8.罪を意識する英米人、恥を意識する日本人    安藤 邦男

(1)「罪の文化」の欧米

《清らかな良心は偽りの非難を怖れない》vs「武士は喰わねど高楊枝」

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恐ろしいのは神の声

 アメリカの文化人類学者にルース・ベネディクトという女性がいましたが、この人は日本が敗戦する1年前の1944年に「菊と刀」を書きました。これは、日本人の国民性を研究したもので、日本の降伏後、日本をいかに占領統治していくか、その基本的路線の青写真となったものです。

 その中で、女史は欧米の文化は「罪の文化」であるのに、日本人の文化は「恥の文化」であると規定しました。以下、少々その説を見てみましょう。

 キリスト教文明の欧米では、行動の規範には宗教の戒律があり、神の戒律を守れば、心は清澄、一点の曇りもないのですが、それに反すると強い罪の意識を持ちます。彼らの心には常に神がいるのです。それをベネディクトは「罪の文化」と呼びました。

 次のようなことわざが多くあります。

・ A guilty conscience feels continual fear.《罪を意識する心は絶えず恐れを抱く》
・ God comes with leaden feet, but strikes with iron hands. 《神はゆっくり近づくが、打ち据える拳は鉄のように強い》
A clear conscience fears not false accusation.《清らかな良心は偽りの非難を怖れない》

(2) 「恥の文化」の日本

@ 恐ろしいのは世間の目

 多神教の日本では、神や仏の意識はそれほど強くはありません。強く意識するのは世間の目です。狭い日本、多くの人間の中で生活して行かなくてはなりませんから、常に他人の目を意識しないわけにはいかないのです。怖いのは神や仏ではなく、他人の目であり、他人の口です。他人に笑われたくない、恥をかきたくない、これが日本人の行動を規定するというのです。つまり、正しいかどうかで行動を決めるのではなく、世間がそれをどう思うかで、自分の行動を決めるというのです。これが「恥の文化」です。

 この傾向は、外国人に対しても向けられます。日本人ほど外国人が日本をどう思っているかに関心を向ける国民はいないといえます。例えば、野球ですが、大リーグに行った野茂、イチロー、松井など、活躍が逐一報道されます。日本人としてどれだけ外国で評価されるかに、日本人が異常なほど関心を寄せるからです。

 これは、日本人がアイデンティティを求めているからだという人もいます。すなわち、戦後の日本人の努力は.まず国の復興.次いで西欧化・工業化に向けられましたが、それに夢中になりすぎたあまり、自分のこと、自分のアイデンティティは忘れてしまった。それを反省し、自分たち自信の姿を見つめ直したいという気持ちからだというのです。それにも一理はあるかもしれません。

 また、罪の文化では、罪を犯したものはそれを告白することで心の重荷を下ろす。しかし、恥の文化では、罪を告白しても心は軽くならない、それどころか悪い行いが世間に知れない限り、心は悩まないのです。ここでは、幸福を祈願する儀式はあるが、贖罪の儀式はありません。

A 「恥の文化」の功罪

 「恥の文化」には、「功罪相半ばする」ところがあります。「功」の面では、人前では恥をかきたくないという意識から、義理を重んじ、人情を大切にする気風が生まれます。さらには名誉を重んじ、ときには大義のために一命を投げ打つというような、高潔な行動となって人々の称賛の的になります。戦時中の特攻隊の義挙を思い浮かべてください。

・ 「武士は喰わねど高楊枝」
「恥を見んよりは死をせよ」
・ 「人は一代、名は末代」


 また、「恥」を表す日本語は非常に奥が深いと言えます。金田一晴彦さんは、恥ずかしさを表す日本語、例えば「居心地が悪い」「格好が付かない」という微妙な心理を表す語は、英語に翻訳するのが難しいという意味のことをいっています。(「日本人の言語表現」) このような洗練された感覚表現は、日本語を豊かにしてくれるものということが出来ます。

 さて、「功」がある反面、一方では「罪」もあります。世間の目を恥じるということは、世間の目が変われば自分の恥の感じ方も変わるということになります。それは柔軟な生き方といえばいえますが、一面では狡い、功利的な生き方ということも出来ます。とくに、神とか、正義とか、良心とか絶対的な価値観を生き方の拠り所にする欧米人の目には、そう映るのです。彼らは、そう簡単には妥協しないのです。

 例えば、「生きて虜囚の恥かしめを受けず」と教えられていた日本兵は、今度の戦争でもいったん捕虜になると、相手にとられた将棋の駒のように100%相手側に転じて、協力したといわれました。ちょうど、「忠臣は二君に仕えず」と教えられたはずの戦国の武将たちが、戦に敗れると敵方の家来になって忠誠を励んだのと同じです。英米人にとって、日本人はいかにも無節操に見えたといいます。このことは、前述のタテ社会において培われた上の命に忠実な日本人の体質と、無関係ではありません。

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