7.ヨコ社会の英米人、タテ社会の日本人     安藤 邦男

(1) ヨコ社会と指導者型社会

 《舵輪を握るものに口出しするな》vs「和をもって尊しとなす」(聖徳太子)


@ インドのカースト制度

 欧米は伝統的に階級社会であったし、今もその影響を強く残しています。ここで、階級社会の原型であったインドのカースト制度を少々覗いてみましょう。

 カーストとはヒンドゥー教にまつわる身分制度のことで、インド社会では親から子へと代々受け継がれてきた制度です。人々はカーストに縛られ、カースト間の自由な移動は認められなかったし、結婚も同じカースト間でしか行われませんでした。制度そのものは現在、憲法で禁止され、タテマエとしてはなくなっていますが、その影響は根強く、その習慣はそう簡単には改まらないのです。なにしろ、カースト制度はヒンドゥー教とともに古く、5千年の歴史をもっているからです。

 ブッダはカースト制度に反対しましたが、カーストを支持するヒンドゥー教の力に押され、敗れざるを得なかったのです。そして仏教は、インドから中国へ、そして日本へと、影響力を伸ばし信徒を獲得していくことになったのです。

 カーストは細かく見ればものすごい数に上るが、大きくわければ四つあります。1.司祭、2.王侯・貴族・武士、3.平民、4.賤民(奴隷)です。このカースト以下の集団として不可触賎民があり、約」1億人の人たちがいたと言われています。

A 階級差別が激しかったイギリス

 さて、ヨーロッパではインドほどの厳格な階級制度ではありませんが、つい最近まで厳しい階級観の制限がありました。例えば、下の階級から上の階級へ登ることはほとんど不可能に近い情況がありました。

 とくに、イギリスでは階級間の差別が厳しく、20世紀の初め、チャタレー夫人を書いたイギリス作家D.H.ロレンスも、労働者階級出身で苦労しています。1885年、イギリス中部ノッティンガムシャーで炭坑夫の息子として生まれた彼は、ノッティンガム・ユニバーシティ・カレッジを卒業後、教員資格取得し、小学校で教鞭をとる傍ら、25歳で処女作『白孔雀』を発表しました。名声を博した彼ではありましたが、なかなか上流社会には入れず、悶々とした日々を送っています。

 イギリスにおいては、ジェントルマンの子弟がオックスフォードを出ればすぐに上流階級の仲間入りが出来るが、労働者の息子はオックスフォードに行っても、下層階級出身というレッテルは一生ついてまわるのです。だから、次のようなことわざがあります。

It takes three generations to make a gentleman.《紳士が生まれるには三代かかる》


 紳士として認められるには三代かかるというのです。階級制度の厳しかったイギリスらしいことわざといえるでしょう。

 階級社会を喩えていって見れば、それは階段も非常ハシゴもない高層住宅のようなものでしょう。各階の住人は同じ階のヨコのつながりはありますが、タテの階のつながりは皆無、だれが住んでいるかも知らないし、知ろうともしません。ときどき好奇心の旺盛な人間が、上の階へ上ろうとします。しかしこれが至難の業です。例えば、1階の住人が上へ登るには、まず、自分で何とかハシゴを工面しなければならず、それに、登るとしてもせいぜい3階までです。さらに上へ行くには軽業師のようにベランダの手すりを伝って行くか、ロープを張って危険を覚悟して登る以外道はありません。最上階へ到達するなんてことは、殆ど絶望です。

B 他国の君主を自国の君主に据える

 このようなヨコ社会は、民族や国家というタテの領域を越えてヨコへつながろうとするときがあります。ヨーロッパの王室では、君主に欠員が生じた場合、王家という階級は、人材をヨコに求めて外国の君主を輸入するということをします。また喩えていってみれば、隣り合わせの高層住宅があるとしますと、同じ高さの階であれば、壁一つ越すだけで、隣の高層住宅から人を運び込むことはそんなに難しくはないのです。国民も、外国人の王様を自分の国の王様にすることに何ら抵抗感を持たないのです。

 例えばイギリスでは、ノルマン征服のとき、フランスのノルマンディー王ウィリアムがイギリスの王位につきましたし、また、名誉革命のときは、ジェ−ムズ王を追放し、オランダから王様を迎えています。

C 強力な指導者が生まれるヨコ社会

 むかしのヨーロッパの階級社会は、貴族、僧侶、地主、ブルジョワジー、小作農、労働者などのいくつかの階層に分かれていて、それぞれがヨコに結びつき、集団をなしていました。そしてそれぞれの身分の持つ属性が資格として社会的に認められるとき、資格社会という概念が生まれます。

