アメリカフェンシングの豆知識
Fun Fencing Facts
著:US Fencing Media Resource -by United States Fencing Association(USFA)
オリジナル Original article

1:
フェンシングは1896年の第1回近代オリンピックから正式競技となっている4種目のうちの一つである。 さらに、フェンシングは古代ギリシャでのオリンピックにおいても競技されていた。

2:
近代オリンピックの父と言われるピエール・ド・クーベルタン男爵はフェンサーであった。

3:
フェンシングで使われる武器の先端は、スポーツにおいて2番目に速いスピードで動く物体である。 1番目は射撃の弾丸である。

4:
フェンシングは14メートル×2メートルの「ストリップ」または「ピスト」の上で行われるが、これは城の廊下を4分の1に複製した大きさである。 フェンシング・ピストの終端には、決闘者のセコンドによって引かれた線がある。 決闘の最中にこの線の後ろまで後退することは、すなわち臆病さと名誉の喪失を意味した。

5:
トゥシェの時に必要な750グラムという重さは、皮膚を貫くのに必要なだけの力をベースとして用いられている。 決闘の際には、引っ掻き傷のような些細なものであっても、最初に血を流した方がその名誉を失うとされた。

6:
元々騎兵の武器であったサーブルの有効面は腰から上であるが、これは敵の馬を攻撃しない、という騎兵のルールに反して作られている。

7:
1930年代、ニューヨークのマスターズ選手権において7時間に及ぶ試合が行われるまでは、フェンシングの試合における時間の制限はなかった。 その後、試合は30分までと制限された。今日では、5点勝負での時間は3分、15点勝負での時間は9分となっている。

8:
フェンサーは白いユニフォームを着るが、電気審判機が出現するまでは、トゥシェはインクに浸したコットンを剣先に付け、そのインクが白いユニフォームに付くのを記録していたためである。

9:
有名なフェンサー
ヘヴィメタルバンド・アイアンメイデンのシンガーであるブルース・ディッキンソン:フルーレ。
ニール・ダイアモンド:サーブル。
モナコのアルバート公:サーブル。
アンドルー・ジャクソンは、剣による名誉の決闘を行ったことがある。
パットン将軍は1912年のオリンピックに出場したことがある。
最近:映画俳優のジェリー・オコネル:サーブル。
10:
1883年に設立されたニューヨークフェンサーズクラブは、アメリカにおいて現在も活動しているクラブの中では最も古いクラブである。

11:
最初の電気審判機は1936年、コロンビア大工学部の学生であったアルフレッド・スクロビッシュによって発明された。彼はアメリカのオリンピック選手にもなった。

12:
2003年の4月、男子サーブルのキース・スマートはアメリカ人として初めての世界ランキング1位の選手となった。彼はすぐに女子サーブル1位を獲得したサダ・ジェイコブソンと協力し、アテネオリンピックへの出場権を保持し続けている。

13:
マリエル・ゼグニス(オレゴン州ビーヴァートン)は、世界で初めて世界選手権で4つのタイトルを獲得したフェンサーである。

14:
女子フルーレは1924年のオリンピックにおけるイベントで初めて追加された。女子エペは1996年である。2004年、ギリシャのアテネで開かれるオリンピックでは、女子サーブルがオリンピックプログラムに初めて名を連ねることになる。

15:
アテネは男子サーブルでピーター・ウエストブルックが銅メダルを獲得してから20年目に当たるオリンピックとなる。

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