「スズメバチ」〜ローラ・フレッセル〜
フランスのフェンサー、ローラ・フレッセル・コロヴィックは、その猛烈に攻撃的な性格と危険なアタックによって、"la Guepe"(気むずかし屋、スズメバチ)として知られている。
1971年11月6日生まれのフレッセルはグアドループ(訳注:カリブ海に浮かぶ仏領の小島。リゾート地として有名)のネイティブである。
テレビでフランスのフェンシング・チャンピオン、ジャン=フランソワ・ラムールを観た彼女はダンス教室をやめ、地元のフェンシングクラブに入った。
この特に素速い動きをする左利きのフェンサーは、すぐにローカルの大会から国際的なトーナメントまでランクを上げていく。 1990年、彼女は自らのゲームを完璧なものとするために、フェンシング・ワールドの首都の一つであるパリへと移り住んだ。 彼女は1991年、1992年および1994年の全米大会に勝ち、1995年の世界選手権大会で3位となった。
その後、1996年のアトランタオリンピックにおいて彼女は個人と団体の2つの金メダルを勝ち取り、さらに1998年と1999年の世界選手権大会で優勝を収めて、フィールドを支配し続けた。
2000年のシドニーオリンピックでは銅メダルを取る。
2001年の世界選手権大会で2位となる4ヶ月前には女の子を出産している。
最近では2003年3月8日、ポルトガルのエストリルにおける国際「Aレベル」オープンで勝利している。
フレッセルは厳しいトレーニング管理によって、その衝撃的かつ継続的な成果を勝ち取っている。 他のスポーツと違ってフェンシングは飯の種にならないので、試合のない時彼女はパリのオフィスで夜勤のアルバイトをしている。
エペにおけるフレッセル・コロヴィックの試合は、非常に遠い距離からの稲妻の様に素速い攻撃によって特徴付けられる。
相手が反応の機会を得る前に、彼女は20フィート(訳注:6メートル)を飛んでいる。
彼女は真のアスリート魂と抜群のタイミングのセンスでフィールドを支配しているのだ。