エドガー・アラン・ポオについて

―『エドガー・アラン・ポオ論ほか』の補 遺 と 解 説 ― (2010,4,19

第1部

1.ポオ概観

 時 代 ポオの生きたアメリカ・ロマン主義の時代はイギリスのそれより20年遅れている。

                     参照 → [注1] 「ポオの時代の簡略年表」P.14

 人間像  多重人格「ポオの身体には悪魔と天使が同時に住みついている」(N..ウィリス)

孤児、肉親愛の欠如と渇望、偏執的性格、ノイローゼ、矛盾の塊 

参照 → [注2] 「ポオの年譜」P.15

    ジャンル = 詩、物語、評論と多岐にわたる。

       = 天文、航海、暗号、心理、催眠術、殺人、死、幽霊、宗教、哲学

         = 天国から地獄まで、宇宙から自意識まで、科学から幻想まで

スタイル = 幻想的、恐怖的、象徴的、詩的、科学的、推理的、諧謔的

 詩 文 『ヘレンに』『鐘の歌』『アナベルリー』『大鴉』『ユリーカ』など50編以上。

 評 論 『マルジナリア』『詩の原理』『構成の哲理』など。

物 語  @ 異常心理もの =『群衆の人』『ウィリアム・ウィルソン』『天の邪鬼』など。

A 恐怖サスペンスもの =『黒猫』『陥穽と振り子』『早すぎた埋葬』など。

B 美女再生譚 =『ベレニス』『リジア』『モレラ』『アッシャー家の崩壊』など。

C 推理探偵もの =『モルグ街の殺人』『盗まれた手紙』『黄金虫』など。

D 滑稽ホークスもの =『鐘楼の悪魔』『使い切った男』『煙に巻く』など。

E SF・空想科学冒険もの =『メエルシュトレエムに呑まれて』『ハンス・

プファアルの無類の冒険』『壜の中の手記』など。

F 庭園風景もの 『アルンハイムの地所』『ランダーの別荘』

 

2.ポオ作品の紹介(代表的なもの)

(1)詩 文

『アナベル・リー』 年前に逝った妻ヴァージニアへの思いをこめたバラード風の詩。

ポオの死後2日目にニューヨーク・トリビューン紙に掲載。 

参照 [注3] 『アナベルリ―』の最初の2節 P.17

『大鴉』 繰り返し句nevermoreが迷信的気分の醸成に寄与。大鴉は悲しみの象徴。

(あらすじ) 恋人レノーアを失った語り手が書斎で読書していると、大鴉が部屋に入り込む。戯れに名前を尋ねると、返る答はNevermore。最後に「天国でレノーアと再会できるか」の質問に大鴉はまたもNevermore(またとない)と答える。大声で大鴉に冥界に戻るよう命令するが、大鴉は動かない。そして私は思うのだ、「この大鴉の落とす影から私の心が逃れることはNevermore(またとない)」と。

『ユリーカ』散文詩による宇宙創生譚。天文学と形而上学の融合、詩と散文の合体。

(あらすじ)省略                [参照] → 「単一回帰のパタン」P.

 

(2)評 論 『構成の哲理』や『詩の原理』などで、象徴的手法に理論的基礎を与えた。

後年、モダニズム文芸理論やロシア・フォルマリズム理論への道を開いた。

『構成の哲理』 『大鴉』創作の手続きを詳細に叙述。創作の秘密を明かした衝撃の書。

(作詩の手続き)

@    詩から受ける魂の高揚の限度は100行。

A     詩の最高のトーンは悲哀、美女の死が最高のテーマ。

B    フレインnevermoreを繰り返す口実を考案。

C    械的に繰り返す鴉と恋人の死を嘆く男を登場。

D    れの問いから次第に絶望に高まる問い。

E    の夜、一軒家、パラスの彫像などの設定。

F    き出しはクライマックス から遡って全体を書く。  

               参照 [注4] 「『大鴉』のクライマックス」P.17

              

(3)物 語

@ 異常心理もの 偏執狂的心理、ポオ自身が色濃く投影。フロイト学派の格好の研究対象に。

D・H・ローレンスいわく「ポオは自我を坩堝の中で還元、化学的分析を行なった。」

『ウィリアム・ウィルソン』 ドッペルゲンガー(自己像幻視)やデジャヴュを描写。

(あらすじ)イングランドの古い小学校に同姓同名、生年月日も同じの瓜二つの生徒がいて、常に反抗的な態度をとるので、次第に彼を憎みだす。やがて私はイートンへ入り、放蕩の限りを尽くすがもう一人のウイルソンは私の放埓な行動を妨げる。ヨーロッパへ渡ると、そこへも追いかけて来る。思いあまってついに彼を刺す。彼は「君は僕を殺すことで君自身を殺した」と言って息絶える。

『群衆の人』 群衆が安住の地という近代人の孤独感を描く。群衆の描写が素晴らしい。

(あらすじ)私はロンドンの目抜き通りで、偶然一人の老人を見かける。老人は一昼夜にわたって歩き回り、私は後をつける。人通りが少ないと元気をなくし、人ごみの中へ入ると生気をとりもどす。その様子を見て、私は「彼は一人でいるに堪えられない『群衆の人』だ」と思う。そして、「人間の最悪の心は読解を許さない醜悪な書物だ。そしてそのことは神の慈悲の一つである」と悟る。

『天の邪鬼』 してはいけないという思い込みが、逆にさせるという異常心理を描く。

(あらすじ)ロウソクに毒薬を仕込んで人を殺したが、咎められることなく、完全犯罪は完成し、私は満足する。しかし天の邪鬼な心理が働き、「人に話しさえしなければ大丈夫だ」という安心感は「話していけない」という強迫観念に変わり、その悪夢を振り払おうと町通りを駆けだした途端、眼は眩み、耳は弄して、公衆の前で思わず殺人を告白してしまう。

 

A 恐怖サスペンスもの 美女の死や殺人にまつわる心理を克明に描いて、恐怖感をあおる。

『黒猫』異常心理ものと共通する。話していけないという強迫観念が逆に働く物語。

(あらすじ)酒癖の悪い私は飼っていた黒猫の片目をナイフでえぐり取り、殺してしまう。暫く後、また猫を飼うが、偶然にもその黒猫も片目、気味悪くなり、殺そうとするが、誤って制止する妻を殺してしまう。妻の死体を壁に塗りこみ、警察の捜査を交わすが、生来の天の邪鬼から壁を自慢げに叩くと、猫の鳴き声がして犯罪が露見する。妻の死体といっしょに、黒猫を壁の中に塗り込んでいたからである。

『陥穽と振り子』 刻一刻と迫りくる死の恐怖を劇的に描く物語。

(あらすじ)異端審問官によって私は真っ暗な牢獄の中に閉じ込められる。気がつくと身体は椅子に縛り付けられ、頭上からは先端の尖った大きな振り子が降下してくる。とっさに縄に残飯を擦りつけ、鼠に齧らせて、間一髪脱出するが、今度は灼熱の壁がせり出してくる。床の真ん中に開けられた穴に落ち込みそうになった瞬間、異端審問所を制圧したラサァル将軍に救われ、その腕に抱かれていた。

