驚きのニュージーランド

  ー草原の中の女性上位国家ー

「あなた、旅先のこと、少しは調べたらー」

 「いやだよ。変な先入観を植えつけられると、現地を見たときの感動が少なくなる」

出発の数日前、妻とかわした会話である。

わたしは外国旅行には、事前の下調べはほとんどしないことにしている。あながち忙しいからだけではない。怠け者の自己弁護かもしれないが、下手な知識は無いほうがましというのが、わたしの持論である。しかし、これは表向きの口実。本音のところは、見も知らぬ国の旅行情報など前もって読んでも、なかなか頭に入りきらないからだ。

そんなわけで今回も、ニュージーランドにはまったく予備知識をもたないまま出かけた。一行は、妻と妻の友人とわたしの三人である。すべてが白紙の頭脳には、驚くことばかりであった。思い出すままに、そのいくつかを拾ってみよう。

まずはじめ、ここは自然の美しい国とは聞いていたが、これほど大規模な牧草地が広がっているとは、予想だにしなかった。まだ見ていないオーストラリアにはかなわないかもしれないが、曽遊の地イングランドよりは、はるかに広大であった。

クライストチャーチからマウント・クックを経てクインズタウンへ、さらにはミルフォード・サウンドへと至るコースは、いずれも600キロを超す長丁場のバス旅行であった。

窓外には、延々とつづくみどりの平原。ところどころに混じる黄ばみの変色が、秋の訪れを感じさせる。そして手前には、草を食むおびただしい羊の群。人影がいっさい見あたらないのが、さらに雄大さを引き立てる。そして大草原のかなたには、巨大な屏風岩を思わせるサザン・アルプスが屹立する。その青い山肌の麓とそこまで伸びる黄褐色の草原が交わるところは、濃いみどりの境界線となって、左右180度の視界の果てにまで広がっている。油絵さながらの絶景である。

驚くのは風景ばかりではなかった。恥ずかしながらわたしはここへ来るまで、この国は畜産と酪農を中心とする農業国で、開発途上国のひとつぐらいに思っていた。しかし、とんでもない認識不足であった。北島の大都会は林立する高層ビルの群であるし、南島の田舎町にもイギリス風の瀟洒な住宅が建ちならび、現代文明が息づいていた。

バスガイドの話などを総合すると、女性の地位の高さや福祉国家としての充実ぶりは、日本の比ではないようである。これまでも橋本元首相や小泉元首相をはじめ多くの閣僚たちが、この国の福祉の制度や一院制の議会運営などを視察に来たという。

旅から帰ってから調べてみると、さらに驚いた。世界で最初に女性の参政権が確立されたのは、なんとこの国であった。アメリカやイギリスより30年から40年ぐらい前の19世紀末、すでにこの国の女性は選挙権を手に入れている。わが国でいえば、明治の中期に当たり、その先進性は歴史的にも群を抜いている。

女性の政治参加の高さは、女性首相が2代にわたって続いた事実にもあらわれている。現在の首相は昨年末就任した国民党のジョン・キー氏であるが、その前は何度も来日したヘレン・クラーク女史、そのクラーク内閣のときは半数が女性閣僚で、国会議員全体の3分の1を女性が占めていたという。

「みなさん、ニュージーランドは女性でもっている国です」

ニュージーランド人と結婚しているという日本人の女性ガイドは、冗談めかしてそう言った。だがその声は、同性の活躍をたたえる誇らしさに満ち溢れていたことを思い出す。                       

(平成21年4月)

キウイの夫婦

 

女性でもつ国》といっても、一見(げん)のツアー客には本当のことはわからない。しかしホテルやレストランで得た感触では、この国の女性たちは生き生きと働き、愛想もよい。

 バスの女性ガイドはつづけていう。

 「でも、この国の結婚した男性は、キウイ・ハズバンドといわれています。なぜだかおわかりでしょうか」

 彼女によれば、この国でキウイといえば国鳥に指定されている鳥を意味し、オスのキウイはメスの産んだ卵を温めて孵化させるという。働く女性が多いことから、たいていの男性は家事や育児を半分は受けもつので、それがこの言葉の由来だと説明する。しかし、外国人がこの言葉を使うときは、《ろくに働かないで家にゴロゴロしている男》という意味があるともつけ加える。

なるほど、そう言えばこの国の男性は、ゆったりとスローライフを楽しんでいる者が多いように見受けられた。そんな態度は、仕事ぶりにも表れている。

こんな出来事に遭遇した。々とびとしたる。。、た。。た。。る。クインズタウンのホテルに、予定時刻より早く午後6時頃到着したときのことである。まだ部屋の用意ができていないと言われ、われわれ夫婦を含めて数組の客が1時間近くロビーに待たされたことがあった。ようやく対応に出たホテルの支配人らしき男には、謝罪のひと言もなかった。

「チップの要らない国というのは、サービスも悪いということでしょうか」

妻がつぶやいた。

「この国の人はみんないい人ですが、ただ時間にルーズなだけです」

添乗員は申し訳なさそうにいい、フロントのソファーで待つ不満顔のわれわれに、ワインやビールの飲物を振る舞ってくれた。

ツアー最後の日はオークランド市内観光であったが、そのときの女性バスガイドも、やはり女性の社会進出に触れていた。同じような話だったし、長旅の疲れもあってうつらうつら聞いているとき、思いがけない言葉が耳に飛びこんできて、眠気を醒まされた。

「ニュージーランドでは、最近、離婚率が80%近いといわれています。おそらく、世界で一番高いのではないでしょうか」

帰路の飛行機のなかでも、わたしはその言葉を思い出していた。世界に先駆けて女性の社会進出や政治参加を果たした国が、なぜ5組のうち4組も離婚しなければならないのだろうか。自立した女性にとっては、キウイ・ハズバンドは無用の長物なのか。それとも男にとっては、しっかり者の女房が重荷になるというのか。

いやいや、そうではあるまい。この広い、豊饒な国土に、少ない人口、完備した社会保障、あくせく働かなくても幸せは手にはいる。そんな環境ではだれでも忍耐力を喪失し、ちょっとした夫婦のいさかいにも我慢ができなくなるのではないか。いずれにしてもこの国の男女は、互いの愛情が冷めると、何のためらいもなく新しい道を求めていくことだけは確かなようである。

そのときふと脳裏に浮かんだのは、クライストチャーチのモナヴェール庭園で見かけた結婚式の集まりだった。撮影のために新郎の横にならんだ新婦の膝には2、3歳の幼な児の姿があったが、あれはきっと若い新婦の連れ子に違いなかろうと思うー。                  

(平成21年5月)

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