教訓 161. 善にカモフラージュされた悪がある。


The devil can cite Scripture for his purpose.《悪魔は目的のために聖書でも引用する》
          別掲 → 教訓80 目的のためにはどんな手段でも許される。


 悪は、気づかれないように存在することがあります。偽善がそれです。偽善者は自分の偽善を隠さなければならないため、あたかも自分が評判通りの立派な人間であるかのように見せかけるのです。

(a) Hypocrisy is a homage that vice pays to virtue.《偽善は悪が善に捧げる忠誠である》
(b) Steal a pig and give the feet for alms.「豚を盗んで骨を施す」

 悪人は、自分の悪事や偽善を隠すために、聖書からさえ引用します。それが見出しのコトワザです。うわべだけの聖なるものは、その背後に悪が隠されている場合があるから、用心しなければなりません。次のものも同じです。

(c) All are not saint that go to church. 《教会へ行くのが聖人とはかぎらぬ》 「鬼のそら念仏」

 これに比較すれば、小さな嘘は罪のない悪戯ぐらいに考えて、許してしまうものですが、だからこそいっそう恐ろしいのです。小さな嘘の後ろに、巨悪の潜むことがあるからです。
(d) A liar is worse than a thief.《嘘つきは泥棒より悪い》

 また、意識せず悪の手助けをしている場合もあります。悪に荷担するものは、悪の張本人に劣らず悪いと知るべきです。

(e) The receiver is as bad as the thief.《盗品の故買者は盗人と同じ悪者である》
 = If there were no receivers, there would be no thieves.

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