『タール博士とフェザー教授の療法』 ホラーとホークスをない混ぜた奇想天外な小説。

(あらすじ)私は南仏のある精神病院を訪問する。ここでは患者は構内を自由に歩き回れるという、鎮静療法で有名であった。私は院長に歓迎され、晩餐会に招待された。テーブルを囲んだのは看護人を含めて二十数名の従業員、女性が多く、服装も派手、そのうちに話題が患者たちのことに移り、その様子を話し始める。自分が茶瓶になったと思う男、ロバだと思う男、コマだと信じて回り続ける患者など、それを喋る彼らの態度は俄かに狂気の匂いが立ちこめてくる。じょじょに不安を感じ始めたとき、病棟から全身真っ黒なオランウータンのような人々の群れが窓を破って侵入、看護人の男たちに襲いかかる。実は、彼らはかつての看護人たち。院長自身が発狂し、彼の指揮で狂人が看護人たちを襲って縛り、体中にタールを塗って地下室に放り込んだのであった。

『メッツェンガーシュタイン』

(あらすじ)仲の悪い隣家に放火したメッツェンガーシュタインは、そこから逃れてきた馬を乗り回していたが、やがて今度は自分の家が火事になる。外から帰ってきた彼は、馬もろともその燃え盛る屋敷の火の中へ飛び込んで行った。主人公の恐怖と執念がリアルに感じられる、序盤からラストまで怪奇趣味で彩られた作品。

『アモンティリャアドの酒樽』

(あらすじ)屈辱を受けた男が、相手に復讐をする話。相手を地下の穴倉に誘い込むと、そこは墓場、そこに相手を置き去りにし、出口をふさぐ。自分の手は汚さず、誰にも気づかれず、何より相手に長時間恐怖を与えつつ、生き埋めにして殺すという復讐譚。ちなみに、〈アモンティリャアド〉とはスペイン産のシェリー酒のことである。

『早すぎた埋葬』

(あらすじ)ここでは、死者の蘇生の話がいくつか語られる。墓場での生々しい体験。早すぎる埋葬への恐怖、その幻覚など。そして語り手自身の体験が語られる。全身硬直症の持病のある彼は、その発作を死と誤解され、埋葬されるーそんな体験を幻想として夢見る。その恐怖から目覚めたとき、主人公の全身硬直症は治っていた。

『赤死病の仮面』

(あらすじ)国中に「赤死病」(血を吹いて死ぬ疫病)が猖獗を極めるなか、プロスペロ公は城郭の殿堂に千人の騎士や貴婦人を呼び寄せ、世間から隔離した世界で仮装舞踏会を催した。踊り狂う彼らの中に、死に装束に身を固めた怪人物が現れる。傍若無人な振る舞いに激怒した公が捕らえようと近づいたとき、彼は公を短剣で殺す。取り巻きたちが彼を捕らえてみると仮装の下はもぬけのから、怪人物は「赤死病」の権化だった。そして殿堂の者はすべて死に絶えるという恐怖物語。絢爛豪華な宮殿の内部の描写がすばらしい。

B 美女再生譚 幼い従妹との結婚など自伝的色彩。心理描写はロリコン的、マザコン的。

『ベレニス』

(あらすじ)快活な従妹のベレニスと結婚。しかし彼女は癲癇の発作に見舞われるようになり、一方、私は生来の偏執狂患者である。次第に彼女が不気味になり、とくにその歯が嫌悪の対象になった。やがてベレニスは癲癇で死ぬ。悪夢の数日、私にはその間の記憶がない。ところがある日、召使から、彼女の墓が暴かれ、その身体は傷だらけだと聞く。気がつくと、私の衣服は血と泥にまみれ、側には鋤が置かれてあった。そして机上には小箱が。開けると、中から人間の歯が何本も出てきた。もぎ取った犯人は、私だったのだ。

『リジイア』

(あらすじ) ライン河畔の古い町でリジイアを知る。深い学識の黒髪の美人。恋に落ち結婚。だが彼女は数年後病気で死ぬ。放浪の挙句イングランドへ。やがて金髪碧眼の花嫁と再婚。だが互いに愛を感じることなく、二か月後、彼女は精神を病み、病床に伏すようになった。ある晩、元気づけるためにワインを飲ませようとすると、盃にいずことも知れぬ天からベニ色の雫が垂れ落ち、それを飲み干した彼女は息絶える。蘇生の処置をすると彼女は生き返ったが、なんとそれは黒髪と黒い瞳のリジイアに変身していた。

『エレオノーラ』

(あらすじ)人里離れた谷間の世界で、私は従妹のエレオノーラとその母親と暮らしていた。成長するとやがて愛が芽生える。しかし、彼女は不治の病で死ぬ。その直前、私は彼女にその愛を裏切ることはしないと誓う。しかし、さみしさに耐えかね、私は谷間を離れ、見知らぬ街に行く。そこでアーメンガードなる乙女に会い、恋し、結婚した。ある時、かつての優しい息遣いが聞こえ、どこからともなく声が聞こえた。「あなたはアーメンガードを受け入れたとき、エレオノーラに言った誓いから解放されたのです。」 いつもの物語と違って、ここでは二番目の恋人への愛が許されている。たぶん、アーメンガードはエレオノーラの化身だからであろう。

『モレラ』

(あらすじ)才色兼備のモレラは、献身的に私を愛してくれた。しかし私は彼女に愛を感じたことはなかった。次第に彼女が鬱陶しくなり、やがて恐怖を感じるようになった。モレラが病気になり、やつれていくにつれ、私は彼女の死を望むようにさえなった。そして、モレラは子供を産み落として、死んだ。「私の死後、あなたには苦しみが訪れる」と予言を残してー。子供は大きくなるにつれて、母親そっくりになった。私は彼女を愛していた。10歳になり、洗礼式での命名の儀式で、牧師に「モレラ」の名を告げると、傍らの彼女は「ハイ、ここに」と答えたかと思うと、そのまま死んだ。死体を納骨堂に収めようとすると、そこには母親のモレラの遺体はなかった。

『アッシャー家の崩壊』

(あらすじ) 雲のたれこめた暗い秋の日、私は招待されたアッシャーの邸宅に辿りつく。ロデリック・アッシャーは精神を病んで変わり果てていた。聞けば、双子の妹マデラインも病気という。暫くすると妹は死ぬ。遺体を安置所へ置いて数日がたったある晩、彼は私の部屋へ入ってきて、妹が生きていると言う。その時扉が開くと、経帷子姿のマデラインが現れ、兄に向って突進、その身体に覆いかぶさる。兄は押し倒されて息絶える。私は逃げ出し、振り返ると、巨大な館は嵐の中、真っ二つに裂け、沼の中へ崩壊していった。

 

C 推理探偵もの 推理する探偵と素人の聞き手のスタイルを創始。推理小説の定石となる。

『モルグ街の殺人』

  (あらすじ) モルグ街の或る家で親子が惨殺される。娘の遺体は煙突に押しこまれ、母親は刃物で喉を切られていた。犯人の使った言葉を何人かが聞いていたが、それぞれスペイン語、イタリア語、フランス語だというように、証言が異なっていた。そこでデュパンは新聞記事から推理、犯人を特定するが、なんとそれはオランウータン―。

