カタカナ語取材始末記(2)
ー 表記を工夫すれば通じるのだが ー 安藤 邦男
少々雑談が続いたあと、話題はふたたび外来語に移った。
「よくわかりました。それではですね、カタカナ語を国際語として再生させるには、ほかにどんなハードルがありますか」
いよいよ、もっとも訴えたい本題に入りはじめたと知り、わたしは自分の声が思わず高くなるのを覚えた。
「困難点は、カナ文字が少ないということと、カナ表記の方法に工夫がされていないということです。戦前は、「学校」は「グヮッコウ」だったのですが、いまでは「ガッコウ」と読んだり書いたりしていますね。「ヲ」も「ウォ」ではなく「オ」という発音になってしまいました。そのほか旧来あった「ヰ」「ヱ」「ヅ」「ヂ」などのカナも、いまでは「イ」「エ」「ズ」「ジ」と書いています。これなどもみな国語審議会の答申に基づいているのですが、むかしの日本語の豊かな発音が次第に貧困になっていくという感をまぬがれません。その結果が、外来語の表記をますます困難にしているのです。だから、解決の道は一つには、旧カナを復活させたり、新しくカナを創設したりして、カナ文字全体を増やすことです」
「それで思い出しましたが、安藤さんのホームページにはゲーテの例が載っていましたね。ゲーテが日本に紹介されたとき、《ゴエテ》、《ギューテ》、《ギェーテ》、《ギョート》、《ギョーツ》など、29通りあったという話ですが、これなどは、原音を表記するカナがないことから生じる試行錯誤の痕跡と考えられますね」
「そのとおりだと思います。Goetheの母音oeの発音[φ]が日本語の音にないがために、それをいかに表記するかで悪戦苦闘したのですよ」
「だとすればですね、日本語と外国語とでは発音体系が違うので、現行のカナで正しく表記するのはどだい無理な話ではないですか」
「たしかに無理な一面はあります。しかしできないことはありません。例えば、最近の中高の英語の教科書や辞書には、発音記号の代わりにカタカナを使用しているのがありますが、表記の仕方をいろいろ工夫しているので、カタカナ記号を使ってもそれなりに原音に近い発音が可能になっています」
そう言って、わたしは以前に取り寄せていた高校英語教科書を、記者に見せた。
「本当ですね。はじめて知りました。むかし私たちは先生に『教科書にカナをふるな』と叱られたものでしたが・・・・。ところで、この教科書に載っている英単語のうち、どのくらいがカタカナ語になっていますか」
「その点は、わたしも興味があって調べてみましたが、中学3年間と高校1年間に習う英語の語彙数はだいたい1,000語から1,500語ぐらいです。そのうち3分の2がカタカナ語となって、普通の外来語辞典に載っています。両者は大きくカバーし合っていますから、カタカナ英語から本物の英語への道は案外スムーズにいくはずです。ただ、カナ表記の問題が解決されればの話ですが・・・・」
「ほう、そうですか。ところで、英語とカタカナ英語とを比較すると、そこにはアクセントの違いが大きく存在するのではありませんか」
「おっしゃるとおりです。日本語はとくに標準語では平板化が進み、外来語にもアクセントを置かずに平板読みする傾向があります。例えば、原音ではマラソンとか、ストーカーとかいうのですが、日本語化するとマラソン、ストーカーになってしまい、通じなくなります。なかには、アクセントのあるのもありますが、置き方の間違っているのが多いですね。バナナとかポリスとかは、バナーナとかポリースが原音ですし、イメージ、デリケートは、それぞれイメッジ、デリケットが原音で、そういわなければ通じません」
(注・傍線は平板読みを、太字はアクセントを示す)
「国語審議会の答申も、外来語のアクセントには触れていませんね」
「そうですね。だいたい日本語自体が東と西では大きく違いますから、アクセント辞典もあまり厳格に使われていないのが現状でしょ。そのせいでしょうか、外来語のアクセントも野放しですね。でも、発信のためのカタカナ語では、アクセントはもうぜったい重要です」
「なるほど。テレビやラジオの放送関係者には、外来語を原音のアクセントでしゃべってほしいですね。原音アクセントが定着すれば、外来語もかなり発進力を増すというわけですか」
「そのとおりです。カタカナ語辞典には、ぜひアクセントをゴシックなどで明示して欲しいと思います」
「いや、大変参考になりました。ありがとうございました」
こうして、一時間半近くの取材は終わった。この記事が掲載されるのは、10日ほど後の××日だと知らされる。そしてS記者は、新聞は後日に送ると言い残し、呼んでおいたタクシーに乗りこんだ。
その記事が出るという当日、A新聞を取っていないわたしは、近くのコンビニまで出かけて一部購入した。
家に帰って、さっそく紙面を広げると、見出しを含めて5段抜きの囲み記事が、眼に飛びこんできた。心を躍らせながら、活字を拾った。しかし、読みすすむにつれ、喜びは失望にかわっていった。私の言いたいことがほとんど書かれていないのである。とくに、最後の結びが気に入らなかった。
「うまく、まとめてあるではありませんか」
という妻に、わたしは不満をぶつけていた。
「いいかね。『長年かかって定着した書き方を今から変えるのは難しいでしょうね』と、最後に安藤さんが言ったとして記事を結んでいるが、そんな風には言っていない。こっちの言ったことは、『難しいかも知れないが、発想の転換をすればできないことはない』として、カタカナ英語をいかにして通じる英語にするかを具体的に提案したのだ。その部分を全部カットしている。これでは読者の質問にも答えていないことになる。読者は、『日常で原音に近いカタカナを使用していれば、かなり英会話ができるのではないでしょうか』と、素朴な疑問をぶつけてきている。その疑問の裏には、何とかしてカタカナ英語を通じさせたい、という願望があるのだよ。それをまったく無視している。大新聞の記者がこれでは、百年河清を待っても、その願いは達せられないね」
「それはそうかもね。でも、いいじゃあないですか。あなたの論文を評価してくれたんだから・・・・。後半の部分は、いずれ英語教育関係の雑誌にでも投稿したら・・・・」
妻は慰めてくれたが、わたしのA新聞への不信の念は消えなかった。そしてわたしは、長いあいだA新聞のファンであった自分が後年、A新聞ぎらいになったいきさつを思い出していた。
案の定というべきか、その後なん日たっても、あの記事の載ったA新聞はS記者の約束にもかかわらず送られてこなかった。
(平成20年2月作品)
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