 資格社会は、その同じ資格に属する者に関するかぎりは、同じ権利を持つ平等社会であります。だから、その同じ階層のもの同士は何ごとをするにも競争関係にあり、まとまりを欠くことになります。しかもそれだけではありません。資格の違う別の階層同士はしばしば敵対関係にあり、相争うことになります。例えば、小作農は地主と、労働者は資本家と対立することになります。

 そのような資格社会を一つの国としてまとめるためには、どうしても強力な指導者が必要となります。そして指導者は、いずれの階層のいずれの個人にも通用する明確な言葉で、ともすればバラバラになりかねない集団をまとめ上げなければなりません。そのためには、まず各個人に契約の精神を持たせるとともに、法律を作って平和と秩序をもたらさなければならないのです。

 このような歴史的背景の中で、英語圏にも指導者に関するいくつかのことわざがあります。まず最初、一つの集団に指導者は一人でよいというものです。指導者が多すぎると、その集団はうまく機能しなくなり、仕事もはかどらなくなります。

Too many cooks spoil the broth.《料理人が多すぎるとスープの味がだめになる》「船頭多くして船山に登る」
Too many chiefs, not enough Indians.《酋長が多すぎ、インディアンが足りない》

 対等な指導者が二人いて、しかもどちらも妥協しないもの同士である場合には、「両雄並び立たず」で、いさかいが起こるとことわざはいいます。

・ When Greek meets Greek, then comes the tug of war.《両雄が出会えば決戦が起こる》

 だから、そこには序列がなければなりません。次のことわざがあります。

・ If two men ride on a horse, one must ride behind.《二人で一頭の馬に乗るとすれば、一人は後ろに乗らなければならない》

 一方、一般大衆の方は、指導者の指揮や命令に服従しなければなりません。下手な口出しをして舵取りを誤らせてはいけません。

Don't speak to the man at the wheel.《舵輪を握るものに口出しするな》

D 人間不信から出発した契約社会

 ヨコ社会のデモクラシーは、専制君主を生み出さないための知恵といえます。ヨコ社会には、タテ社会の原理である上下の信頼関係はありません。少し前の封建時代には、王や君主を信頼し、すべてを捧げたがために、搾取と圧政の生まれた歴史を知っているが故に、信頼関係はむしろ悪と見なされるのです。

・ Trust is the mother of deceit.《信頼は詐欺の母》

 その意味で、民主主義は人間不信から生まれた制度であるといってもいいかも知れません。しかし、人間はいつまでも不信のまま共同生活を続けるわけにはいきません。どうしても信頼関係を築かなければならないのですが、そのための切り札となるものは個人レベルでは約束尊重の風潮、社会的には法の下の契約精神の普及であります。

 その点、日本では従来、政治家が多少の嘘をついたり、公約違反をしても許されていたが、英米では嘘をつけば政治生命を失います。逆に、多少の過ちも正直であれば許されるという風土があります。アメリカでは、ニクソン氏は ウオーターゲート事件(民主党本部に盗聴器を仕掛けようとした5人が逮捕された)で、嘘をついたことから大統領辞任に追い込まれましたが、クリントン氏はモニカ・ルインスキーとの不倫を正直に告白し、結局大統領席に居座りました。

 この契約の思想は、さかのぼれば実はその原型は聖書にあります。旧約聖書も新約聖書も、神と人間との契約の書であります。例えば、旧約聖書における「モーゼの十戒」(モーゼがシナイ山に40日こもって神から受けた言葉、すなわち、汝の父母を敬え、汝殺すなかれ、汝姦淫するなかれ、汝盗むなかれなど)がありますが、これを守って正しい生活をしますから、天国に行かせてください、という神との約束です。


(2) タテ社会と調整型社会 

 ヨコの関係の機能が強いヨーロッパ型社会構造に対して、日本のタテの序列制は、構造的アンチテーゼを提出するものです。

@ 「場」で結合する日本社会

 ヨーロッパの社会集団が「資格」で構成されるとすれば、日本の集団は「場」で構成されているといえます。(参照:講談社現代新書「タテ社会の人間関係」中根千枝著)

 以下、中根千枝氏の同書に依拠しつつ、論を進めます。

 場を重んじる社会集団といえば、その代表的なものは「家族」です。家という集団組織のなかには、祖父母、両親、子供、孫という序列がありますが、それはたんに意識の上だけでなく、例えば食事時に座る場所とか、風呂へはいる順番とか、具体的な形となって決められているのです。そして、それが見事に愛情というタテ糸で結びつけられています。それを家族の絆(きずな)といいます。

 家族の中で、子供が大きくなって他家に嫁いだりしますと、家族の「場」を離れることになりますから、「よその人間」になります。また、男の子が嫁を貰うと、他人であった嫁は「家の者」になり、他家に嫁いだ血をわけた自分の娘、姉妹たちより、よそからはいってきた妻、嫁というものが比較にならないほどの重要な地位を占めます。そこでは、「場」の論理が支配しているからです。