『盗まれた手紙』 常識の盲点を突く物語。

  (あらすじ) フランスの王宮で、貴婦人がさる高貴な方の秘密が書かれた手紙をD大臣に盗まれてしまう。貴婦人に頼まれた警視総監の率いる警察は、大臣の留守中に邸宅を徹底探索するが、手紙を発見できない。そこで、総監はデュパンに頼む。デュパンは大臣宅へ行き、即座に発見する。手紙のあった場所はなんと、暖炉に上にかかった状差しに―。

『黄金虫』 暗号の読解が見事。財宝を探す冒険小説的要素も含まれる傑作。

(あらすじ) 私はある日、友人のレグランドを訪問すると、彼は黄金色の珍しい甲虫を発見したと語る。帰ってから一ヶ月ほど過ぎると、召使が私を呼びに来た。友人は様子がおかしくなり、部屋に篭ったままろくに食事も睡眠もとらなくなったという。心配だからきてほしいというので、行ってみると、主人公は大笑いして、「僕は正常だ、キャプテン・キッドの財宝を見つけたから、今から探しに行こう」と私を誘う。そして、見事宝物を発見するのであるが、その後で暗号の謎解きが明かされるのである。意外な暗号文の隠し場所と、オーソドックスな暗号解読の推理小説的要素に加えて、さらにこの時代に流行した宝探しの冒険小説的要素も含んだ傑作である。  

         参照  [注5]『黄金虫』の暗号読解の方法」P.17

『マリー・ロジェの謎』

(あらすじ) 香水店の売り子のマリーが謎の失踪を二度おこない、二度目は水死体として発見された。名探偵デュパン登場、犯人を特定する。

『お前が犯人だ』

(あらすじ) 資産家のシャトルワーズ氏が行方不明になった。彼にはベニフェザーという甥がいた。隣家の友人であるグッドフェロウ氏は、村の人たちを引き連れ、捜索に出かけ、森の池の中にシャトルワーズ氏の死体を発見する。そばに甥のベニフェザーのチョッキがあって、彼が逮捕された。暫くたったある日、夕食会が行われ、会場に注文してあった葡萄酒が届いた。その大箱を開けると、中からシャトルワーズ氏の死体が飛び出し、グッドフェロウ氏に向かって「お前が犯人だ」と叫んだ。仰天したグッドフェロウ氏は、犯行を自白した。物を言う死体のカラクリは、かねて疑いを持っていた私が仕組んだもので、声は私の腹話術だった。

『メルツェルの将棋差し』

  (あらすじ) 実際にあった将棋(チェス)を指すロボットに関する考察。メルツェル氏の作った将棋を指すロボットは、中に人間が隠れていると推理する。そしてミステリーの謎解きで、それを証明してみせる。

D 滑稽ホークスもの 冗談話の伝統を継ぐもの、ポオの場合風刺や寓話となっている。

『鐘楼の悪魔』

(あらすじ) 時計に合わせて規律正しい生活をしている町の人たちの所へやってきたのは、 悪魔であった。彼が鐘楼に陣取って、続けさまに鐘を鳴らすと、町中に混乱が起こる。時計に支配された現代社会を皮肉った物語である。

『眼鏡』

(あらすじ) ある劇場で、私は絶世の美女に一目惚れをした。しかし、いざ結婚する直前に、彼女は82歳になる自分の曾曾祖母だと判るというどんでん返し。眼鏡をかけない主義の私が犯したとんでもない間違いだった。最後に私が結婚することになったのは、彼女ではなく、彼女の親せき筋の若き未亡人であった。近眼による思い違いの喜劇だが、相手の女性の美しさや愛の激しさの描写が素晴らしい。

『ちびのフランス人はなぜ手に吊包帯をしているのか』

(あらすじ) 准男爵のおれは美男、隣家のフランス人に連れられて未亡人のところへ行った。未亡人を二人で囲んで腰かけ、おれは未亡人の手を握っていたと思ったところフランス人の手だった」ので、別れ際腹いせに力いっぱい握ってやった。それが、やつの吊包帯をしている理由である。

『名士の群れ』

(あらすじ) 私は「鼻理学」(鼻の学問)の論文を書いて、町中に賞賛の渦を起こす。ある会合で罵倒され、決闘で相手の鼻を撃ち落とす。友人たちは一層罵倒した。意気消沈する息子に父は言う。「名士の偉さは鼻の高さに比例するが、しかし鼻を持たない名士にかなう者はいない」。それがオチである。

『ボンボン』

(あらすじ) 哲学者ピエール・ボンボンと悪魔との対話。哲学者兼料理人ピエールのところに悪魔が訪ねて来る。紳士的な悪魔との対話が面白く、笑える。

『息の喪失』

(あらすじ) 呼吸を無くし、死人として扱われた男が遭遇する奇妙で、ナンセンスな物語。

『約束ごと』

(あらすじ) 夜、ヴェニスの運河を船で渡っていたとき、聳え立つ侯爵の館のベランダから夫人の赤子が運河に落ち、水中に沈んだ。大勢の人たちの必死の捜索も空しく、諦めかけていたころ、一人の男が川に飛び込み、赤子を救い出した。彼はその界隈で有名な富豪の名士、しかもギリシャ彫刻にも似た美青年だった。夫人は彼に「貴方は私を征服なさった」と囁いて、翌日密会することを約束した。しかし、その日、夫人の服毒死の知らせがもたらされたとき、彼も毒杯を呷っていた。

『使い切った男』

(あらすじ) 語りの妙が冴える。元軍人のジョン・スミスの正体を何人もの人に訊くが、誰も教えてくれない。最後に本人に会いに行く。すると、彼の身体は、義足、鬘、義歯、義眼、付け顎など全て作り物で成り立っていることが判った。彼は「使い切った男」だったのだ。

『×だらけの社説』

(あらすじ) ある街へ新しくやってきた主筆のブレットヘッド(弾丸頭)氏と、前からその街にいたやはり主筆のジョン・スミス氏との間の、新聞の社説を通しての論戦物語り。相手新聞に「う」の活字を盗まれ、やむを得ず「×」で代用した記事を印刷することになり、それがまた事件を呼ぶという話。

 

E SF空想科学冒険もの ポオは科学的事実を取り入れ、真実味を持たせる技法を樹立。

『メエルシュトレエムに呑まれて』 渦巻から危うく脱出した男の語る異常体験である。

(あらすじ) ノルウェー方面に航海している途中、語り手の船も他の船も、すべて大渦に捉えられてしまう。だがよく観察すると、大きな船は早く渦の中心に向かって落下していくが、小さな丸い物は落下が遅いことに気付く。そこで自分の身体を丸い樽に縛り付け、船を離れる。この冷静な工夫によって、やがて干潮が満潮に変わると、渦から逃れることができた。そして海面を漂流しているうちに、別の船に助けられるという物語。

