千種高同窓会での挨拶 平成5年11月20日(土)ヤンバンバン(錦店)

・わたしが千種高校へいったのは諸君が入学した昭和39年のことで、ちょうど東京オリンピックの年であります。転勤の内示をもらったとき、さっそく場所を調べたのですが、家の地図は古いせいか載っていない。そこで本屋へいって新しい地図を立ち読みしても、あのあたりには学校もないし、道もない。一面の畑です。学校の事務室で聞くと、バスが通っていて千種高校前というのがあるという。ちょうど2月の22−3日だったと思うが、校長に面会にいくことになったのです。その日は雨の日でした。東山からバスに乗り換え、千種高校前で降りると、案の定道がないのです。地図は正しかったのです。雨水が道のうえに土砂とともに流れてきていて、一面がどろ海になっていたのです。その向こうにぽつんと学校が見える。用心して長靴をはいてきたので何とか学校までたどりついたのですが、えらい学校へ来たもんだというのが、第一印象でした。

・前任校の名古屋西高校で離任の挨拶にこの道のない学校のことを話したら、クラスのひとりの生徒がいいました。「先生は素晴らしい学校へ行ったんですね。これから生徒と一緒に道を作ることが出来るから。古い学校は道がきているからつまらない。」それを聞いてわたしは大いに奮起したものです。

・千種高校には7年いました。いろんなことがありました。とくのわたしにとって思い出深いのは、自分が教員組合の結成にかかわったことや、70年安保のころ本山事件というのがあって、クラスの生徒が逮捕されたということでした。

・昭和46年昭和高校へ転勤しました。そこには16年いて、最後の4年間は教頭を務めました。昭和62年旭丘高校へ教頭として転勤しました。3年で公立高校を退職し、平成2年、現在の市邨学園短期大学へ入りました。今日まで足掛け4年になります。健康であれば後6年、70歳まで勤める覚悟です。

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