《わが人生の歩み》(38)
研究論文を書く 安藤 邦男
中学時代、勤労動員の毎日が繰り返されるなか、わたしは叔父がわが家に疎開させていた改造社版「現代日本文学全集」50巻を読みふけっていた。そんなころ、いつか自分も漱石や芥川のような小説家になれたらいいなと、夢見たものである。
だが自分にそんな才能も根気もないことを知るに及んで、せめて文学を楽しみながら作品や作家の研究をしてみたい、そんな思いを抱いて文学部に入ったのであるが、卒業後は文学とはあまり縁のない英語教師になってしまった。
それでも文学への思いは断ちがたく、同人誌に『文学批評の原理と方法』、岩波の月刊誌「文学」に『生活記録と文学』、大修館の月刊誌「英語教育」に『The Background of Edgar Allan Poe』、A高校の「研究集録」に『エドガー・アラン・ポオ 時代と人と文学について』などを発表し、思いの憂さを晴らしたものであった。
だから、I学園へ再就職し、毎年一編の論文を書くのが義務だと聞いて、わたしは負担に思うどころかむしろ喜びとして感じたものである。
以下、学園の研究誌に発表した論文と、その簡単な内容説明を記してみよう。
エドガー・アラン・ポオの研究
有りがたいことに、好きなテーマを選んで論文を書いてもよいというので、真っ先に取り上げたのは、やはりアラン・ポオであった。
・「大鴉におけるポオの方法」人文科学論集48号(平成3年7月)
長詩『大鴉』をどのように書き上げたかといういわば創作の秘密なるものを、ポオはその一年後に『構成の哲理』という評論で自ら暴露している。それによれば『大鴉』は、天来の閃きや霊感によって書いたのではなく、すべて厳密な計算に基づいて書いたと主張している。魂を高揚させるには物語詩の長さはおよそ100行でなければならず、詩のテーマは悲哀の美であり、主人公は恋人の死を嘆く青年でなければならない。詩を至高の芸術である音楽に近づけるためにはリフレインが必須であり、そのためには大ガラスの叫ぶnever moreの反復が必要であるなど、すべて科学的な思考の産物である。しかし、出来上がった『大鴉』は、はたして彼の意図通りであっただろうか。この論文では、彼の意識的、分析的な知性はそれを超えた無意識によって裏切られ、それがかえって詩の暗示性を高めていることを明らかにしようとした。
・「ユリーカにおける単一回帰の思想」人文科学論集50号(平成4年2月)
散文詩「ユリーカ」は,単一の原子から始まった宇宙が再び単一の原子に還るまでの、いわば宇宙の一生を描いた形而上学的宇宙論である。そこに集約されているのは 「単一回帰」の思想である。本稿では、わたしはまず「単一回帰」の思想やそのパタンが彼の著作活動を通じていかに発展してきたか、あるいは繰り返されているかを「難破船もの」や「アッシャー家の崩壊」等の作品を通して跡づけようとした。
・「詩と科学の合体」人文科学論集51号(平成5年2月)
本稿では、ポオがいかなる方法で宇宙に美と真理を見いだしたか、またそれをいかなる方法で「ユリーカ」という文学形式に表現したかを、主として彼の「直観」の方法に焦点を絞りながら掘り下げた。ここでわたしは彼の試みの成果およびその限界を、ヴァレリーなどの批判に基づいて取り上げ、宇宙創世譚としての「ユリーカ」の位置づけを行った。
英語ことわざの研究
さて、ポオについて三編の論文を書きおわると、ようやく長い間わたしを捕らえていた呪縛のようなものから解放されるのを感じた。そして次なるわたしの研究対象は、英語のことわざだったが、それには高校教師時代から心の片隅に疼いていた思いがあったのだ。
そのころ同僚の教師に、「運動部の生徒のやる気を高める英語のことわざはないものか」と尋ねられ、探すのに苦労したことがある。それ以来、もっと簡単に索引できる英語ことわざ辞典はつくれないものかと考えていたのだ。そうだ、この機会に始めようと思い、それから三年、英語のことわざに取り組むことになった。
・「英語の諺―その知恵について(1)」人文科学論集54号(平成6年9月)
・「英語の諺―その知恵について(2)」人文科学論集55号(平成7年2月)
・「言葉と行動」に関する諺の考察」開学30周年記念論文集(平成8年2月)
これらの論文は、英語のことわざの表現するメッセージをテーマ別に分類しながら、知恵の全貌を体系化するものであったが、同時にまたことわざを生み出した英米の歴史や文化はどのようなものであったか、また英語のことわざと日本語のことわざの間にはどのような類似点や相違点があるかなども解明しようとしている。その成果は、やがて「英語コトワザ教訓事典」の出版となって、実を結ぶことになる。
カタカナ英語の研究
ことわざの研究も一応完結に近づいたという満足感がえられると、早くもわたしの食指は次なる研究対象を求めて動きはじめる。それは、これまでとはまったく領域の異なる英語のカタカナ表記という問題であった。
これには、中学時代教えを受けた荒川惣兵衛先生の外来語辞典の影響があった。先生は英語からの借用語は国際共通語になり得るという仮説を説いているが、そのためにはカタカナ語の表記をできるだけ原音に近づけることであるという。カタカナ英語の表記の不統一を不満に思っていたわたしは、目から鱗の思いであった。次の論文では荒川説にもとづいて、新しいカタカナ語の表記の方法をいくつか試案として提出している。
・「カタカナ英語と英語教育(1)」人文科学論集60号(平成9年7月)
・「カタカナ英語と英語教育(2)」人文科学論集61号(平成9年12月)
なお、この研究はホームページに公開したのだが、それを読んだ朝日新聞記者の取材を受け、疑問解決「モンジロー」という囲み記事(平成19年9月28日朝刊)で紹介された。記事の内容は、「トマトはなぜトメイトウにならなかったか」という質問に答えるものであった。
ところでこれらの論文はいずれも、その後立ち上げたホームぺージに公開し、いくつかの論文はその後も手を加えながら単行本として出版することになった。
(平成三十年九月)