、ディスク(disk)など。

 (3) 発音の原型をとどめない外来語
  @ 綴り字の影響を受けてカナ表記した外来語はかなり原音からズレる。
   ・イメージ(image)(イメッジ)、ページェント(pageant)(パジェント)、パターン(pattern)(パタン)
   ・ヘップバーン(Hepburn)ヘッバーン(ヘボンの方が近い)、ボンバー(bomber)(ボマー)、カップボード(cupboard)(カッバード)、
   ・シンナー(thinner)(シナー)、トンネル(tunnel)(タノル)、チャンネル(channel)(チャノル) 
   ・アイロン(iron)(アイアン)、ビジネス(business)(ビズネス)、ホッケー(hockey)(ハッキー)、ハネムーン(honeymoon)(ハニムーン)、マネー(money)(マニー)、ココア(cocoa)(コウコウ)、
  A カナ文字表記の誤読から訛って表記した外来語もかなり原音からズレる。        
   (数字はインターネットでヒットした数。誤記がかなりあることが分かる)   
    フアン → (正)ファン(fun)、フエルト → (正)フェルト(felt)、フイルム → (正)フィルム(film)
    マーク・トウエン(マーク・トウェン)(1,520) → (正)マーク・トウェイン(Mark Twain)(191,000)
    フイリッピン(16,800) → (正)フィリピン(Philippine) (7,940,000)
    ジャンバー(407,000) → (正)ジャンパー(Jumper) (2,100,000)
   プロマイド(96,000) → (正)ブロマイド(bromide) (416,000)
  B カタカナを間違って表記したものもある。(ディをジに、ティをチに、など) ⇒  
   ・ジレンマ(dilemma)(ディレンマ)、クレジット(credit)(クレディット)、チップ(tip)(ティップ)、
  C その他いい加減な表記の外来語も多い。 ⇒
   ・ ジャグジー → (正)ジャクージ(Jacuzzi)、プリザード・フラワー or プリザーブ・フラワー → (正)プリザーブド・フラワー(preserved flower)


質問3.国語審議会がまとめた「外来語の表記」は、慣用が定まっている外来語は従来通りとしているが、日本語の外来語表記はどうあるべきと考えるか。

 (1) 発想を転換し、カタカナ語を国際的に通用する国際語として位置づけるべきである。国語審議会では、伝統尊重派と原音尊重派とが対立。国際化の時代を迎えて、じょじょに原音表記に近づく。しかし抜本的な解決なし。その理由、いずれも国内でのコミュニケーションという枠の議論。国外に向けて発信するためのカタカナ語という、発想の転換が求められる。

 (2) そのためには、カタカナ語表記は当然原音尊重主義でなければならない。今や時代は大きく変わりつつある。コミュニケーションを国の枠を超えた広がりで捉えようとする気運が生まれつつある。借入語は一種の国際語(荒川惣兵衛)である。貸した国と借りた国との間で共有する言語。そのような、コミュニケーションの道具としてカタカナ英語を捉えるべきである。

 (3) カタカナ語を扱う辞書・教科書・参考書などには、アクセントの所在を明記すべきである。国際通用語としてのカタカナ英語には、アクセントが重要性。ジョン・万次郎が「英語練習帳」で書いた「掘った芋いじるな」はWhat time is it now? と対応、NHKなどが実地検証。似たものに、「揚げ豆腐」=I get off.、「上杉謙信」=West Kensington、「知らんぷりー」=Sit down, please.など。語彙も文法も無視したジョーク。発音は違ってもイントネーションが似ていれば意味伝達が可能。単語でも、アクセントが正しければ、母音が少々違っても外国で通用する。


質問4.外来語を原語に忠実にカタカナに変えようとした場合にぶつかる難しさは何か。

(1) 表記するカタカナが不足している。旧来のヰ、ヲ、ヱ、ヅ、ヂをまず復活すべきである。S29年には、「ヰ、ヲ、ヱ、ヅ、ヂは外来語を書き表す場合には使わない」として「仮名と符号の表」から除外。H3年においても取り上げず。ヰ、ヲ、ヱはウィ、ウォ、ウェで代用が可能であるが、ヅ、ヂはズ、ジで代用できないので、ヅ、ヂはぜひ復活すべし。例えば、Enjoy(エンヂョイ)とvision(ヴィジョン)の違い。日本人の発音はGとZの区別がない。Gはヂーという破裂音、Zはズィーという摩擦音。「ヂー」がないので、破裂音の発音できない。

(2) これまでも、新しいカナをつくろうとする動きはあったが、まだ実現していない。S29年国語審議会では、「明治以来漢字音をカナで教育してきたために、日本語の音韻は少なくされている」として、「将来のために、ある種の外来語を国語に取り入れる用意をすべきである」という進歩的意見を付記。S19年には、文部省教学局はアジアへ日本語を広げるために、鼻濁音をカ。、キ。、ク。、ケ。、コ。で表記する案を発表。カタカナの不備とそれを補う試みあれども、実現せず。

(3) カタカナ語を発信のために使うには、是非とも新しいカナ表記を創始すべきである。「th」の清音と濁音を表すカナや、「R」と「L」を区別するカナが無い。表記は不完全。打開する試みもいくつか。抜本的には、新しいカナをつくる以外に道はないと思われる。


結論:カタカナ語に対する提言

 ・カタカナ語を発信の道具としての国際語という観点から捉えなおしてはどうか。そのためには、カタカナ語という言葉で一括されていた概念を考え直す必要がある。カタカナ語には、和製カタカナ語(原語にはない意味をもったもの、日本式に組み合わされた複合語、日本式発音をもったものなど)が多く混入している。これらを除外した純粋なカタカナ語(それはいうなれば、専門家や語学関係者が借用したままのカタカナ語、原義と原音をほぼ備えたカタカナ語で、まだ外来語として定着していないカタカナ語)を洗いだし、それらをまず、発信のためのカタカナ語として普及・定着させる努力をしてはどうか。

 ・外来語辞典やカタカナ語辞典は、発信に堪えられる国際語としての辞典に衣替えして欲しい。ただ語義の説明をするだけでなく、そのカタカナ語を外国で使う場合を考慮し、正しい原語の意味は何か、正しい発音は何かを明記したものが望ましい。そのためには新しいカナ表記を工夫しなくてはならない。そしてそれに正しいアクセントを付記することも忘れてはならない。

 ・学者、文学者、技術者、教師、マスコミ関係者などは、可能な限り原音に近いカナ表記を心がけ、原音に近いアクセントで発音して欲しい。カタカナ語のなかには、まったく固定したものは別にして、表記が固定していなくて揺れのあるものがあるが、これらのいうなれば可塑性のあるカタカナ語は、われわれ日本人の努力次第でいずれは原音に近い表記とし確立することができるのである。

 ・小学校教育の段階で、カタカナ語の正しい読み方を身につけさせるべきである。
 ⇒ ファ、フィ、フェ、フォ、ヴァ、ヴィ、ヴェ、ヴォ、ティ、トゥ、スィ、ワ(ウァ)、ヰ(ウィ)、ヱ(ウェ)、ヲ(ウォ)などの外来語音は、国語教育の中でも、ローマ字教育の中で も可能である。近年、小学校へ英語教育が導入されようとしているので、いずれ英語教育の中でも、正しい発音の練習の機会が増える。正しいカタカナ語表記の未来は明るいと言えよう。

                       − 終わり −