トワイライト・スクール奮闘記            安藤 邦男


始めは不安が先にきた。どうしてよいか、皆目見当もつかない。これまで中・高・大の学生たちには教えてきたが、小学生に教えたことは一度もないからである。

それが、小学生の、しかも低学年生徒に英語を教えてくれという。近所に住む区政協力委員長Yさんの、たっての頼みであった。こちらは定年後の暇な身の上、経験がないからといって断るわけにもいかぬ。それに病院通いの多くなった近ごろ、子供たちから元気をもらうのも一策かと、気軽に引き受けた。

こうして、トワイライト・スクールなるものに出かけることになった。場所はF小学校、月に二回、授業後の三時から一時間ほど面倒を見るのである。講座の名前は、子どもたちに親しみやすいように、「英語で遊ぼう」とした。

はじめて案内された教室は、二教室をぶち抜いたぐらいのホールであった。そこに、一年生から三年生ぐらいまでの子どもが四、五〇人、板の間に腰をおろしている。これまで馴染んできた学生たちと比べると、いかにも小さく、可愛いらしい。新鮮な気分になる。

「グッド・アフタヌーン、エヴリ・バディ! ハウ・アーユー? 元気ですか!」

なるべく英語に慣れさせようと、使う言葉は英語と日本語のちゃんぽん。

まず、ラジオから録ったテープに合わせて、ABCソングの斉唱。最初はか細かった声も、繰りかえすうちに次第に大きくなる。次は、用意してきた絵と文字入りのフラッシュ・カードの出番。

「ホワッツ・ジス? これ、何でしょうね? そう、キャット、よく知ってるね。ネコは蹴飛ばすとキャッというから、キャットね。カラスは黒いからクロウ。英語ってかんたんだよね」

笑いの反応がある。いい調子だ。と思うと、すかさず声が飛んできた。

「せんせーい、けとばしたら、イヌだってキャッというよ」

なかなかの突っこみ。こちらも負けてはいられない。

「いや、イヌはワンワンだろ。でも、それは日本のイヌだよ。アメリカのイヌはどう啼くか知ってるか?」

「バウ・ワウ」三年生ぐらいの大柄な女の子である。

「エライね。日本語では《わんわん》だけど、英語では《バウ・ワウ》と吠えるんだ」

「アメリカでは、イヌでも英語を使うの?」と、ほかの女生徒。

「そう、そう、動物だって英語使ってるよ。ニワトリは《コッカ・ドゥードゥル・ドゥー》、ブタは《オインク、オインク》ってね。面白いねー。君たちも動物に負けないように英語覚えようね!」

出足は快調であった。だが、一〇分もすると、あちこちでモジモジ、ソワソワが始まり、やがてガヤガヤとなる。話には聞いていたが、これほどてきめんに飽きられるとは、やはり予想を越えていた。

しからばと、次回からは歌とゲームに徹することにした。しかし、事態はさらに悪化した。歌で大声を出させたり、アクション英語で身体を動かせたりしていると、彼らはいっそう解放気分になり、動物の啼き声を真似る者やら、ホールの中を駆けまわる者やらで騒然、収拾不能の状態になった。こうなっては、大声を出さないわけにはいかない。

叱ると当座は静かになるが、ものの五分もするとすぐにまた騒ぎ出す。

こうして、手を替え、品を替えての格闘が当分続くことになった。

「競争させると、案外一生懸命にやりますよ」

スクールの責任者であるOさんの助言もあって、今度は歌やゲームを学年別、男女別に競争させることにした。これは、見事に功を奏した。やはり、元小学校長だけあって、Oさんの経験は貴重だ。

一番人気は、フラッシュ・カードのカルタ取り。英語で指示を出すと、奪い合って取り合う。それが飽きてくると、英語のジャンケンである。

「ロック、シザーズ、ペイパー! ワン・トゥー・スリー」

「A組の勝ち!」「B組の勝ち!」 喜々としてやっている。

最近では、小学生相手の指導もようやく板に付いてきたようだ。だが一見、順調に思えるが、問題がないわけではない。ここにきて、はじめて知ったことだが、勉強にしろ、遊びにしろ、子ども相手の仕事は大変である。終わるとヘトヘトになる。元気な子供たちに対するに、こちらはひとり。衆寡敵せずで、一時間もしゃべっていると、声がかすれてくる。

終わって、控え室にもどってくると、思わず出る言葉がある。
「ああ、疲れたー」

横で出席簿の整理をしていたアシスタントの女性が、話しかけてきた。
「いつも大きな声を出されて、先生も大変でしょう。子どもから元気をもらうとよくいいますが、かえって疲れをもらうことが多いですね」

けだし、名言というべきか。早く、子どもの扱いになれて、元気だけをもらえるようなベテラン指導者になりたいものである。

                               (平成18年12月)

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