《わが人生の歩み》(26)
因子分析の結果を生徒指導に生かす
安藤 邦男
生活指導部の担当になってから二年目、それまでのK校長に代わって新しくS校長を迎えることになった。
昭和五十四年の春のことである。時を同じくして、愛知県から生活指導研究指定校を命じられ、指導部にとっては何かと慌ただしい生活が始まった。
まず、研究のテーマとして選んだのは、「生徒の意欲を高めるための生徒指導」である。このテーマを選ぶには、それなりの理由があった。
その頃のS高校は、校訓「愛・敬・信」を旗印に、師弟愛と家庭的雰囲気の校風として県下でも有名であったが、一方ではそれがむしろ無気力さと事なかれ主義の温床となっているのではないかという批判もあった。だからこの機に、そのような退嬰的な空気を一掃し、積極・果敢な校風の樹立に取り組もうではないかというのが、指導部職員の一致した見解であった。
さて、テーマは決まったのであるが、それを具体的にどのような手続きで進めていくかが問題であった。議論をかさねた結果、まず生徒の意識や行動の実態を正しく把握することから始めようということが決まり、そのためにアンケートを実施することになった。
アンケートの目的は、生徒の学習意欲が生活習慣の確立とどのようなかかわりをもつかをあきらかにすることである。教師の日常の観察では、規律正しい生活を送る生徒は一般に学習意欲も高いが、生活の乱れた生徒は学習意欲も低いという共通認識がある。それは果たして正しいことか。客観的に裏付けられることなのか。
そんな疑問を解決する方法として、あるとき指導部の会議に同席したS校長は、コンピュータによる因子分析の方法を推奨した。
因子分析とは、多変量解析の手法の一つで、生徒集団のなかにある行動の因子を抽出し、その全体像を把握しようとする試みである。ただ生徒全体の傾向をパーセントで把握するのではなく、彼らの行動と意識の内部にあって彼らを動かしている要因は何かを探ろうというのである。
当時、S校長はすでに時間割編成プログラムのソフトを開発するなど、教育界へのコンピュータ導入の先駆者として名高かった。文科系のわたしはむろんのこと、他の指導部職員も、そのような統計的処理には疎かったので、校長の指導を受けながら、指導部一丸となって全校アンケートの実施や、結果の分析作業を進めていった。その結果、明らかにされた生徒の実態にもとづき、いくつかの新しい行事を職員会議に提案するなどして、指導体制の確立を図っていったのである。
その成果については、翌年の「研究指定校による研究集会」で発表し、また当時の校内研究誌「S高校研究レポート」にもその詳細を載せた。
いま、わたしはそれらの資料を眺めながら、当時を懐かしく思いだしているが、ここにその一端を示しておこうと思う。
「分析結果が明らかにした本校生徒の実態」
・低学年では学習態度と生活態度の間に密接な関連があって、両者の態度を結びつける因子が多く見られるが、学年進行とともに分離し、ときには反比例するようになっていく。
・とくに低学年では、勉強以外の運動その他に興味のある者のほうが、勉強への熱中度も高い。また、学校行事などに積極的に参加する者のほうが、授業理解度も高い。
・高学年になると、勉強に集中する者に遅刻や行事のサボりが多くなり、学習態度と生活態度の乖離が見られるが、これらの現象は受験制度の反映だと解された。
・英語の好きな者が最も学習態度が良好である。それは英語の勉強が継続的努力を必要とし、それが高度な学習習慣の確立につながるからであろうとされた。
・家庭生活への満足度の高い者ほど友人の数は少なく、満足度の低い者ほど友人が多い。意外な結果であるが、友人の多さは社会性の表われでもあるが、同時に家庭的不満に関連があることも考慮すべきだとされた。
・学校生活に満足する者は、高学年では授業に満足する者だが、低学年では先生や友人に挨拶のできる者である。低学年では挨拶の励行が集団生活への適応をもたらすとされた。
・全体として、男子の生活態度は「自律性」に優れているが、「適応性」に問題がある。すなわち基本的生活習慣やきまりを守る態度は身についている者が多いが、一方では家庭や学校に満足している者に、かえって甘えが見られ、遅刻や服装の乱れが多い。
・女子の生活態度は全体的に「協調性」に優れているが、「公共性」に問題がある、すなわち、校内清掃や交通ルールを遵守する生徒が、服装違反や下校時の寄り道をする。彼女らの公共的態度はむしろ「集団志向性」に基づいているからではないかとされた。
「分析結果から構築された新しい生徒指導体制」
・「学習態度と生活態度との一体化」。因子分析によれば、学習態度と生活態度とは驚くべく密接な関連をもっている。両者の一体化は今後の追求目標となる。
・「反復練習の励行」。学習指導を「習慣的行為」として捉え、その定着をはからねばならない。学習指導は「基本事項の反復練習」を合い言葉として行なう。
・「クラブ活動の全員加入制」。学習意欲を高めるためには、学習以外の諸活動に積極的に参加させるべきである。一年生の課外クラフ活動を自由加入から全員加入に改める。
・「サマー・スクールの実施」。集団生活には適応が大切である。そのために新入生への適応指導として、五十六年度から一年生のサマー・スクールの実施を決定した。
・「挨拶の励行」。適応のためには挨拶の習慣が必要だ。挨拶という形式から他人への敬愛の心が生まれる。「形」から「心」へという古来の伝統を「しつけ指導」に生かすべきだ。
・「指導に厳しさを」。努力を伴わない適応は無価値だ。度を過ぎた適応は意欲の喪失をきたす。意欲は環境との緊張感の中に生まれる。「厳しさこそ意欲の源泉」である。
・「他律から自律へ」。「自律性」の涵養はまず教師の「他律的」指導から始まる。生活習慣となって定着するにつれ、それは次第に自己の中に自己を規制する「もう一つの自己」の成長を促し、やがて自分で自分を規制する「自律的生活態度」が確立される。
さて、読み返してみて、研究がとかく机上の論に終わる多くの例と比較すると、これはともかくささやかながら実践と結びついた研究であり、それなりの価値あるものではなかったかと自負している。
だが、この校内研究の成果が県内だけでなく、広く県外にも波紋を広げることになろうとは、そのときのわたしは夢にも想定していなかった。