アーサー・ゴードン・ピムの物語』

(あらすじ) ピムが乗り込んだ捕鯨船は暴風雨で漂流し、南極に向かう別の船に救出されるが、途中で帰港した島の原住民に襲われ、ピムら3人はからくも脱出する。カヌーで南に向かうと、海面は次第に波立ち、彼方には水蒸気が立ち込め、カーテンのような瀑布が立ちふさがる。カヌーはその裂け目をめがけて突進していくが、そこには経帷子を来た雪のように真っ白な巨人の姿があった。

『ハンス・プファアルの無類な冒険』 月世界への旅行記。最初のSF小説。

 

F 庭園風景もの 理想的な美を求め人工楽園を創造する話。『アルンハイムの地所』とその続編

である『ランダーの別荘』における風景描写は緻密を極める。ポオの造園学知識は半端でない。

『アルンハイムの地所』

(あらすじ) 莫大な遺産を相続した詩人のエリソンは、理想的な美を求めて、神の創造した自然でなく、詩人の手になる新たな美と調和をめざした人工庭園の楽園を創造する。

          

3.世界文学への影響

@ 象徴主義運動 ボードレール()の翻訳によりマラルメ、ランボーなどに影響。評論『構成の哲理』や『詩の原理』で、象徴的手法に理論的基礎を与えた。

                       参照 → [注6] 「象徴主義とは何か」P.18

A 異常心理 『ウィリアム・ウィルソン』で、ドッペルゲンガー(自己像幻視)を描き、ドストエフスキーの『分身』、スティーブンソンの『ジーキル博士とハイド氏』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』に、日本では谷崎潤一郎の『金と銀』、芥川龍之介の『二つの手紙』などに影響。また『群衆の人』で、近代人の孤独感、『天の邪鬼』『告げ口心臓』などで、強迫観念による屈折心理、『ベレニス』や『リジイア』ではロリコン、マザコン、近親相姦などを描写して、現代文学へ影響した。

B ホラー小説 18世紀に流行したゴシック・ロマン(幻想・恐怖)の流れをくむが、ポオはとくに美女の死にまつわる恐怖心理などを克明に描くことで恐怖感をあおる作風を樹立した。

C 推理小説 『モルグ街の殺人』や『盗まれた手紙』の探偵もので、探偵と素人の聞き手のスタイルを創始、推理小説の定石となる。コナン・ドイルのホームズとワトソン、野村胡堂の銭形平次とガラッ八などの組み合わせに影響。『黄金虫』で、暗号読解小説を創始。ドイルの『踊る人形』、江戸川乱歩の『二銭銅貨』などに影響。

D SF(空想科学小説)『ハンス・プファアルの無類な冒険』『メエルシュトレエムに呑まれて』で、ジュール・ヴェルヌ()の『海底二万里』『八十日間世界一周』、H・G・ウエルズ()の『タイム・マシン』『透明人間』に影響を与える。

E 庭園風景小説 『アルンハイムの地所』や『ランダーの別荘』などは、最近アメリカで「庭園風景小説」という新しい文学のジャンルとして研究されるようになっている。自然についての美学を語る一種のユートピア小説である。ユートピア願望の流れは映像文化の現代になると、ユニバーサル・スタジオやディズニーランドの野外のセットに生かされることになる。また日本では、佐藤春夫の『田園の憂鬱』、谷崎潤一郎の『金色の死』、江戸川乱歩『パノラマ島奇談』などに影響を与えた。

 

4.日本文学への影響

@ ポオ翻訳の歴史 ポオほど多く翻訳され、文壇でも一般読者にも読まれた外国作家はいない。『西洋怪談黒猫』(明治20年饗庭篁(あえばこう)(そん)翻案)は、ポオ翻訳の嚆矢である。

A 影響を与えたポオの散文の特徴 厳密な描写の散文。現実にないもの、想像の世界にあるものを本当らしく見せる技術、ファルス(ホークス)も、怪奇ものも、推理ものも、純愛ものも、すべて超現実でありながら、現実さながらの様相を呈する、いわば「想像のリアリズム」とでも言うべきものである。それは、現在コンピュータ用語から一般化した「バーチャル・リアリティ」(仮想現実)と類似した概念である。

B 影響を受けた作家たち

夏目漱石 ポオの文章を「眼前に展開する活動写真を凝視して筆記するよう」と言う。

芥川龍之介 ポオから学んだ描写をヴェリシミリチュードVerisimilitude ( 迫真性)と呼び、「Poeが短編作家としての成長はこのrealistic methodRomantic materialとの調和にあり」という。

三島由紀夫 「私の好きなのは『アッシャー家の崩壊』『リジイア』『モレラ』『ベレニス』『エレオノーラ』・・・など、能の鬘物を思わせる死臭の漂う物語、もう一つは『ボンボン』『ペスト王』『鐘楼の悪魔』などのファルスである。・・・偏執と笑いが上述の二種の作品群の主調音である。」「ファルス作品の魅力は、馬鹿話の陰に身を隠しおおせたとき、知性はもっとも美しいものになるという逆説にある。」

江戸川乱歩『D坂の殺人事件』はポオの『群衆の人』の書き出しとそっくりである。「私はその晩もいつもの往来に面したテーブルに陣取って、ボンヤリ窓の外を眺めていた。」

坂口安吾×だらけの社説』や『ボンボン』などのバカ話を愛読。自らも「風博士」という散文のファルスを書いている。

大岡昇平「『野火』の全体のワクになっているのは、ポオの『ゴードン・ピム』という長編小説です。」「『野火』はポオやスチブンスンを下敷きにしている。」「死を前にした人間に現れる《好奇心》は『メエルシュトレエムに呑まれて』にある。」

小林秀雄「わたしはポオの作品を有名なボードレールの翻訳を通じて、学生時代のころ知った。その後ランボーに出会うまで、ポオは、ボードレールとともに私が一番熱心に読んだ作家である。」「一番最初に読んだのは『アモンチリャアドの酒樽』だった。」

埴谷雄高『メエルシュトレエムに呑まれて』について次のように言う。「それは私達の世界と寸分違わぬほど似ていながら、しかも、まったく同一と見られるところの・・・いってみれば・・・〈鏡の向う側の世界〉・・・。」「『ユリーカ』で・・・天文学の支配的理論である膨張字宙論とまったく逆の収縮宇宙論へ傾いているのは興味深い・・・そのとき私達に新鮮な衝撃を与えるのは・・・〈渦巻きの運動〉を眺めたとき直ちに、〈単一への復帰〉を思い浮べる具体的な直感の閃きである。」

 

 

第2部

単一(ユニティ)回帰〉の思想と『ユリーカ』

〈はじめに〉

ポオの文学と思想を一言でまとめるとすれば、〈単一回帰〉という言葉で表現できる。それが完全な体系として表現されたのは『ユリーカ』であるが、それまでのポオの作品の多くにその萌芽がみられる。その段階では、ポオはまだ〈単一回帰〉を意図していないし、自分の思想のそのような傾向に気づいてもいない。それが漸く明確な形をして示されるのは、『ユリーカ』の2年前に描かれた『催眠術の啓示』であった。

