旭丘高生徒離任式挨拶           平成 2年 4月 9日


 ただ今紹介されましたように、私はこの旭丘高校を最後に、37年勤続した県立高校を定年退職することになりました。この学校を去るに当たって、私が是非諸君に聞いてほしいと思うことがあります。それは本校の校訓のことであります。「正義を重んぜよ」「運動を愛せよ」「徹底を期せよ」という三つの校訓のことであります。

 丁度今から12年前、本校が創立百周年を祝ったとき、「鯱光百年史」鯱光館の鯱光ですね、この「鯱光百年史」という記念史が出版されました。これは今本校の図書館にもあります。旭丘の歴史を知るにはこれに優るものはないので、ぜひ諸君にも一読を勧めたいのですが、この「鯱光百年史」によれば、1917年すなわち大正6年、マラソン王と言われた日比野寛先生の後を受けて校長になられた石邨貞吉(いしむらていきち)先生が、着任草々の翌年に、この「正義・運動・徹底」ということを提唱され、以後次第に校訓として定着するに至ったと書かれてあります。

 さて、大正6年・7年というのは、ロシアに10月革命が始まり、第一次世界大戦が終わった年であります。また国内的にはシベリヤ出兵や米騒動など、大きな事件が続いて起き、物情騒然とした時代でありました。しかし学校の歴史としては、本校が創立40年を迎え、まさに文武両道において愛知一中の黄金時代を築き上げようとする時期でもありました。すなわち、大正6年には本校の硬式野球部が全国優勝をしているし、翌年の大正7年には端艇部、今のボ−ト部が琵琶湖で全国制覇をなしとげています。

 石邨校長が「正義・運動・徹底」という校訓を提唱したのには、そのような旭丘を取り巻く状況があったことは、確かだと思います。しかし今私は、私なりに本校の校訓が今、どのような意味を持っているのかを考えたいと思います。

  まず、「正義を重んぜよ」であります。広辞苑によれば、正義すなわちJusticeとは、社会全体の福祉の秩序を実現し、それを維持することであると書いてあります。また、近代になっては社会のなかに平等への要求が高まり、それが正義という観念の中心となってきたと書いてあります。広辞苑によれば、正義とは福祉と平等の要求とその実現であるということにないます。したがって、「正義を重んぜよ」とは、各人が持っている平等への要求をお互いに尊重しようということであります。

 しかしです、今日の自由主義社会においては、人は誰でも自由競争の原理に支配されています。無論、競争自体は悪いことはないし、むしろ競争があればこそ社会は進歩してきたのです。だが、ともすれば競争が過熱することがあります。すると、競争の原理が平等の原理を侵すことになします。つまり自分の利益を追求するあまり、他人の利益や権利を侵害することがある。そのことをこの「正義を重んぜよ」という校訓は、戒めていると思うのであります。

 しかし、この校訓には、もう一つ隠された意味があると思います。というのは、福祉や平等の実現に対しては、人々の間にはそれぞれが異なった要求があります。つまり何が正義であるのか、どうしたら正義が実現できるのかについて、実に様々に違った考え方があるし、時には正反対に思えるような考え方もあるのです。相反する正義が衝突すると、戦争以外には解決の道がありません。だから、私はこの校訓の背後には、「正義とは何か」について正しいい認識を持てという教えが隠されていると思うんであります。そしてそのためには、正しい物の見方、考え方を学ばなければならないということを言っていると思います。

 第二は、「運動を愛せよ」という校訓であります。この校訓は、本校の生徒は運動だけすればいいのであって、勉強をする必要がないんだということを教えていると考えたら、もちろんそれは大間違いであります。「運動を愛せよ」という校訓はあっても、「勉強を愛せよ」という校訓がないのは、旭丘の生徒は勉強をするの当り前だから、わざわざ校訓にする必要がないからに過ぎないのです。いやむしろ、この激しい受験競争の時代には、「受験、受験」と言って、余りに勉強に偏りすぎる弊害があるからこそ、「運動を愛せよ」という校訓が意味を持つのだと考えたほうがいいと思います。だから、勉強をほったらかしておいて、運動ばかりしていたのでは、無論また偏りすぎて、これも弊害を起こします。

 「身神保健」と言う言葉を日本ではじめて使ったと言われる、マラソン王日比野寛校長に、有名な言葉があります。「病めるものは医者に行け 弱いものは歩け 強壮なるものは競走せよ」 競走せよとは、走れと言う意味であります。つまり、それぞれの人間はそれぞれ自分の体の健康状態に応じて、医者に行くなり、歩くなり、走るなりせよ、ということであります。だから、日比野寛流に言えば、「学力において病めるものは、先生のところへ行って勉強せよ。学力において強壮なるものは、野外へ出て運動せよ」というのが、私は「運動を愛せよ」という校訓の本当の意味だと思うのであります。

 最後に、「徹底を期せよ」であります。この校訓が「正義」「運動」の校訓に対してやや違和感を感じさせるのは、それの持っている方法論的なニュアンスのせいであります。つまり「正義」にしろ、「運動」にしろ、それぞれ一つの教育目標になるけれども、徹底というのは、教育目標というよりはそれを達成するための手段という意味あいが強いのであります。ある年輩のOBがこう言ったことがあります。「愛知一中時代に生徒のストライクが多発し、旭丘時代に浪人が激増したのは、校訓のせいである。何故ならば、「正義」だけを徹底的に追求したがために、一中生はストライキを起こし、「運動」だけに徹底的に熱中したがために旭丘生は浪人になった。これは当然の帰結である。」と。

 無論、これはユ−モアであります。私がこのユ−モアを引用したのは、そのOBの考え方の中に、「徹底を期せよ」という校訓が前二者の手段として考えられている点を、面白いと思ったからです。しかし、「徹底」ということもただ最後まで貫くという方法の問題に限って考えれば、単なる手段に過ぎないかもしれませが、「忍耐」とか「意志の力」の養成と考えれば、これはもう立派な人格教育の目標になるのではないかと私は思うのであります。

 今日、情報化時代、国際化時代と言われ、情報は氾濫し、地球は急速に狭くなっています。我々の興味・関心の範囲も種類も、一昔前と比べれば、格段に大きくなっています。それだけに、我々は一つのことをじっくり落ち着いてやり通すことが、難しくなっていると言えます。無論、狭い分野に閉じ込もっているだけでは、今日の社会を生き抜くことは、難しいと言えます。しかし、同時にそれぞれが各自の専門の領域を深く、徹底的に究めることが、今日ほど求められている時代はないと思います。

 浅い井戸はいくら沢山掘っても、水は出ません。ちょっと掘っただけで、水が出ないからといって、また別の井戸を掘り、また次へと移っていても、徒労に終わるだけです。一つの井戸を10メ−トル、20メ−トル、30メ−トルと諦めずに掘り続ければ、必ず地下水の豊かな鉱脈に達することが出来、無限のわき水を手に入れることが出来ます。これが「徹底を期せよ」ということであります。

 以上は、本校の校訓に対する私の解釈であります。貴方がたには貴方がたの解釈があるでしょう。一般に優れた言葉は、多くの含蓄を持っています。それぞれの人の歩んで来た人生経験の違いが、それぞれの解釈を可能にするのです。どうか皆さんも、自分なりに本校の校訓を解釈してみて下さい。私のお話がそのたの一助となれば、まことに幸せに思います。

 では、みなさん、さようなら。

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