 日本社会にはいろいろな社会集団がありますが、すべてこの家族集団のようにそのおかれている場所によって結びついているのです。

 一般の会社の例をとって考えますと、例えば、自己紹介をするとき、たいていの人は「トヨタのものです」といいます。事務系であろうと、現場系であろうと、管理職であろうと運転手であろうと、まず会社名を挙げます。この点で、職業や資格をまず挙げる欧米とは、大いに違うところです。

 また、大学などでは、教授・助教授・講師・助手・学生という身分の違う者の集まりがありますが、教授同士、助教授同士がヨコに結びつくよりは、同じ研究室という場所でタテに結びつくことの方が多いのです。すなわち教授は弟子である講師や助手、学生とより親しい関係を結びます。親分子分の序列関係ですね。教授会の内容が外に漏れることがあるのは、そのためでもあります。

 むかしの日本軍隊でも、将校と兵という異質なものが一つの部隊の中で「タテ」の関係をなして密着していました。同じことが、日本の労働組合についても言えます。たいてい職場単位の労働組合ですから、日本では職種別組合はできにくく、企業別組合ないしは産業別組合になるのです。

A タテから生まれる序列意識


 個人と個人は横に並ぶ関係と考える欧米とちがって、日本では同じ場でタテに並ぶ関係と考えるから、そこにはどうしても格差の意識、序列の意識が生まれざるをえません。

 英米には、家族にも、一般社会にも、長幼の序はありません。brother〈兄弟〉sister〈姉妹〉はあっても、兄、弟、姉、妹という言葉は存在しません。必要なときはやむを得ず、形容詞 older か younger をつけますが、そんな場合は極めてまれであります。それに対して、日本は兄か弟かが大問題となります。双子にさえアニ・オトウト、アネ・イモウトの関係をつけますが、これが欧米人にはわからないのです。

 このようにタテに並んだ集団の秩序を保つのは、年功序列というシステムです。そしてそれを支えるものは、何年にもわたって日本の精神的支柱をなしてきた「和」の精神です。

・ 「和をもって尊しとなす」(聖徳太子)

 タテ社会では序列意識が強いので、人間関係では礼儀が重んじられることになります。

・ 「実るほど頭を下げる稲穂かな」=「実る稲田は頭垂る」

 そして、会話では敬語が発達します。同じ事実を伝えるにしても、日本人は相手の立場に応じてどのように伝えるかに異常な関心を払います。目上であるか、目下であるか、同輩であるか、男であるか、女であるか、絶えずそのことを考えながら、コミュニケーションを行わなければなりません。

 例えば、自分のことをどう呼ぶべきか、このことだけでも大変です。英語では「I」1語で済むところを、日本語では、わたくし、わたし、じぶん、それがし、わがはい、おれ、おいどん、あっち、こちとら、ミー、みども、小生、など、数えればきりがないほどあります。ヒマ人が数えたところによれば、広辞苑には116個の一人称が載っているそうです。みなさんはどれだけ言えますか。

 そしてさらに厄介なことには、使い方が一様でないということです。目下や同輩に対しては、「ぼく」「おれ」でいいが、目上になると、「わたくし」「わたし」と言わなければならない。一人称はI(アイ)一つしかない英語圏の人には、まったく頭の痛くなるような言葉です。

 二人称も同じようなものです。相手も目下か同等なら、「きみ」「おまえ」でいいが、目上なら、「あなた」「あなたさま」と言わなければならないし、場合によっては肩書きで呼ばなくてはならないのです。外国人に取っては、お手上げです。それほど日本語の敬語の使い方は、彼らには難しいのです。

 一方、話は違いますが、日本人が英語を話すとき苦労するのは、日本語の敬語のような面倒なものはない代わりに、英語ではものすごく《数》にこだわるということです。名詞は必ず単数か複数かを区別しなければならないし、加算語か不可算語かをハッキリ区別して使わなければならない。日本語は数にルーズだから、この習慣が日本人にはなかなか馴染めません。

 タテ社会にあって、あらゆるレベルを貫いている階層的秩序は、必然的に人々を上下関係に固定化しますから、そこには道徳的規範としての義理とか報恩の義務が生まれてきます。欧米の契約に代わって、日本人にとっては、何世紀もの長い間にわたって、義理を感じることや、恩に報いることが、道徳観の中で最高の地位を占めてきました。とくに、親にたいする報恩の意識はもっとも強いものがありました。

・ 「父母の恩は山よりも高く、海よりも深し」

 それだけに、人によっては大きな負担を感じることになり、次のようなことわざもあります。ます。

・ 「義理ほど辛いものはない」

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