(2)外来語の誤解                    安藤邦男

@ 外来語は信用できるか?


 この問に答えて、ことわざは「ノー」と言います。

・ Every translator is a traitor.《翻訳者はみんな裏切り者》(attributed to Eusebius Hieronymus - St. Jerome)

 日本と西洋との間の偏見や誤解を引き起こすものに日本語の難しさというものがありましたが、ここでは同じ言葉の問題として、外来語あるいは翻訳語を取り上げてみたいと思います。

 外来語(カタカナで表記されるのでカタカナ語とも呼ばれている)は外国語を翻訳・輸入したものですから、原語の意味を正しく伝えていると思われがちですが、必ずしもそうではありません。最初から誤訳される場合もあるし、誤訳されないまでも長い間カタカナ語として使用しているうちに原語の意味からズレてくるものもあります。そのような例を二、三、挙げてみましょう。

A 「レディー・ファースト」の誤解

 まず、レディーファーストという言葉を取り上げてみましょう。英米はレディーファーストの国だと思われています。アメリカ映画などを見ると、男は女に対してやたらに優しく、男はタクシーのドアを開けてやるし、レストランに行けば、外套を脱がせたり、イスを当てがって座らせたりしてくれる優しい男ばかりです。家に帰れば、家事は分担してやってくれるし、女性にとってこんないい社会はないと思ってしまう。さすが、英米はレディーファーストの国であると思いこんでしまいます。

 つまり、レディーファーストという言葉を聞くと、すべての面で女性が優遇されていると日本人は考えがちですが、それは大間違いです。例えば、英和辞書で ladies first を引くと、たいてい「ご婦人からお先に」,と訳してあり、 《女性と一緒にドアを通り抜けるときなどの礼儀正しい男性のせりふ》と説明してあります。つまり、レディーファーストとは、せいぜいドアを通るときの優先順位に過ぎません。社会のあらゆる面で女性が優先されていたら、一昔前のウーマンリブや最近のフェミニズム運動など起こるわけがありません。

 例えば、家庭の金銭の扱いを見てみると、アメリカ人の夫は9割が財布を握っています。最近の共働きの家庭はそうでもないようですが、夫だけが稼いでくるという家庭では、依然として夫が家計のすべてを管理しています。妻が管理するというのは、1割だけといいます。

 これには、歴史的事情もあります。開拓者時代のアメリカでは、西部へ向かったのはまず男たちでした。男たちは西部に定住し、そこで家庭を築こうとしましたが、未開の西部には女性の数が少なく、彼女たちは自ずと大事にされたわけです。

 そのほかに驚くべきレディーファーストの起源があります。これはイギリスの例ですが、むかし騎士道華やかなりし時代、権謀術数が渦巻き、暗殺・毒殺は日常茶飯事、騎士たちはいつ敵にやられるか知れません。自宅に訪問者があると、まず妻を先頭にして歩かせ、扉を開けさせたりしました。女性ならいきなり斬りかかられることはあるまいという判断でしょうが、それにしてもまったく安全というわけではありません。名実ともに夫の身代わりにされたのでした。これがレディーファーストの始まりだというのです。


B 「 弱き者よ、汝の名は女」の誤解

 これも誤解を招く外来ことわざです。一見、女性の弱さをいたわることわざのように思われますが、実はそうではありません。ほんらいは、女性の貞操観念の無さ、つまりふしだらさを嘆く言葉であったのです。

・ Frailty, thy name is woman.《 弱き者よ、汝の名は女なり 》

 このことわざの原典はもちろん、シェークスピアのハムレットです。ハムレットの母親は夫(つまりハムレットの父)が死ぬと、すぐに父の弟(つまりハムレットの叔父)に心を動かし、再婚してしまいます。それを見て、ハムレットは上記の言葉を言うのです。誘惑にもろい、という意味がもとの意味ですから、はじめから「もろきもの」と訳せばよかったのですが、「よわきもの」と訳したばかりに、このような誤解が生まれたのです。坪内逍遙は後に、「弱き者」を「もろき者」と改めましたが、最初の訳語が広まってしまいました。

C シンデレラの「ガラスの靴」の誤解

 上の例のように、一度人の心の中に根付いた考えや記憶は、それが間違いだとわかって後から訂正してもなかなか改まらないものです。その面白い例をひとつ紹介します。

 イギリスの有名な百科事典「ブリタニカ」によれば、シンデレラの「ガラスの靴」というのは、「リス皮の靴」の誤訳だというのです。

 「シンデレラ姫」を最初に紹介したのは、フランス人のペロー(1628〜1703)という童話作家で、彼はヨーロッパの古くからある民話を土地の古老たちから聞き取って書き記したのですが、そのとき、発音が同じだったものですから、リスの毛皮(vair)をガラス(verre) と間違えて書いてしまったといいます。以来、ガラスの靴として定着したというのです。

 しかし、間違いだといっても、いったん「ガラスの靴」と決まったものはなかなか「リスの毛皮の靴」にはならないものです。考えてみれば、「ガラスの靴」の方が、王様の宮殿や魔法使いの作りだしたものとしては、よりふさわしいといえます。ガラスの靴が果たして履けるかどうかという疑問はどうでもいいのです。超現実的な童話の世界では、美しく、幻想的でありさえすれば、許されるのでしょう。

 ついでながら、シンデレラの元の原語の意味は汚い「灰かぶり女」なのですが、それでは夢が消えます。やはり、シャンデリアを思わせる「シンデレラ」、そして「ガラスの靴」でなければならないのです。それを見事に言い表したのが、次のことわざです。


We soon believe what we desire.《自分の望むことはすぐに信じるものだ》

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