ことわざと私 ― 孫たちへの独り言 ― 安藤 邦男

 

四人の孫たちよ、集まってくれたね。はじめに聞くが、お爺ちゃんが贈ってやった三冊のことわざの本、読んでくれたかい? なに? まだだって。そいつぁー残念だ。未成年の孫はまだいいとしても、一人前の成人になったキミたち三人よ。もう難しいなんて言わせないぞ。手間ひまかけて書いた本だ。みんな読んでくれるのが、お爺ちゃん孝行というもんだ。

じゃあ、この本ができるまでの苦労話をしてやるか。それを聞いたら、少しは読む気になってくれるかも知れないからなあ。

お爺ちゃんが英語の先生になったころはね、とくにことわざに興味があったわけじゃあない。ただネ、当時の英文法の教科書には、例文としてAll is not gold that glitters.(光るもの必ずしも金ならず)や、 Be it ever so humble, there’s no place like home.(如何に粗末であろうと我が家に勝る所なし)などのことわざが多く使われていたんだよ、それなりに関心はもっていたがネ。

 それから何年かたって、お爺ちゃんも中年になった。そんな頃、ある運動部顧問に相談されたんだ。

「どうも生徒にやる気がなくて困っている。部室に張っておきたいから、生徒を刺激するような英語のことわざがあったら教えてくれ」。

キミたちの運動部の顧問、そんなこと言うか? 昔の顧問は偉かったんだよ。

それで、手元の英語ことわざの辞書を繰っていろいろ探してみても、なかなか良いのが見つからない。苦労して見つけたのが、The strength of the chain is in the weakest link.(くさりの強さは一番弱い輪で決まる)ということわざだったんだ。顧問は喜んでネ、いつまでも部室に張っておいたらしい。

ところで、話はそれで終わったわけじゃあなかったが、それは後の話。でもそのとき、ことわざ探すのに苦労したから、もっと簡単に引ける英語のことわざ辞典はないかと思ったんだがネ。なに? そう思っただけだって? 生意気言うな。でも、その通りだ。で、そのまま何年かたった。

それがさー、妙な話じゃないか。公立高校辞めてから、短大でまた英語教えていたときさ、ある学生が言うんだ。。

「せんせい、親孝行をせよとか、友達が大事だとか、何でもいいのですが、思いついたメッセージを英語で伝えたいとき、それを簡単に引ける英語のことわざ辞典はありませんか」

偉いと思ったね、彼女はお爺ちゃんと同じことを考えたんだ。たしかに、英語のことわざ辞典はね、ほとんどがABC順に並んでいるか、せいぜいのところ「天候」とか「友人」とか、大ざっぱな分け方しかしてないんだ。そこに、お爺ちゃんの出番があったのよお。オレが創ってやろうと、一念発起さ。

早速ネ、いろんな辞書を調べたナ。なに、インターネットだと? 言うじゃないか、今でこそ、ネコもシャクシもインターネットだが、そんなころ、ネット検索を使いこなしたのは、そうザラにはいなかった。お爺ちゃんはこう見えても、インターネットの先駆者だぞ。

自慢するなって? それはまあいい。とにかく、英語ことわざを二、〇〇〇例ぐらい集めたんだ。そうしてテーマ別に分類する作業なんだが、昔の辞書の編纂者はみんなカードを作ったんだよね、お爺ちゃんはあんな面倒なことはできん。秘密兵器はパソコンだ。パソコンがあったからできた仕事だよ。

こうして『英語コトワザ教訓事典』(中日出版・平成十一年)を一、〇〇〇部、自費出版した。いま読み直すとさ―、編集が乱雑なんだが、ほかに同類のものがないというのが評価されたと思うよ。地元の中日新聞をはじめ、読売新聞、毎日新聞、週刊STなどの書評欄で紹介されてね。嬉しかったよ。さいわい完売して、今は絶版になっておる。

ついでにいえば、このときの原稿は「英語ことわざ教訓辞典」という名称で、ホームページに公開したんだ。同僚たちが驚いてね。当時、インターネットのイの字も知らない者がほとんどで、無料のホームページは少なかったんだよ。それでも知るものは知るで、瞬く間にアクセスは一〇〇万を超えたんだ。パソコン雑誌がふたつ、優良ホームページとして取りあげてくれたよ。キミたちも、『英語コトワザ教訓事典』が読みにくいと思ったら、まずお爺ちゃんのホームページを見てくれよ。