ここでは、まず〈単一回帰〉のパターンを示し、それがどのようにポオの作品や理論で繰り返され、最終的に壮大な世界観として『ユリーカ』に結実していったかを見たいと思う。

〈単一回帰のパタン〉

 

〈単一回帰パタンのモデル図〉→

 

散文詩『ユリーカ』は、単一の原子から始まった宇宙が再び

単一の原子に還るまでの、いわば宇宙の一生を描いた哲学的宇宙

論である。そこに集約されているのは〈単一回帰〉あるいは〈原初

復帰〉の思想である。放射され分散していた物体が原初の単一(統一体)に収縮しつつ戻る過程で、生物の知力や精神力は高度になり、最終的に単一体に収斂する。そこは引力も斥力もない無物質、つまり虚無である。この虚無こそ神意であり、神そのものである。そしてそこで、人間の意識も神の座に達する。

 

〈モデル図の詳細〉

原初単一体 → 原子群放射 → 極限に拡散 → 放射中止 → 各地点で引力により中心へ収縮 → 各地で星雲が形成 → 旋回運動 → 遠心力で外皮が剥がれる → 惑星の形成 → 惑星に衛星の形成 → 太陽系などの星団の形成 → 収縮過程で斥力が発生 → 斥力が電気・光・磁気を生む → 生命の発生 → 意識の発生 → 収縮はさらに継続 → 意識の高度化 → 各星雲が恒星へ → 各恒星が星団へ → 各星団は巨大恒星へ → 各巨大恒星は原初の単一へ凝縮・終焉 →  回帰  単一体・無物質・虚無・神  → 再放射 → ・・・

 

〈宇宙論としての『ユリ―カ』〉

20世紀になってソ連の宇宙物理学者アレクサンドル・フリードマンは、定常宇宙論(宇宙不変説)を否定し、「ビッグ・クランチ論」(膨張する宇宙はいずれ収縮に転じ、一点に凝縮するという論)を提唱した。ビッグ・クランチ論に似ているポオの『ユリーカ』は、むろん現代の科学宇宙論の精緻には及ばないが、当時の宇宙科学の成果をふんだんに取り入れ、それにポオ自身の哲学的考察を含めた壮大な宇宙創生譚である。

 

1.実生活に表れた〈単一回帰〉のパタ―ン

宇宙の収縮運動が旋回して行われるように、彼の人生も紆余曲折を経て元に戻っている。

〈創作活動〉詩で始まった生涯は、雑誌記者の雑文、短編、評論などを経て、詩に戻った。

〈求愛行動〉16歳でセアラ・ロイスターと婚約、女性遍歴の後、40歳で再び彼女と婚約。

 

2.作品のジャンルに表れた〈単一回帰〉のパタ―ン

ポオは詩、物語、批評などさまざまなジャンルに手を出したが、しかし最後には様々なジャンルの糾合体としての〈単一〉に帰り、『ユリーカ』を完成した。『ユリーカ』は、ポオの著作活動が原初の単一を求めて収斂(しゅうれん)した結果と見ることができる。それゆえ、『ユリ―カ』は分類を許さない統一体であり、散文詩、ロマンス、探偵物語、SF、滑稽風刺、科学的宇宙論、哲学など、あらゆるジャンルの性格を内蔵する文学作品である。

 

3.短編物語に表れた〈単一回帰〉のパタ―ン

 

@ 渦巻きは〈単一回帰〉のアレゴリー(寓話)

『壜の中の手記』『メエルシュトレエムに呑まれて』などの難破船ものでは、最後は渦巻きに呑みこまれることで終わる。語り手は死を招く渦巻きに近づくにつれ、恐怖よりむしろ喜びを感じ始める。ここに暗示されていることは、破滅に近づくにつれて宇宙の秘密を入手できる予感であり、死が喜びになる世界、人間と神との合体の世界が予見されている。

 

A 死からの再生は〈回帰した単一の再生〉のアレゴリー

『ベレニス』『リジイア』『モレラ』などの美女再生譚では、極限された場所での愛と憎しみが激しく燃え盛る。まるで収縮に向かう宇宙の生命力が燃焼するように強烈である。そして彼らは最後には死と一体となるが、再び死から蘇る。ちょうど単一に回帰した虚無が再び放射を始めるように―。ここでは、死は単なる死ではなく、再生のための死である。

 

B 異質の精神の死における合体は〈単一回帰〉のアレゴリー

『アッシャー家の崩壊』では、一方が理性的で他方が感性的という異質の双生児の兄妹が、異質なるがゆえに強く牽引し、同時に反発しあう。しかし最後に抱合しあって死ぬということは、死において異質の二人が精神的、肉体的に同質性に帰着し、単一回帰することを意味する

 

C 分裂した自我の一体化による回復は〈単一回帰〉のアレゴリー

『ウィリアム・ウィルソン』〈ドッペルゲンガー[自己像幻視]〉〈デジャヴ[既視感]〉、『群衆の人』〈孤独感[共同体復帰願望]〉、『黒猫』『天の邪鬼』〈天の邪鬼心理[強迫観念による不合理行動]〉などの異常心理ものでは、病的に分裂した自我が最後には〈一体化〉の行為によって、分身を殺したり、群衆に埋没したり、良心に帰依したりして、自己のアイデンティティーを回復する。

 

4.文学理論に表れた〈単一回帰〉のパタ―ン

 

@ 作品の効果の統一としての〈単一性〉

宇宙のさまざまな現象は相互に無限の関連を有し、しかも一つの原理によって統一されているとポオはいう。その統一の原理こそ、そこから万物が発生し、そこへ万物が回帰すべき原初の〈単一〉性である。芸術創造もそのような〈単一〉の原理に基づいてなされなければならないという。

 

A 作品のクライマックスとしての〈単一性〉

   作品のプロット()はすべて、クライマックスに収斂するように配置されなければならないという。それゆえに、作者の仕事はまずクライマックスを設定し、それに基づいて細部の肉付けを行なうことだという。それは、放射による宇宙の拡大過程とアナロジー(類似)をなす。

 

B 文学鑑賞は〈単一回帰〉のアレゴリー(寓話)

読者は、いわば放射によって多様化した細部の描写から読み始め、さまざまの事件をリンクさせ次第に範囲を狭めながら、作者にとって物語の起源である〈単一〉というクライマックスに集中していく。読者の仕事は、引力による宇宙の縮小過程とアナロジーをなす。

 

5.『ユリ―カ』そのものに表れた〈単一回帰〉の思想

 

@ 回帰した〈単一〉は原初の〈単一〉より高次の概念

原初の〈単一〉は、分裂を知らない純粋な分子の統一体であり、唯一絶対の存在である。そこには、自己以外の他の存在や法則が無いから、事物が不当であると言い得るための比較の基準がない。故にそれは、「非相関で、絶対的で、それ故に正常であり、正当な微粒子」であった。しかし回帰した〈単一〉は「正当な原初」の〈単一〉から大きく逸脱し、「不当な拡散」の状態を経験して帰りついた〈単一〉である。つまり、出発時における〈単一〉が不当なるものを知らないが故の正当であるとすれば、回帰時における〈単一〉は不当を経験し不当との区別の上に立った正当であるという意味で、〈回帰単一〉は〈原初単一〉より高次な概念といえる。

