教訓 81. 目的にふさわしい方法を用いよ。


Take not a musket to kill a butterfly.《チョウを殺すのに鉄砲を持ち出すな》 「鶏を割くになんぞ牛刀を用いん」
          別掲 → 教訓69 極端な手段を取るな。


 しかし、目的達成のためには、やはりもっともふさわしい手段・方法があるはずです。その方法のコツを身につけることが、まず成功へ導く最善の道でしょう。

(a) There are tricks in every trade.《すべての商売にはコツがある》

 ただ、コツを身につけることは、そんなに簡単なことではありません。コツとは、まず対象にもっともふさわしい方法を用いて自分の意図通りに物事を成就させる能力とでもいいましょうか。対象の特徴や周囲の状況を無視して、同じ方法を機械的に用いてはなりません。

 次のコトワザは、不適切な方法を用いた例です。

(b) He sets the fox to keep the geese.《キツネにガチョウの番をさせる》「盗人に金の番」「盗人に鍵を預ける」「猫に鰹節」「盗人に蔵の番」
(c) In vain the net is spread in the sight of the bird.《鳥が見ているところで網を張っても無駄》

 ことを成就させるのは、対象にもっともふさわしい手段・方法を用いるべきです。不適切な方法を用いれば、目的が達成されないばかりか、逆に目的そのものが台なしにされてしまうことがあるのです。

(d) Never take a stone to break an egg, when you can do it with the back of your knife.《卵はナイフの背で割れるのに、石を持ち出すことはない》「鶏を割くになんぞ牛刀を用いん」
          別掲 → 教訓69 極端な手段を取るな。
(e) Pouring oil on the fire is not the way to quench it.《火に油を注いでは、消すことにはならない》

 目的が良いからといって、不正な手段を取ることは許されません。

(f) Never do evil that good may come of it.[Romans3-8] 《善なる結果をもたらすために悪を行うことはするな》[聖書:ローマ人への手紙3−8]

 不適切な方法を用いれば、目的そのものが台なしになります。

(g) The remedy may be worse than the disease.《治療が病気より悪いこともある》「角を矯めて牛を殺す」
(h) Don't throw (or empty) the baby out with the bath water.《湯水と一緒に赤ん坊を流すな》

(i)は手段としての湯水の扱いを誤れば、目的である大事な赤ん坊まで流す危険があることをいましめています。

 学問や知識も生半可なものである場合には、適応を誤って目指す目的に合致せず、危険を招くことがあります。

(j) A little learning is a dangerous thing.[Alexander Pope]《わずかばかりの学問はかえって危険である》「生兵法は怪我のもと」
          別掲 → 教訓33 小なるものにも危険なものがある。
          別掲 → 教訓173 十分な知識と経験がないと危険である。

 ほめ言葉も与える相手を間違えると、かえって逆効果になります。

(k) Praise makes good men better and bad men worse.《褒め言葉は善人をさらに善く、悪人をさらに悪くする》

 また、思うような成果が得られないときは、状況に合わせて、当初の方針を変更しなければならないときもあるといいます。

(l) If the mountain will not come to Mahomet, Mahomet must go to the mountain.《山がマホメットのところへ来なければ、マホメットが山のところへいかなければならない》

 ことを成功させるには、目的にもっともふさわしい場所であることも必要です。例えば、魚釣りのプロでも、場所が悪ければ魚は釣れません。

(m) Fish where the fish are.《魚のいるところで釣りをせよ》(何かを成就したければ成功しそうなところで努力せよ)

 最後に、目的と手段の不一致ではなく、目的と手段とが主客転倒する場合があります。目的はあくまで目的であり、それを手段と取り違えてはいけません。次のコトワザがあります。

(n) Eat to live; do not live to eat.[Soctates]《食べるために生きるのではない。生きるために食べるのだ》(本末転倒するな)

食事は本来、健康を維持し、働くためにするのですが、残念ながらそれが忘れられて、食事そのものを人生の目的にしている人もいます。

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