さて今度は、対象領域を少し広げて、美を含む外見一般について、コトワザがどのようにいっているかを見てみましょう。まず気づくことは、多くのコトワザが外見と中身を対立させ、中身と外見が一致しないことに注意を促していることです。そして「外見が中身をつくる」とするものと「中身が外見をつくる」とするものとは、互いに対義コトワザをなしているということです。


教訓  21. 外見と中身は必ずしも一致しない。


Things are seldom what they seem.《見かけ通りのものはめったにない》


 外見と中身について教えるコトワザの周辺には、外見と中身との不一致やアンバランスを指摘するものがいくつかあります。次のコトワザも、多くの事物が見かけ通りではないことをいいます。

(a) All are not merry that dance lightly.《軽やかに踊るものがみな楽しいわけではない》
(b) All are not maidens that wear bare hair.《帽子をかぶらないものが必ずしも未婚女性ではない》

17世紀には、帽子をかぶらないのが未婚女性の流行であったといいます。

 次のコトワザは、見かけと中身の実体が大いに違うことを指摘します。

(c) Black cows give white milk.《黒い牛が白いミルクを出す》
(d) A black hen lays a white egg.《黒いメンドリが白い卵を生む》
(e) Barking dogs seldom bite.《吠える犬はめったに噛まない》「吠える犬は噛みつかぬ」
          別 掲 → 教訓263 憶病ゆえの威嚇は怖くない。

 同様に、神に仕える牧師さんが一般の人より必ずしも信心深い、というわけではありません。

(f) The nearer the church, the farther from God.《教会に近いほど神から遠くなる》(教会関係者には真の信仰心に欠けるものが多い)

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