 

A 人間は悪や不幸を経験して初めて宇宙の意志、つまり神の意志に近づく

   宇宙が放射を行い、不幸や悪を存在させたのは、そうすることで単一回帰した場合の宇宙自身がより高次で完全な幸福や正義を成就することができるからである。そして人間もそのような不幸や悪を経験することで、はじめて真の意味の幸福や正義を感得し、宇宙の意志、つまり神の意志に近づくことができる。悪を知らない善、不幸を知らない幸福、それは本当の意味の善でもないし、幸福でもないというのがポオの人間観である。

 

B メタモルフォーゼとしての人間の死

しかし、現在の世界の中にあっては、人間は神に近づくことはできても、まだ神そのものを捉えることはできない。人間の感覚や知覚は神のもつ感覚や知覚にはるかに及ばない。例えば、メタモルフォーゼにおける毛虫から蝶への変身を考えてみると、蝶という肉体にとって、変身は新しい生であるが、毛虫という肉体にとっては死である。メタモルフォーゼの意味を知っている人間は、それを生命の継続として捉えることが出来るが、毛虫にはそれは出来ない。同様に究極の完成された心を持った神には、人間の死や再生の意味が分かっても、人間にはそれが分からない。分からないまま人間は死を迎えるが、神は人間の死の彼方にある再生を知っている。

 

C 人間の直感は神の世界を一瞥できるのみ

人間が死の向こう側にある宇宙や神の意志を知らないのは、人間の宿命的無知だとポオはいう。では、人間は神の世界を知ることは不可能だろうか。人間の知力にとっては不可能だが、人間の直感力は可能だという。それは、人間がかぎりなく死の状態に近づいたとき、例えば仮死の状態や催眠状態のとき、彼は死の向こうにある神の世界をわずかに垣間見ることがあるという。それを可能にするのは人間の感覚的直観であるというのが、ポオの思想の根底にある。

 

@   神の坐としての〈回帰する単一〉

『ユリーカ』の最終パラグラフで、ポオは宇宙のカタストロフィー(終局)における人間の運命を次のように予言する。「第一にそれ(人間)は、まず自己との同一化の意識をもち、その後でかすかな一瞥によってではあるが、神的存在との一体化の意識を持つ。」ここでポオのいう「自己との同一化の意識」とは、自己が完全な自己実現を果たしたうえで持ち得る意識であり、この段階に達した人間はさらにその上にある神の坐を目指し、自分を神の意識に同化しようとする。そして、個別的なアイデンティティーの観念が普遍的意識の中に同化していくにつれて、人間は「ついに自分の存在をエホヴァの存在と認める勝利の時に到達するであろう。」とポオは結ぶ。かくして、人間が神になることによって、宇宙の変遷のドラマは終焉する。

 

E 同一の基盤のうえに立つ詩と科学

初期の詩『ソネット-科学によせる』(1929)で、ポオは

 

何故お前はこのように詩人の心を食い荒らすのか

退屈きわまる現実の翼を持つ禿鷹よ?

 

と詠み、科学や科学の目指す真実と、美を創造する詩を峻別し、前者を後者の敵としてとらえている。しかし、『ユリーカ』では「詩と真理は同一に帰する」と断言し、分裂していた二つの概念を結合させる。では、いかにしてその二つを統合したのか。

 

A  〈一貫性〉の中に〈均整美〉を発見するとき、詩と真実は融合

仮説から真理が導き出される過程は、ポオによれば、仮説のもつ「矛盾撞着の外皮は徐々に剥がれ」、最後には純粋な「一貫性が残される」過程だという。つまり「一貫性」が真理のメルクマール (指標) である。しかし、ポオの真理への要求はこれだけに終わらない。ポオは真理が真理であるためには、そこに「均整美」がなければならないとする。「均整美」とは、宇宙のすべての法則が互いに関連しあい、互いに依存し合っていて、それぞれがより大きな法則に美しい均衡を保って体系化されていることである。「一貫性」は人間の知性が対象の中に発見する論理的整合性であるのに対し、「均整」は美的感覚が把握する幾何学的形態の対称性を表している。真理は、人間の知性の発見する「一貫性」と、直感の発見する「均整美」の上に成立するものである。こうして、ポオは詩と真実を統一させる。

   ポール・ヴァレリーはポオの「均整のとれた」という言葉を取り上げ、アインシュタインの宇宙を特徴づけるのはこの「形式的均整」であるといい、ポオの宇宙観との類似を指摘して、次のようにいう。

これは法則として公式化されていないとしても、少なくとも一般相対性理論を目指した表現であり、その方向は明らかに最近の考え方に接近している。」

 

G 宇宙論から宇宙創生譚へ〈単一回帰〉した『ユリーカ』

  ポオは『ユリーカ』の中で、宇宙の〈単一回帰〉のメカニズムを説明したが、実は『ユリーカ』そのものが宇宙論の世界で〈単一回帰〉を実践するアレゴリーとなっている。

ルネサンス以降、コペルニクスや、ニュートンが現れ、宇宙研究は以前の コズモゴニーCosmogony(宇宙創生譚・開闢(かいびゃく)説)からコズモロジー Cosmology(宇宙論)へと変貌を遂げた。ポオの生きた19世紀前半はその影響の延長線上にあって、宇宙論はまだ Cosmology の側面を大きくもっていた。20世紀にアインシュタインの相対性理論が出るに及んで、 宇宙論は Cosmology から再びかつての Cosmogony への方向へ軌道修正することになった。アインシュタインに先立つこと半世紀、ポオは文学の世界で宇宙の生成への関心を強く喚起し、宇宙論を太古のコズモゴニー(宇宙創生譚)に〈単一回帰〉させる先駆けとなった。

 

                    《本文おわり》

 

 

 

[注1] ポオの時代の簡略年表

  [] @赤数字アメリカ・ロマン主義の時代  Aインデントした行はヨーロッパの事象

 

1760    産業革命始まる(英〜1840

1769    蒸気機関の開発(ジェームズ・ワット17361819・英技術者)

1775  アメリカ独立戦争(〜1783

1776  アメリカ独立宣言  『国富論』(アダム・スミス・英経済学者)

1781   『ほら吹き男爵』(ミュンヒハウゼン〈独〉17201797

1787  アメリカ憲法成立

1789 ジョージ・ワシントン初代米合衆国大統領に

1798   『抒情詩集』(コールリッジ17721834・ワーズワース17701850・英詩人)

     (イギリス・ロマン主義の始まり〜1837

1809 ポオ誕生

1810   『湖上の美人』(サー・ウォールター・スコット17711832・英詩人・作家)

1812   『チャイルド・ハロルドの巡礼』12巻(G・バイロン17881824・英詩人)

1812 米英戦争(〜1814

1813   『高慢と偏見』(ジェーン・オースティン17751817・英作家)

1817   『詩集』(ジョン・キーツ17951821・英ロマン派詩人)

1818   『フランケンシュタイン』(メアリー・シェリー17971851・英作家)

