パソコン設定格闘記 
                安藤 邦男

 

 欧米のことわざに「釘一本が足りないため、王国一つが失われた」というのがある。わが国の「風が吹けば桶屋が儲かる」に似た謎かけことわざのようで、なぜ? とその理由を探りたくなるが、それに答えてくれるのが次のような*フォークロアである。

釘一本が足りなくて 蹄鉄一つが駄目になり

蹄鉄一つが駄目になって 馬一頭が使えなくなり

馬一頭が使えなくなって 乗り手一人がいなくなり

乗り手一人がいなくなって 戦争一つが敗北し

戦争一つが敗北して 王国一つが失われた

閑話休題、最近わが身に起きた騒動も、「釘一本」ならぬ「指一本」のなせる業が原因であった。

もうかなり前から、パソコンのドライブが空き容量不足になっていることに気づいていた。だが生来の怠け癖で、何とかなるだろうと放置しておいたのが間違いのもと、グーグルやヤフーで検索するたびに、「Cドライブがクラッシュ寸前」とか、「空き容量を増加すべし」とか、そんな脅迫めいた文章が画面に現れた。その中の「ここをクリックすれば無料修復」という文字に、思わず指が反応してタッチ、すると画面はとつぜん有料ソフトウエアー(略してソフト)を購入せよというコマーシャルに転換。バカバカしいので放置しておいたら、事態はさらに悪化し、パソコンとは無縁の商品宣伝が次々と現れてきた。それも一つや二つではない。画面のあちこちをわがもの顔に占領して、不埒にも検索の邪魔をするようになってしまった。

帰省していた次男に頼んで、別売の外付けハードディスクにCドライブの中身を半分ほど移してもらったのがこの三月末。これで収容能力に余裕ができて一安心と思いきや、コマーシャルによる妨害活動は依然として収束しない。マイクロソフトやコミュファのサポートに電話をかけまくっても、いっこうにラチガ明かない。業を煮やして、とうとうパソコン本体をヤマダ電機にもちこむことにした。

相談窓口で、いかにもオタク然とした若者に機械一式を預けて診てもらうと、このような場合はOSを初期化してクリーンアップするしかないという。だがたとえそうしても、ハードディスクが傷んでいるのですぐ不具合が生じるだろうし、すでに六年前の製品ときては修理備品もないゆえ、買い換えたほうがいいと付け加える。

結局、その若者の勧告に従ってというか、口車に乗せられてというか、NEC製のデスクトップを買う羽目になってしまった。

だが、それからが大変であった。新しい機種を開いてみると、なんとテレビも視聴できるタイプだったことが判明、知らぬこととはいえ勿怪の幸いとばかり、面倒な配線の接続もものかわ、無事ディスプレーはテレビ画面に切り替わった。

さらに次なる難関は、無線ランWIFIによるインターネットの接続設定。だがこれも、マニュアルと首っ引きで格闘、何とか為し終えることができた。

残すは、古いパソコンから新しいパソコンへのファイルや文書の移動である。これがまた大変な作業で、来る日も来る日も四苦八苦の連続であった。

「八十五歳にもなって、そんなに頑張っていると、今に命を落とすわよ」

と、女房を呆れさせたり、心配させたりしたものである。

とはいうものの、ワードで作成した文書の移動は、外付けのハードディスクにコピーしておいたのが幸いし、思ったほどには手間はかからなかった。しかし、いくつかのソフトとその中に納まっている文書を移すのは、恐ろしく面倒であった。作業をしてみて改めて気づいたことは、ソフトが多すぎるということ。よくもこんなに購入したものだと、我ながら呆れたほどである。

まず、メール一式の移動に手こずる。旧パソコンではウインドウズ・ライブメールを使っていたが、これをマイクロソフト・アウトルックに変更しなければならない。受信トレイ、送信トレイ、アドレス帳などには、何百というメールや記録が詰まっている。USBメモリーを使って、これらを新しいパソコンに移しなおす。それぞれのアイテムが簡単には言うことを聞いてくれない。マイクロソフトのサポートセンターに*遠隔操作を依頼し、ようやく解決した。

移動すべきファイルはさらにある。毎年末に使用している年賀状作成ソフト「筆ぐるめ」、書籍や新聞の記事をPDFに読み取り、そのうえ図書館並みの整理棚に保管してくれる「楽々ライブラリー」、またそれらの記事をワード文書に転換してくれるソフト「読んでココ」、キーボード入力に替わる音声入力ソフト「アミ・ボイス」など、これら愛用のソフトは今度のパソコンでも是非とも使用したいものばかりである。

これらのソフトのうち、CD保存のものはそのまま再インストールが可能だが、ネットで購入したものはそうはいかない。まず、そのシリアルナンバーを製造元に知らせたうえ、その許可をもらってからダウンロードするという手間をかけねばならないのである。この作業も、電話相談を含めて何時間も続いたものである。

そして最後は、すでにインターネットに公開している二種類のホームページの再アップロードである。一つは最近始まった読書会の記録を掲載する「なごやか読書グループ」、もう一つは十五年の公開歴をもつ「英語ことわざ教訓辞典」である。

前者は簡単に移転できたが、後者は難関中の難関である。なにしろ、このホームページには千二百例ほどの英語諺の文例が収容されているだけでなく、これまで発表した論文・随筆・自分史などすべてを含む巨大サイトだからである。

今のところ、この移転作業はまだ終わっていない。だからコミュファやマイクロソフトの電話相談口とは、当分縁が切れそうにない。

それにしても、この一か月はいったい何だったのだろうか。そう思って冒頭のフォークロアに目を移したとき、次のようなパロディーが心に浮かんだ。現在の心境である。 

指一本がクリックして パソコン一台が駄目になり

 パソコン一台が駄目になって 平穏なひと月が失われ

 平穏なひと月が失われて パソコン生活が一生安泰になった 

【注】*フォークロア ことわざや民謡などの伝承文芸のこと。

*遠隔操作 相談員が依頼人のパソコンに直接入り込んで操作する方法。
        多くは
有料の年間契約が必要。   
                  
                     (平成二十七年六月)