Q(承前)私のぼんやりした疑問ですが、英語や漢語では「反語表現」「二重否定」がレトリックとして多用されますが、日本語では漢文(中世以降)や英語(明治以降)の影響を受けてから使われるようになった。つまり古典的日本語文には、もともと「反語」や「二重否定」文脈はなく、漢文や英語の翻訳の中で使われ、それが近代日本語に影響して一般的にも使われるようになったと思います。ですからいまでも、日頃英語や漢語に触れることがあまりない日本人の思考回路では「反語」や「二重否定」に出会うと、すっと頭に入らず戸惑います。

 私の言いたいのは「翻訳とは何か」です。Spare the rod, and spoil the child の正しい訳を「鞭を惜しめ、そして子供を駄目にせよ」とし「鞭を惜しめば子供が駄目になる」を悠長な表現、あるいは意訳だとされることは、翻訳の姿勢として本当に正しいか。固いとか分かりにくいと評される翻訳は、日本語の一般的文脈、日本人の思考回路を無視し、原語になるべく忠実に、訳語を並べたものであることが殆どのように思います。よい翻訳とは原語に忠実であることなのか、日本人の文脈や思考回路に適切に置き換えることなのか、少なくとも名訳と評されたものは必ず後者ですよね、なんてことをぼんやり考えました。(テラキン)


A 翻訳論につきましては、同感する部分が大いにありました。ただ全体的には、失礼ながら視点が違うという感じを否めませんでした。私の論点は、翻訳論とは別の次元の問題なのです。

第1に申し上げたいことは、
(a)   Spare the rod and spoil the child
《鞭を惜しめ、そして子どもを駄目にせよ》
と、
(b) Spare the rod and you will spoil the child
《鞭を惜しめば子どもは駄目になる》
とは、構文も意味もまったく違うということです。

 (a) のことわざのもつ本来の意味は、「鞭を惜しんで子どもを駄目にせよ」なのですが、これはむろん反語であり、裏には「鞭を惜しんで子どもを駄目にしてはいけない」という真意があります。それは、前回申し上げたとおりです。だから、前者のandだけを取り上げて、どういう意味かと尋ねられれば、「そうすれば」という意味ではなく、並列列記の「そして」という意味であると言わざるをえません。

 ただ、二つの行為には前後関係とそれに伴う因果関係がありますから、このandを「その結果」と訳すことはできます。しかし、後半のspoil the child は「子どもを駄目にすることになる」という意味ではなく、あくまで「子どもを駄目にせよ」という命令文なのです。

 では、それがなぜ「鞭を惜しめば子どもは駄目になる」というように理解される(「翻訳される」ではありません)のでしょうか。それは、ことわざの語り手にも受け手にも、「鞭を惜しむ」行為が、結局、「子どもを駄目にする」ことに繋がるという共通の認識があるからです。だから、英語圏の人は素直に反語の意味を理解できるのです。

 この「英語ことわざ教訓事典」で、私はできるかぎり原文の意味を正確に表出しようとつとめました。申し訳ありませんが、上手に翻訳しようとは思いませんでした。英語のもつことわざとしての面白さや新鮮さを失いたくないからです。むろん意味の説明は付け加えましたし、類似の日本語ことわざが存在するものはできるだけ載せました。英語のことわざと日本語のことわざの類似点あるいは相違点を知っていただければ、それだけで満足なのです。

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