1819 『スケッチ・ブック』(〜1820)(ワシントン・アーヴィング17831859・米作家)

    (アメリカ・ロマン主義の始まり)

1819   『西風に寄せる歌』(パーシー・B・シェリー17921822・英ロマン派詩人)

1827 『タマレーンその他の詩』(ポオの処女詩集)

1837    英ビクトリア女王(18191901)即位(〜1901(ビクトリア朝時代の始まり)

1838   『オリバー・ツイスト』(チャールズ・ディケンズ18121870・英国民的作家)

1839 『夜の声』(「人生の讃歌」を含む詩集) (ヘンリー・W・ロングフェロー・米詩人)

1841 『エッセー第1集』(ラルフ・エマーソン18031882・米思想家・超越主義者)

1848  ゴールドラッシュ始まる(カリフォルニアで金鉱発見)

1848   『共産党宣言』(マルクス・エンゲルス)、フランス二月革命、ドイツ三月革命

1849 ポオ死去

1850 『緋文字』(ナサニエル・ホーソーン18041864・米作家・超絶主義の影響受ける) 

1852 『アンクル・トムの小屋』(ストウ夫人18111896・米作家・奴隷廃止論者)

1854 『ウォールデン-森の生活』(ヘンリー・ソロー18171862・米作家・思想家・詩人)

1855 『草の葉』(詩集)(ウォルター・ホイットマン18191892・米詩人、随筆家)

1860  リンカーン大統領に 

1861  南北戦争勃発(〜1865(アメリカ・リアリズムの台頭)

1876 『トム・ソーヤーの冒険』(マーク・トウェイン18351910・米作家)

 

 

[注2] ポオの年譜

 

  年齢       経  歴                 著 

1809 〇 119日、ボストンで生まれる。父デイヴイッド・ポオ、母エリザベス・アーノルド、二人とも旅役者。

1810  妹ロザリーが生まれる。

1811  父失踪。母死亡。兄ウイリアム・ヘンリー・レナード、妹ロザリーともに孤児になる。

ポオは輸出業者ジョン・アランの養子になる。

1815  アラン夫妻とともに渡英。

1817  ロンドンのマナー・ハウス・スクールに入学。

1820  11 リッチモンドに戻る。文学を読み、詩作を試みる。

1822 13 後の妻で、従妹のバージニア・クレムが生まれる。

1823 14  ウィリアム・バークの学校に入学、学友の母のスタナード夫人を知り、情熱を捧げる。

1824  15 夫人は他界する。後年『ヘレンに』を書き、捧げる。

1825 16  天文学に興味を持ち研究。近所の娘セアラ・エルマイラ・ロイスターと親しくなり、ひ

そかに婚約。

1826 17 ヴァージニア大学に入学、学業優秀であったが、賭博や飲酒で借金を抱え、退学。義父

アラン激怒、1年足らずで、リッチモンドに帰郷。セアラはすでに結婚。

1827 18 義父との不和が高じ、家出。陸軍に志願して入隊。サウス・カロライナ州サリヴァン島

に移動。                     『タマレーン、その他の詩』出版。

1828 19 モンロー要塞へ移動。

1829 20 義母フランセス死亡。除隊し、義父とは和解。しかし義父アランは再婚。

『アル・アーラーフ、タマレーン、および小詩集』出版。

1830 21 ウエスト・ポイント陸軍士官学校に入学。

1831 22 作詩に没頭、軍務を怠り放校処分。ボルティモアの叔母クレム夫人宅に身を寄せる。

従妹のヴァージニア(8歳)(後のポオ夫人)を知る。船乗りで詩作をしていた兄ウィリ

アムが結核で死亡。                            『ポオ詩集』を出版。

1832 23 ボルティモアで短編を書き続ける。

『メッツェンガースタイン』『オムレツト公爵』『メルツェルの将棋差し』を発表。

1833 24 〈サタディ・ヴィジター〉誌の懸賞に応募し、『壜のなかの手記』が当選、50ドルを獲得。

1834 25 義父アラン死亡。後妻とのあいだに嫡子が生まれたため、ポオには遺産相続なし。                                                『約束ごと』を発表。

1835 26 ボルティモアからリッチモンドに移る。〈サザン・リテラリー・メッセンジャー〉誌の編集に携わり、部数拡大に貢献。         『息の喪失』『ボンボン』『名士の群れ』   

『影』『ベレニス』『モレラ』『ペスト王』『ハンス・プファアルの冒険』を発表。

1836 27 従妹のヴァージニア・クレムと結婚する。ポオ27歳、ヴァージニア13歳。

唯一の劇『ポリシヤン』を執筆。短篇『四獣一体』発表。

1837 28 〈サザン・リテラリー・メッセンジャー〉誌を退職。妻、義母とともにニューヨークヘ出る。                                              短篇『煙に巻く』発表。

1838 29 フィラデルフィアヘ移動。           『沈黙』『リジイア』『ある苦境』など発表。

唯一の長篇『アーサー・ゴードン・ピムの物語』を出版。

1839 30 教科書用に『貝殻学の手引き』を出版。〈ジェントルマンズ・マガジン〉誌の編集職に

つく。          『アッシャー家の崩壊』『ウィリアム・ウィルソン』などを発表。

                        『グロテスクでアラベスクな物語』全2巻を出版。

1840 31 〈ジェントルマンズ・マガジン〉誌を去る。文学批評の理想を託す〈ペン・マガジン〉誌の創刊予告をするが発行されず。               『実業家』『群集の人』

『チビのフランス人はなぜ手に吊繃帯をしているのか?』を発表。

1841 32 グレアムズ・マガジン〉誌の編集長となる。部数拡大(6000部を37000部に)。

『モルグ街の殺人』『メェルシュトレエムに呑まれて』『妖精の島』

『悪魔に首を賭けるな』などを発表。評論『暗号論』も発表。

1842 33 妻ヴァージニア結核で喀血。〈同マガジン〉誌を去る。『エレオノーラ』『楕円形の肖像』

『赤死病の仮面』『庭園』『マリー・ロジェの謎』などを発表。

1843 34 再度自らの雑誌を構想し、〈スタイラス〉誌の名で広告を出すが、実らず。

雑誌の懸賞で『黄金虫』が入選、賞金100ドルを獲得。

『陥穽と振子』『告げ口心臓』『黒猫』などを発表。

1844 35 フィラデルフィアを去り、妻とともに再びニューヨークヘ。 〈イヴニング・ミラー〉誌の

編集に参加。生活苦が続く。     『マルジナリア』を連載。『眼鏡』『鋸山奇談』

『早まった埋葬』『盗まれた手紙』『催眠術の啓示』『お前が犯人だ』発表。

1845 36 〈ブロードウェイ・ジャーナル〉誌の編集長となる。ロングフェロー論争を継続。

詩集『大鴉その他の詩』を出版。『ポオ物語集』を出版。

 『ミイラとの論争』『言葉の力』『天邪鬼』など発表。

1846 37 〈ブロードウェイ・ジャーナル〉誌廃刊。フォーダムヘ転居する。経済状態の悪化に加えて妻ヴァージニアの健康状態も悪化。          短篇『スフィンクス』

