「怪我の思い出」                              安藤 邦男

         「曳馬 19,20」旧制愛知県立小牧中学校19,20回生 卒業40周年記念誌
                                         昭和62年 8月15日


 はやいものである。卒業してもう40年がたつという。嘘のようである。今さらながら、歳月の過ぎ去ることの速さに、呆れる思いである。同時に、今後に残された時間が、その半分もないことに気づいて、あらためてがく然としている。

 それにしても、中学時代が今なお鮮やか思い出されるのは、何故だろうか。その時期が12歳から17歳までという、もっとも多感な人間形成期あたるためであろうか。それとも、価値観の180度の転換という、激しい時代経験のせいであろうか。

 それはともかく、中学時代でまず思い出すのは、怪我のことである。子どもの頃から身体が弱かったせいか、それとも不注意だったせいか、よく怪我をした。幼児の頃は、父親や兄と相撲遊びをして、よく左肩を脱臼したものである。中学1年のときは、体育の時間にハードルに足を取られて転倒、左手首を骨折した。変形した手首を体育の関先生に引っ張ってもらい、応急手当てのをしてもらったのを覚えている。その後、近所に住む柔道師範の水野先生のところへ1ヶ月以上通ったように思う。

 柔道といえば、肋骨にヒビが入ったり、手足を捻挫したりしたことがよくあった。2年生のときは、勤労動員先の小牧飛行場で作業中、トロッコに足を挟まれて大怪我をし、担任の先生に家まで送ってもらったことも思い出す。

 教師生活に入ってからは、スキー場で転んで肩胛骨を痛めたり、硬式野球のボールを頭に受けて失神、入院したこともあった。
 その後10数年は何ごともなく、怪我はもう卒業かと思っていたら、つい3年ほど前、1月の松の内も明けやらぬ冬の朝、凍結した路上を自転車で滑って転び、幼児の頃と同じ左肩を脱臼・骨折し、一か月半入院した。

 今後、身体は老化の一途を辿るであろうが、もう怪我だけはご免蒙りたい心境である。

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