教訓 67. 自然は調和から成り立つ。


Nature hates all sudden changes.《自然は急激な変化を好まない》


 この世に存在するすべてのものは、自然の法則に支配されています。人間はそれを破ることはできません。

(a) A (or The) stream cannot rise above its source.《小川の水位は水源を越えることはできない》「本木に勝る末木(うらき)なし」
(b) Water seeks its own level.《水はおのれの高さを求める》「水は低きに流る」「水の低きに就く如し」
(c) You cannot get a quart into a pint pot.《1パイントの壷に、1クオートは入らない》

 小さい器には大きいものは入らないというのは、当たり前の理屈ですが、このコトワザはその背後では、とかく小さな器に大きなものを入れたがる人間の習性をいましめているのです。

 しかし、人間社会には発展があります。それは、間が自然に働きかけ、自然を加工し、ものを作り出すからです。しかし、それは見出しのコトワザがいうように、あまり急激であってはならず、変化の中にも、調和がなければならないのです。

 そして自然は、調和を破るものがあれば、自らこれを改めるといいます。

(d) Nature abhors a vacuum.《自然は真空を嫌う》(自然は足らざるを補う)

 19世紀のイギリス詩人ブラウニングは、この調和の世界を高らかに歌いました。現代の社会では、望むべくもないことかも知れません。

(e) God’s in his heaven; all’s right with the world.[R. Browning]「神、そらに知ろしめす。すべて世はこともなし」[R・ブラウニング、上田敏訳]

 この調和あるいは秩序は、具体的な日常の場面にもおよびます。聖書起源のいくつかのコトワザは、物とそれを所有する人、物とそれを入れる容器、物とそれを置く場所などの関係にも、調和や秩序がなければならないと説きます。ものは、それをもつに値しない人には与えてはいけないし、入れるに値しない容器に入れてはならないし、またふさわしくないところに置くべきでないのです。さもないと、どちらも真価を発揮できないし、駄目になることもあるといいます。

(f) Cast not (or Do not throw) pearls before swine.[Bible:Matthew7-6]《豚に真珠を投げるな》[聖書:マタイ伝7−6]「豚に真珠」「猫に小判」
(g) Don't put new wine into old bottles.[Bible:Matthew9-17]《新しいぶどう酒を古い革袋へ入れるな》[聖書:マタイ伝9−17]
  = We can’t put new wine in old bottles.

聖書には、上のコトワザの後に続けて、次の言葉があります。

(h) Else the wine will burst the skins, and the wine perishes and the skins.[Matthew9-17] 《新しいぶどう酒を古い革袋へ入れるな。さもなくば葡萄酒は革袋を破りさき、葡萄酒も革袋も無駄になるであろう》

(i) Don't put the cart before the horse.《馬の前に荷車をつなぐな》「本末転倒」
(j) A place for everything, and everything in its place.[Isabella Mary Beeton]《何物にも相応の場所があり、何物もその場所にあるべし》

 「新しい酒は新しい革袋に」という、内容と形式との間の調和を求める願望は、人間の精神と肉体の関係にもおよびます。すると、次のようなコトワザが生まれます。

(k) A sound mind in a sound body.[Juvenalis]《健全な身体に健全な精神》

 上 のコトワザは、ギリシャ詩人ユベナリスに起源をもつものですが、本来の意味は《健全な肉体に健全な精神が宿ることを祈る》という願望を表したものです。しかし、現在では《健全な肉体に健全な精神が宿る》という、一般的真理を述べたものとしても用います。17世紀イギリスの哲学者ジョン・ロックも、これを次のようにいいました。

(l) A sound mind in a sound body, is a short but full description of a happy state in the world. [John Locke; Some Thoughts Concerning Education]《健全な身体に健全な心という言葉は、この世の幸福についての簡潔にして十分な説明である》

                          本文のトップに戻る