教訓 8. 近くにあるものは見えにくい。


You must go into the country to hear what news at London.《ロンドンにどんな新しいことが起こったかを知るには、田舎へ行かなければならない》「灯台もと暗し」

= Go into the country, to hear what news in town.


 「灯台もと暗し」というように、人は自分の身近にあるものはかえって見えにくく、少し距離をおいた方がよくわかるものです。外国へ行ってはじめて日本のことがわかるという経験をされた人は多いと思います。そう、そのものズバリのコトワザもあります。

(a) Go abroad and you’ll hear news of home.《外国へ行けば自国の噂が聞こえる》

 次のコトワザも、近くにあることのデメリットを具体的に指摘しています。

(b).Lookers-on see most of the game.《見物人の方がよく試合の全体を見ている》「岡目八目」
          別掲 → 教訓45 部分に気を取られると全体を見誤る。
(c).It is a wise father that knows his own child.《自分の子供を知っているのはよほど賢い父親》「親馬鹿」
          別掲 → 教訓255 親の愛も子に対しては盲目。
(d) The husband is always the last to know.《夫はいつも知らされない》「知らぬは亭主ばかりなり」
(e).Two dogs fight for a bone and a (or the) third runs away with it.《二匹の犬が一本の骨を取り合うと、第三の犬がそれを持ち逃げする》「漁夫の利」
 = While two dogs are fighting for a bone, a third runs away with it.
(f).You can see a mote in another's eye but cannot see a beam in your own.[Matthew7-3]《他人の目の中にある塵は見えても、自分の目の中の梁は見えない》[聖書マタイ伝7−3]「人の事は目に見ゆる、我が身の事は人に問え」

(e)は争いにばかり気を取られて肝心のものを第三者に奪われること、(f)は聖書起源で、人間は他人の小さな過失にはよく気がつくが、自分の大きな過失には気がつかないことを、それぞれ述べています。

 自分のことは自分が一番よく知っている、と人はだれでも思いがちですが、しかし自分のことを一番知らないのは、ほかならぬ自分自身であることが多いのです。自分を知ることがいかに難しいかを知るソクラテスは、次のように言いました。

(g) Know thyself.《汝自身を知れ》

 また、自分に関係することでも、人は冷静でかつ客観的になることはできません。だから、次のコトワザがあります。

(h) No one should be judge in his own cause.《だれも自分を裁く事件で裁判官になってはならない》

 次のものは、身近にあまり多くありすぎるものは有り難さがわからず、なくなって初めてその価値がわかるというものです。

(i).The worth of a thing is best known by the want of it.《ものの価値は無くなったときに一番よくわかる》
(j).You never miss the water till the well runs dry.《井戸が干上がるまではだれも水の有り難さを感じない》
(k).Health is not valued till sickness comes.《病気になるまで健康は評価されない》

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