それから何年かたってから、「東京堂出版」という有名な出版社がネ、お爺ちゃんの原稿を買い取って出版してくれた。それが『テーマ別・英語ことわざ辞典』(東京堂出版・平成二〇年)なんだ。中日出版の本よりずっとうまい編集で、読みやすい。多くの新聞(毎日・中日・読売・赤旗・フジサンケイ)や雑誌(英語教育・女性自身・週刊文春)が書評や三面記事に取りあげて、紹介してくれたよ。

とくに「週刊文春」はさ、平成二十二年の一年間にわたってだよ、アストラゼネカという製薬会社がスポンサーについてね、「英語deことわざAtoZ」という一ページ大の記事を連載したんだ。そのなかで、毎回一つずつ、全部で三十いくつかの英語ことわざをだよ、解説付きで紹介したんだ。ページの下の方に小さな活字なんだが、「参考書籍『テーマ別・英語ことわざ辞典』ほか」と書いてあったが、解説記事の中身はお爺ちゃんの文章が下敷きになっているんだ。お陰でこの本、三刷りまで出してくれて、いまも丸善には並んでいるよ。

なになに? 自己宣伝が過ぎるんだって? いってくれるね。じゃあ、話題を変えるとするか。お爺ちゃんはなぁ、昔からものを比較してみることが好きだったんだ。学生時代には、レポートで「芥川龍之介とエドガー・アラン・ポオ」を比較してみたり、卒論ではエドガー・アラン・ポオの人格の二重性や、作品の中の「詩と科学」を取りあげたりしてさ、わかる? とにかくネ、二つの対立するものや矛盾するものに目がとまると、その根拠や原因を追及したくなるんだ。ことわざに興味を持ったのも、ことわざの持つ対立や矛盾の発想に魅力を感じたからだよ。とにかくことわざは面白いよ。まだ読んでいないなら、早く読んでくれよ。

いやいや、お爺ちゃんの言いたいことは、そんなことじゃあなかった。英語の先生として英語を教えていたとき、お爺ちゃんの一番の関心は何かといえば、英語の発想と日本語の発想の違いや、その後ろにある日英の文化の違いや国民性の違いなどだった。

だから、英語のことわざ辞典を出した後、お爺ちゃんの関心はといえば、おのずとことわざの背後にある文化に向けられたんだよ。その結果生まれたのが、『東西ことわざものしり百科』(春秋社・平成二十四年)なのさ。ここでは、「経験主義の英米人と権威主義の日本人」、「個人主義の英米人と集団主義の日本人」などなど、いくつかの項目についてだよ、英米文化と日本文化の相違点や類似点を説明しようとしたんだ。むろん、ことわざを通してだがね。中日新聞や毎日新聞は好意的に紹介してくれ、それなりの反響はあった気がする。いやいや、またまた、自慢話になってしまったかな? でもご免よ、これ事実なんだからさ。

じゃあ最後にね、キミたち若い者はことわざから何を学べばいいと思うかな? ひとりひとり聞きたいんだが、時間がないから、お爺ちゃんが答えをいうよ。むろん、個々のことわざのもつ知恵の深さを学ぶことの大切さはさておいて、それよりもことわざが人生のあらゆる問題を取りあげるその守備範囲の広さ、その好奇心の強さ、それから、どんな物事でも或る一面からだけでなく、別のもう一面からも眺めようとする態度、難しくいえば、相対主義の精神、あるいは複眼の思想といってもいいが、そういうものをことわざから学んで欲しいと、お爺ちゃんは思うんだ。

いまね、国内では価値観の多様化といって、みんな勝手な思いを述べているし、国際的にもイスラム問題、北朝鮮問題、いろいろあって混迷を極めているね。それだけに、現代を生き抜く者としては、ことわざの精神がいっそう必要じゃあないかな。とにかく、今日はありがとう、いずれまた、キミたちの考えを聞こうよ。
                       (平成二十八年十一月)