『アモンティリヤアドの酒樽』『構成の哲理』などを発表。

1847 38 妻ヴァージニア24歳で死去。     『ウラルーム』『アルンハイムの地所』を発表。

1848 39 未亡人で女流詩人セアラ・ヘレン・ホイットマン、実業家の妻ナンシー・ロック・リッチモ

ンドとの間にロマンスあり。散文詩『ユリーカ』をソサエティ・ライブラリーで朗読し、

単行本として出版。『詩の原理』も発表。

1849  40 リッチモンドで新雑誌発刊のため奔走。少年時代の恋人で、未亡人になっていたセアラ・シ

エラトンと婚約。103日 ボルティモアの選挙投票所に使われた酒場の前で、意識不明で

発見。107日、同地にて永眠。享年40。最期を看取ったJE・スノッドグラス医師は、

過度の飲酒が原因という。他に狂犬病、脳梗塞説などあるが、不明。

[備考] 200367日、安藤はボルティモアのポオの墓に参詣、

8日、リッチモンドのポオ・ミュージアムを訪問した。

 

[注3] 『アナベルリ―』の最初の2節

ポオの死後二日目に、地元新聞ニューヨーク・トリビューン紙に発表された。

  ANNABEL LEE(抜粋)               アナベルリー

It was many and many a year ago,           むかしむかしのこと
In a kingdom by the sea,                       
    海のほとりの王国に
That a maiden there lived whom you may know
   乙女がひとり住んでいた

By the name of Annabel Lee;--           その人の名はアナベル・リー
And this maiden she lived with no other thought  
この乙女の思いはだたひとつ
Than to love and be loved by me.
           わたしを愛し、わたしに愛されること

 

I was a child and she was a child .          海のほとりのこの王国で

In this kingdom by the sea:            わたしもおさな児 あの子もおさな児

But we loved with a love that was more than love でもわたしとアナベルリーとは

I and my ANNABEL LEE;                  愛よりも大きな愛で愛し合っていた

With a love that the winged seraphs of heaven    天国の翼ある天使もあの子とわたしを

Coveted her and me.                うらやむほどの大きな愛で

  ・・・

[注4]  『大鴉』のクライマックス

「予言者め」わたしは言った「悪なる者よー鳥か魔物か ともかく予言者よ

    頭上に円をなす天に誓ってーわれらがともに崇める神に誓ってー

    悲しみのこの荷を背負う わが魂に教えてくれ 遥かなるエデンの園にて

    天使らがレノアと名づけた聖なる乙女を わが魂の抱きしめる日があるのか

    天使らがレノアと名づけた類いなき 光り輝く乙女を抱きしめる日がー」

                          大鴉は答えた 「もはやない」

 

[注5] 『黄金虫』の暗号読解の方法

53++!305))6*;4826)4+.)4+);806*;48!8`60))85;]8*:+*8!83(88)5*!;

        46(;88*96*?;8)*+(;485);5*!2:*+(;4956*2(5*-4)8`8*; 4069285);)6

         !8)4++;1(+9;48081;8:8+1;48!85;4)485!528806*81(+9;48;(88;4(+?3

         4;48)4+;161;:188;+?;

B    まず、羊皮紙に描かれた髑髏の絵は海賊キッドの印章である。故に、英語であると想定する。

C    英語で一番多い文字はE、つぎはA、O、I、Dと続く。故に、34個あるはEと仮定する。

D    単語のうち最も普通なのがtheである。故に、を含んで繰り返される;48theと仮定する。

E    後ろから二つ目のtheの次の;(88;4を英字に直すとT(? ) EETHだが、こんな綴り字の英語はないのでTHを切り捨てる。すると空所( ? )にはRしか入らない。故にTREEとなり、( はRということになる。

F  以下、同様にして解読すると、英文が現れ、それを分かち書きすると、次のようになる。

A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat ―― forty-one degrees and thirteen minutes ―― northeast and by north ―― main branch seventh limb east side ―― shoot from the left eye of the death's-head ―― a beeline from the tree through the shot fifty feet out.

良き眼鏡僧正の宿屋における悪魔の坐にて――4113分――北東微北――本幹第7の枝東側――髑髏の左眼より射て――樹より弾を通して直線に50フィート外方に

 

[注6] 象徴主義とは何か

ポオの詩は、人間の魂の神秘に洞察の眼を向け、想像力の世界に詩的形象の魅惑を繰りひろげながらその神秘を表現しようとした。またポオの詩論は、細部まで明晰な知的思考と鋭い批評意識で組織されている。この考え方が、後の象徴主義につながっていった。

象徴主義(サンボリスム)という語が文学用語として広く使用されるようになったのは、一八八九年代のフランスである。フランスの象徴主義の詩人たちは、自然の事物や日常的な光景の中の

具体的なものを表現することで、超自然的な宇宙の秘密を感得させることができると考えた。

〈代表的詩人たち〉

・ボードレールは、ポオを翻訳し、その象徴手法を広めた。彼によれば、いかに平凡なものであろうと、眼の前の光景のなかに人生の深みがすっかり現れることがある。それが象徴となるという。

・ベルレーヌは、自然と一体化する人間の魂の奥底に分け入り、秋の灰色の空、雪に覆われた平原、風に散る枯葉、蒼白い月の光などに託して、うつろいやすい内面の感情や気分のこまかな陰翳を表現した。

・ランボーは、宇宙の生命力を直覚し、そのもとで自我を解放する状態を夢みて、それを詩作の原点にした。

・ヴァレリーは、「象徴主義は音楽から富を奪還する試み」と定義し、聴く者の内面にさまざまな想像を喚起する音楽と競って、詩句の音楽性を重視した。

・マラルメは、宇宙の純粋な諸関係の神秘を探り、地上の世界を神学的に解明しようとする詩論を展開した。

日本では、上田敏の訳詩集『海潮音』におけるフランスの象徴詩の紹介と並んで、明治末期から大正にかけて、蒲原有明、北原白秋、三木露風らが象徴詩を作詩した。

 

[参考]  ポオの名言

詩について

・作詩方法の問題の三分の一は形而上学に属するが、残りの三分の二は数学に属する。

・均整の中に若干の奇異を含まない美はない。

・詩は言葉による美の音楽的創造である。

・私にとって詩とは目的でなく情熱である。

真理について

・真理は鉱脈のように最も浅いところにあるものが最も埋蔵量が多い。

・事物はその真実さに比例して首尾一貫し、その首尾一貫さに比例して真実である。完全なる一貫性は絶対の真理である。

美について

・美女の死はこの世でもっとも詩的なテーマである。

詩と真理の一致について

・「均整」と「一貫性」は置換可能な語である。故に詩と真理とは同一に帰する。

想像力について

・知力の豊かな者は空想力に富むが、真に想像力豊かな者は必ず分析力に富む。

喜びと悲しみについて

・悪が善の結果であるように喜びから悲しみが生まれる。過去の至福が現在の苦悩であ

ることもあるし、現在の悲痛が過去の法悦に根差すこともある。

 

                               《おわり》