カム・バック! ウェンディ!

「サンキュウ・ヴェリ・マッチ・ウェンディ・センセイ!」

結びの言葉をいって腰を下ろすと、ほっとした。途中でやや言葉につかえたが、なんとか責任は果たした思いであった。なにしろ、人前での英語スピーチは退職いらい久しぶりだからだ。

壇上にすわった英会話教師のウェンディさんは、ハンカチでしきりに目をぬぐっていた。彼女は一週間後、カナダへ帰ることになっていて、今日はそのために開かれたフェアウェル・パーティーであった。

会はまず、彼女が受けもっている4クラスの代表がそれぞれ感謝の気持ちを述べるスピーチではじまり、わたしは夜のクラスを代表してトリをつとめた。最後に、ウェンディさんがお礼の言葉を述べ、それが終わるとそれぞれが持ちよった料理をかこんで、会食がはじまった。

キリスト教会のホールには、40人ほどの教え子たちが集まっていた。大半が主婦で、子供が数人、男性はこの教会の牧師Hさんとわたしの二人だけである。

「安藤さんも、ずいぶん長く通われましたね」と、Hさんが話しかけてきた。

「そうです。われながらよく続いたと思いますね」

答えながら、わたしはこの教室に来るようになった当時を思いだしていた。

3年前の初夏のある日、Fキリスト教会から帰った妻は、昼食の支度をしながら言った。

「こんど来られた先生、すてきな人よ。カナダ人のおんな宣教師さんー」

妻は少し前から教会で英会話を習っていたが、いままでのおとこ先生が祖国へ帰り、こんど新しくおんな先生が赴任してきたという。

「あなたもいかが? 近くだし、夕食後の散歩がてらに出かけたらー」

彼女が所属している午前のクラスは10人ほどの主婦がいるが、夜の教室は生徒が少ないので、新しく募集しているという。

「そうだな。最近は英字新聞も読んでいないから、ひとつ英語脳のブラッシュ・アップでもしてくるか」

妻に勧められるままに、その英会話教室に入門した。はじめて見るセンセイは40歳代の金髪女性。中年の外国人によく見られる大柄で、ふくよかな美人である。

「ナイス・トゥ・ミーチュー」と、にこやかな笑顔で迎えてくれた。

自己紹介のとき、わたしは前職を伏せた。

《むかし、英語と縁のある仕事をしていたが、最近は語学力の衰えを感じるようになったので、ここへ来た。第一の目的は、英語を忘れないためである》と、そんな意味のことを英語で伝えながらも、《こんな言い方は謙虚でないな》と心の片隅では思っていた。

軽い気持ちで出かけた英会話教室であったが、始めてみるとこれがなかなか大変であった。生徒を指名して答えさせることには慣れていたが、指名されて答えさせられるのは、中学校以来絶えてなかったことなのである。しかも、クラスメートはわたしのほかに二人しかいないので、休む暇もなく当てられる。

わたしは日ごろから人の話を聞くのが苦手で、コミュニケーションの反応が遅い。ぼやぼやしているとすかさず「クーニオ!」と大声が飛んでくる。教えるより、教わるほうがはるかに大変だということを、この歳になってやっと悟っていた。

しかし慣れるにつれて、だんだん授業は面白くなった。ウェンディさんの知識はあらゆる分野におよんでいる。なにか質問しようものなら、テキストはそっちのけで、好きな映画や買い物の話から、世界の歴史や地理の話、はては恐竜や宇宙の話まで、話題が広がっていく。とにかく、記憶力が抜群だし、それにフレンドリーな性格がくわわって、とことん教えてくれる理想的なセンセイである。その魅力に惹かれて、わたしは3年間この教室に通いつづけたのだ。

ウェンディさんの話によれば、このたび、3年の日本滞在を終えてカナダへ帰るのだが、母国で1年間の研修を受けると、日本滞在の永続的資格が得られる。そうすれば再度、大好きな日本に帰り、終生、伝道の仕事をしながら英会話を教えるつもりだという。

いつの間にか、宴はたけなわを過ぎ、最終のセレモニーになっていた。クラスメートたちがひとりずつ順番に、ウェンディさんにお別れの挨拶をした。

「クーニオ! プリーズ・カム・トゥ・キャナダ・ホワイル・アイム・ゼア」

ウェンディさんのハグは力強かった。その感触は、1ヶ月経ってもまだ胸に残っている。今、その思い出をかみしめながら、来年ぐらい、わたしにとって3度目になるカナダ訪問も悪くないなと考えている。

                         (平成21年9月)

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