夏休み出校日の教頭講話 (昭初61年8月8日)

1女子生徒との話し

 先日、補習で出校していた数人の女子生徒と夏休み中の勉強について話しをしていますと、その中の一人の生徒がこう言いました。「宿題はほとんどやってしまいましたが、それ以外の自由勉強は全然やっていません。というのは、自分が何をやりたいのか、今何をやるべきなのか、さっぱり分からないのです。ですから計画さえ立てることが出来ません」。するともう一人の生徒は、次のように言いました。「私はその反対にやりたいことは一杯あって、計画を立てるのですが、いざやり始めるとすぐ厭になって、最後まで出来ないのです。テレビを見たり、友達に電話したり、買い物に行ったりしてしまい、落ち着いて勉強できないのです」。

2.自主性不足人間と自律性不足人間

 さて、最初の生徒のように、好きなことは何をやってもよいと言われても、何をやっていいか分からないとか、何をやらなければならないか判断がつかないとか、このような生徒が多いのですが、彼らに欠けているものは何かといえば、それは自主性にほかなりません。自主性というのは、人に頼らず、自分で判断し、行動できる能力のことです。一方、二人目の生徒に欠けているものは、自分の行動を最後までやり通す忍耐力とか意志の力ですが、別の言葉でいえば、自律心・自律性であります。自主性といい、自律性といい、その不足は現在の高校生のほとんどに共通する特徴だといえますが、それらの不足がとくに顕著な問題としてクローズアップされるのは、夏休みなどの自由なときです。なぜかというと、人間は自由の身になったとき、自主性や自律性が一番要求されるからです。平素の与えられたものを与えられたままに行なう生活のなかでは、自主性も自律性もそれほど必要とされないのですが、しかし夏休みのような自由なときになりますと、自主性や自律性の不足がはっきり表面に表れてきます。

3.自主性・自律性を身につけるには

 (1)まず駄目な人間であることの自覚を持つこと

 次ぎの問題は、どうしたら自主性や自律性を身につけることができるかということです。その方法を三つほど挙げたいと思いますので、諸君の参考にして頂きたい。

 第一は、自分が如何に自主性・自律性に乏しい、駄目な人間であるかということを、心の底から自覚することです。なぜなら、そのような自覚を持って初めて人間は自主的で自立的である必要を痛感し、何とかしてそれを身につけたいと思うからです。そういう意味では、さきほどの女子生徒が貴重な夏休みを犠牲にしてまでも、「私は駄目人間」という自覚を得たのは、決して無駄ではなかったと言えます。というのは、そのような自覚をバネにして夏休みの後半を頑張ることが出来るからです。

(2)あまり高望みをしないこと

 さて、第二の方法は、「あまり高くを望むな」ということです。まず身近かなものから始めることです。論語のなかに、「70にして心の欲するところに従って矩を超えず」という有名な言葉があります。これは自分の好きなことをしても、それが人間としての道に適っているということであって、自主・自律の完成された極致を表しています。70歳にしてやっと到達できる境地です。道は遠いのです。完成されたものを一挙に手に入れようと欲張ってはいけません。さきほどの女子生徒の例でいえば、「何を選んでよいか分からない」というのは、あまりに多くのものから完全なものを選ぼうとするからです。選択肢は二つにして、あれかこれかで選ぶようにします。そうすれば、迷うことはないのです。また、計画が実行できないのは、それがあまりに立派過ぎるからです。目標は誰にでも、気軽に実行出来る程度のものでなければなりません。

(3)自分以外のものの力を借りること

 第三は、「ひとの力を借りよ」ということです。自性を身につけるのに、他人の力を借りるというのでは、自律ではなくて他律ではないか。いくら他律を重ねても自律にならないのではないかという人がいるかもしれません。しかしそれは甚だしい誤解です。なるほど、いくら池律を重ねても、それだけでは自律になるわけではありません。しからば、自律に至るのに他律以外の道があるかといえば、それは有り得ないのです。自律に至るには、どうしても他律から入らなければなりませんが、同時にそのとき他律を内在化しようとする努力がなければならないのです。疑うものは、子供の成長を見て欲しい。成長とは他律を内在化・自律化する過程のことです。

 それはさておき、朝起きられない人は、目覚まし時計の世話になりますが、これなどは自分以外のもの力に頼る例の一つです。目覚ましが鳴っても目覚めない人は、さらに親や兄弟に起こしてもらったらいい。起きようとする意思があるかぎり、やがてひとりで起きられるようになるものです。

 次ぎの例は、酒やタバコを止めたいと思っている人がよくやる禁酒同盟や禁煙同盟のことです。先日もテレビでそんな放映をしていましたが、ひとりでは出来ないことがみなで手をつなげば出来るということが分かります。独りで弱いものでも力を合わせれば強くなります。

 もう一つの例は、ある東大医学部合格者のことです。ある受験雑誌によれば、彼が東大に入れたのは、クラスのもののおかげであるといいます。高校2年のとき、ホームルームのみんなの前で東大医学部へ入ることを宣言しました。その手前、いやでも勉強せざるを得なくなって、必死の頑張りが続いたといいます。これなども他人の力の上手な利用の仕方です。

4.残された20日間を有意一義に

 さて、夏休みもいよいよ後半にはいります。この20日間を先の例の二人の女子生徒のように無為に過ごしたひとたち、それは自分のだらしなさを知ったという意味で、それなりの価値はありました。しかし、残された20日間を同じように過ごすには、人生は長くありません。後半は、とくに三番目の「ひとの力を借りる」ことを、諸君に勧めたいと思います。先生に直接質問して教えを受ける方法、友人と共同学習する方法、両親に誓ったり約束したりして、その力で自分を縛る方法等々、いずれもひとの力を利用して自分を高めるこことです。大切なことは、それをただの他力本願に終わらせないで、いずれは独り立ちするのだという意欲をもって行なうことです。

訓話・挨拶等目次へ