サプリメント騒動記         安藤 邦男


「あなた、この近くに100円の安売り店ができるらしいのよ」

ある日、さも耳寄りのニュースを聞いてきたかのように、妻が言う。

「100均ショップなら、駅前のスーパーでもやってるよ」

「どうもそれとは違うらしいの。1,000円ぐらいのものを100円で売るというから・・・・」

「へえ、そんなうまい話、あるのかな・・・・」

 夏は今が真っ盛りという7月下旬のある午後、わたしは妻に誘われるまま、その店におもむいた。中に入ると、そこは事務室とおぼしき殺風景な部屋、3方の壁には食品名や値段の書いたB紙がベタベタと貼ってある。50人ほどの客がすでにパイプ椅子に座っていた。正面には、壁を背にして2人の女性と1人の男性が立ち、それぞれにこやかな笑顔を振りまいている。

やがて女性の1人が挨拶をはじめた。自己紹介によれば、彼女は栄養管理士の資格を持つ店長で、これから4ヶ月、東京にある本社の命令で、2人の部下とともにこの店の運営を任されたとのこと、そして午前と午後の2回、1時間ほど病気や健康についての話をしたあと、栄養補助剤や健康食品を販売するという。

つづいて女性店長は、会社の性格、店舗の現状、扱う商品など、手際よく説明し、最後に、2人の店員とともに定価800円という食パンを100円とひき替えで全員に配った。妻もわたしも、何となく得をしたような、ルンルン気分で店を後にした。

しかし、そんな気分が仇になったのであろうか、そのときはまだわたしも妻も、真夏が晩秋に変わるまでの期間この店に日参し、そのうえ値のかさむサプリメントを買わされる運命になろうとは、夢にも思っていなかった。

なにしろ、3人の従業員たちはいずれも20歳代の独身、元気で愛想がよく、好感度は100パーセント。それに、特筆すべきは女店長、話が抜群にうまいのである。2人の店員を漫才の相方よろしく仕立て、突っ込んだりからかったり、軽妙に話を進める。

「みなさん、1,000円も2,000円もする商品をどうして100円で売るのか、インチキじゃないかとか、いまに会社が潰れるんじゃないかとか、内心疑っていませんか? でも、心配はご無用です」

彼女によれば、テレビにコマーシャルを出せば何千万円、場合によっては億という費用がかかる。それを考えれば、安い宣伝費だという。

「100円商品は、デパートの試食品や試供品みたいなものです。本来は無料でもいいのですが、商売ですから100円はいただくことにしているのです。そうです、私どもは商売をしているのです。ですから、これからはだんだんといろんなものを紹介しますから、健康によいと思ったものは遠慮なくお買いもとめください。でも、決して強制はしません」

店長の言葉どおり、10日ほどたつと次第に高価な健康食品が提示されるようになった。それだけではない。予防医学や栄養学の専門家がやって来て、健康食品の効用を科学的に講義しはじめたのである。

ある日、テレビにもときどき出る著名なドクターが講演に来た。

「いいですか、みなさん、医者は病人の治療はしてくれますが、健康な人に健康を維持する方法は教えてくれません。医者にとって必要なのは病人なんです。だから、病気になれば別ですが、健康なうちは自分で自分を守るしかないのです。そのお助けをするのがサプリメントです」

次の週は、さる有名大学の教授と酵素の共同研究をしているという専門家が現れた。

「みなさん、身体にとってもっとも必要な栄養素は何かわかりますか? 糖分、蛋白、脂肪、それにビタミン、ミネラル、みんな必要ですね。でも、それらを体内に吸収させるには絶対になくてはならないものがあります。それは、酵素です」

こんな話を次々に聞かされたのでは、心身ともに強健な者ならいざ知らず、気が弱く健康に自信のない者には、もう敵の軍門にくだる以外に道はないのである。騙されてたまるかと必死の抵抗も空しく、ついに酵素を買ってしまった。しかも1年半分である。なぜかといえば、身体を作りかえるにはそのくらいの年月が必要だというし、それに単価が半分以下になるからだ。

いちど禁を破るともうダメである。ローヤルゼリー、さらに腎臓の機能回復錠剤と、たて続けにサプリメントを買う羽目となった。支払った金額はウン10万円。

 そんなある日、妻がいつもに似合わず、元気がない。訊きただすと、横浜の実弟に電話しているうちに話がたまたま健康食品のことになり、次のようなやりとりがあったという。

 「姉さん、それ、近ごろ流行りの催眠商法だよ。100円商品を餌にして、エビでタイを釣ろうというやつだ。横浜じゃ、そんなのに騙された人がゴマンといるよ。そんなところへ行っちゃ駄目だ」

 「うん、でも病気になってからは遅いので、なる前に予防する方がずっと賢いんじゃない?」

 「ダメダメ、すっかり洗脳されたね。早く目を覚ましなよ。そんなことじゃ、いまに身ぐるみ剥がされるから・・・・」

妻はしょげかえって、わたしにいった。

 「ねえ、どうしましょう。やはりインチキ商法かしら?」

 そうではないと断言する確信は、わたしにもなかった。インターネットで調べてみると、この手の業種は一般に宣伝講習販売事業といい、会社は全国に2,000ぐらいある。その中でこの会社は五指に入るようで、まずは信頼できそうである。しかし、なかには詐欺まがいの会社もあり、それかあらぬか、女性店長、強制は一切しないとか、気に入らなければクーリングオフで返品可能だとか、ことさらに強調しているのが少々気にはかかるが・・・・。

こうして通い続けているうちに、期限の11月になって店は閉鎖され、わたしたちはやっと以前のゆとりある生活にもどることができた。気づいてみれば、いつの間にか街には師走の風が吹きはじめていた。

ある日、妻が言う。

「あなた、サプリメント、効いたと思いますか」

 「うん・・・・そうだね。効いたかな? いやあ、効いたよ。効くと思えば効くもんだ。そんなふうにでも思わなけりゃあ、悔しいじゃないか」

それがわたしの本音だった。まんざら負け惜しみではない。そしてふと、ある講師の言葉を思い浮かべていた。

「みなさん、サプリメントを摂っているからといって、身体に悪いものを食べたり、家でゴロゴロしていてはダメですよ」

何のことはない、高価な出費の代償は、規則正しい生活習慣の自覚と促進だったのだ。高い出費を無駄にしたくない、その思いが人を生活習慣の確立に向かわせるのである。そう考えれば、酵素もローヤルゼリーも安いものだと、自らに言い聞かせる。

そして、エビでタイを釣ったのは向こうではなく、こちらだったかも知れないと考えたりしている。そうなれば有り難いが、しかし残念ながらその答えは、1年半過ぎて見なければ判らないのである。

(平成20年1月作品)

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