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インタビュー 〜セルゲイ・ゴルビツキーPart1(前半)〜
interview:Sergei Golubitsky
著:Craig Harkins
オリジナル Original article


このインタビューは、3度のフルーレ世界チャンピオンであるセルゲイ・ゴルビツキー氏をフィーチャーした数回の我々のインタビューのうちの1回目である。
セルゲイは、今回のフルーレにおけるルール変更案によってどのように試合が変わっていくのか、そして審判の役割について、時間を割いて分析してくれた。

Fencing.Net:
フルーレのために議論されているいくつかの規則変更がありますね。
それらのうちのいくつかは、審判機の方をより信用することで、トゥシェを解釈するという行為を審判から取り上げようとしているように見えます。
あなたは、こういった技術的なアプローチ(訳注:審判機によりウェイトを置く、ということ)が正しい方法であると思われますか?それとも、FIEは、レフェリーのより良いトレーニングにもっと集中するべきであると思われますか?

ゴルビツキー:
うーん…。
なんと言ったらよいのでしょうか。
いくつかの側面が作用していると思います。
まず一つに、私はそれを「マトリックス・シンドローム」(訳注:映画の「Matrix」)とでも呼びたいと思います。
それは機械への「恐れ」です。
私は、機械ではなく人間に審判される方を好みます。
しかし、それは単なる「古くさい」習慣です。
私はフェンシングのキャリアにおいて、私に対する非常に多くの誤りを(私を支持する誤りのパーセンテージははるかに低かったのですが)されたので、機械にプライオリティを与えることは私にとっては良いことであったでしょう。
第2に、これはきっと少し間違って、そして不公平に聞こえるでしょうが、それでもしかし。
トップのフェンサーたちはそのキャリアの半分を自分たちに対する評価を稼ぐために費やすのです(この場合では、審判からの評判ということになります)。
そしてそのキャリアの残り半分では、彼の評価は彼のために役立つものになります。

トップのフェンサーたちは、常に「ほんのわずかの流血」でもって勝ちたい、つまり可能なかぎり少ないエネルギーで、自分より弱い相手とフェンシングをしたいと考えます。
彼は、勝利に向かっていることを知っています;
レフェリーは同様にそれを知っています。また、相手でさえそれを知っています。
したがって、皮肉なことに、3人皆が試合を可能な限り早く終わらせようと望みます。

フェンサーAとフェンサーB双方に審判が攻撃権を与えられるような場合、または両者がオンガードを取っていてどちらにも攻撃権を与えられないような場合であっても、ある状況(また、これは私たちのスポーツでの重大な問題です)が発生します。
まさにこの瞬間、試合における権威は決定的な役割を果たします:
トップのフェンサーがポイントを得てしまうのです。
したがって、トップのフェンサーから見れば、人間のレフェリーは審判機よりも都合が良いということになります。
「フェアプレー」の視点から見れば、機械の方が良いということになります。

大きな大会(世界選手権大会やオリンピック)においては、レフェリーは、肩に多くの圧力を感じています。
誤りを犯す機会はより大きくなっているのです。
したがって、FIEはレフェリーのトレーニングに、より多くの予算と時間を使わなければなりません。
私は2つのシニアおよび3つのカデ/ジュニア世界選手権大会で審判をしました。したがって、私は経験をもとに話します。

別の問題は、一つだけでなくてはいけないところに、3タイプの(3スタイルの)審判があるということです。
これらがその3つです。
1. ドイツ・イタリア式(レフェリーが最初に前進し始めたフェンサーに攻撃権を与える場合);
2. フランス式(レフェリーが攻撃に実際に意図したフェンサーに攻撃権を与える場合);
3.「ランダム式」(レフェリーが確固とした信条を持っていない場合、あちこちで攻撃権を与えていきます。そのようなレフェリーは自分の頭の中の冷静な考えなしで、むしろ腕を上下に動かしているバイオリン奏者のように見えます。この種のレフェリーは危険です。彼は偉大で公平なガイに見えるかもしれないが、過去の貧弱なフェンシングのためにまったく審判をすることができず、フェンシング強国の影響を頻繁に受けます)。

コーチが自分の生徒に「審判のためにフェンシングをしないといけないぞ」と教えるなんて、奇妙なことではないでしょうか?
これはつまり、生徒たちは自分たちの戦術と攻撃法を審判のスタイルに合わせて変えなくてはいけない、という意味です。

審判の試験は、運転免許を得るための理論試験と同様に、正確に行われるべきです。
それはコンピューターの手助けとも連携します。
私は審判のトレーニングを受けることができ、そして、FIEの試験に合格することができる場所はほんのわずかでなければ(恐らく1つの大陸に1カ所程度)いけないと考えます。
もちろん教師は十分な能力を持ち、そして試験にはフェアでなくてはいけません。
まさに、私の答えは次のとおりです:

私は技術的なアプローチを推します。しかし、それは審判のトレーニングがより少なくとも構わない、ということではありません。」

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